三十九輪目
翌朝、夏月さんを見送った後に再びベッドへと戻り二度寝をしていたところ。
誰かから電話がかかってきて起こされた。
「……もしもし」
『うぇっ!? えっ、あっ、も、もしかして優君寝てた? 起こしちゃってごめんね?』
「……ん? あー、夏月さん? 電話だなんて珍しいね。何か忘れ物でも?」
寝起きで声の調子を整えないまま電話に出てしまったので、思ったよりも不機嫌そうな声になってしまった。
電話口で何やら慌てた様子の夏月さんの声に、少しずつ意識もはっきりとしてくる。
『あ、ううん。忘れ物とかじゃないんだけど……その、今日の優君の予定って空いてたりする?』
「特に何もないよ。二度寝から起きてもボーッとするぐらいだし」
『それなら一つ、お願いがあるんだけど……いいかな?』
「うん。どうかした?」
普段からハグやキスなど、お願いというかおねだりはこれまでもあった。
けれども本当にちゃんとした頼み事というのはあまり無い。
もしかしたらあったかもしれないけれど、こうして改まって頼み事をしてくるのは初めてではないだろうか。
どこか遠慮しているように感じていたから、嬉しく思っている自分がいる。
……未だに夏月さんのヒモという認識がどこかにあるからかもしれないけど。
『あのね、シュリが今日体調悪くて休んでるから……お見舞いにというか、様子を見てきて欲しいなって』
「うん、いいよ」
『即答…………本当は一人で外を歩いて欲しくないんだけど』
「心配しすぎだと思うよ」
『絶対に優君の危機感が無いだけだと思う。……私たちもレッスン終わったら行ける人で向かうから、それまでシュリのことお願い! 家の場所は送っておくから、ほんと、周りの人に気をつけて向かってね』
了解と返事をして電話を切り。
五分と経たず、月居さんの家の場所が送られてくる。
返事が軽すぎ! と、ちょっとした小言も一緒に。
場所は一駅隣にあるマンションの最上階。
……もしかしてメンバーは全員マンションの最上階に住んでいるのか?
いや、そんな事よりも何を持っていくか。
体調が悪いのなら無難にお粥かうどんの食材でも持っていけば大丈夫だろうとは思うけど。
向かう途中でスーパーに寄って買い物していって、台所借りて調理始めればいい具合に昼の時間になりそう。
取り敢えず軽くシャワーを浴び、残っていたご飯にふりかけをかけて食べ…………あ、お粥つくろうにも月居さんの家に米があるのか分からないのか。
今気づいて良かった。
家から米を持っていこうにも残っている量は心許ない。
うどんなら買っていけば茹でるだけだし、そっちに決まりだ。
片付けよし、掃除は……明日で。
戸締りも大丈夫そうだし、持ってくのはサイフとスマホがあればいっか。
あ、いや、干し椎茸とかわざわざ買うよりは家から持ってった方がいいな。
余ったもの置いてっても迷惑だろうし。
一応、家を出たことは夏月さんに連絡入れておこう。
…………なんだろう、これ。
今現在、月居さんの家から近いスーパーで買い物をしてるのはいいが、周りからめっちゃ見られているような。
最後に一人で出かけた時とは比べ物にならない感じがする。
確か、一人で出歩いた最後の記憶は夏月さんと付き合う前だったような。
同棲を始めてから俺が外出る時は常に一緒だ。
その時もまあ人の注目は結構集めたのだが、なんだか質が違うような気がする。
アニメの世界じゃないのだから、本来そんな事が分かるはずないのに。
「あ、俺の昼飯もか」
材料を揃えたところで気付いた。
まあ、うどんが一袋に三玉入っているからあると言えばあるのだが、米を食わないとあまり満足感がないというか。
うーん…………おにぎりでいっか。
あ、このパンも美味そうだから買っておこう。
おにぎりやらパンやらもそうだが、もう一品、うどんの他に作ろうと思ってしまったので当初予定していたよりも荷物が多くなってしまった。
手に掛かる荷物の重さに少しげんなりしながらも歩くこと五分。
月居さんの住んでいるというマンションへと辿り着いた。
あー……飲み物とかゼリーも買っておけば良かった。
まだ寝ぼけているのか、今日はダメダメだな。
取り敢えず一度、荷物を置きたいので家にお邪魔しよう。
飲み物とかが必要だったのであればまた外に出て買いに行けばいいだけだ。
えっと、部屋番号は──。
「あれ? 夏月ちゃんのパートナーの……桜くん、だっけ?」
「ん? あれ?」
エントランスで声が聞こえ、振り返りみれば。
そこにはマスクと帽子で変装した……月居さんだと思われる人が、コンビニ袋を片手に立っていた。
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