三十輪目

 夏月さんの誕生日会をしてから早くも一週間が経った。

 土日祝日が完全に休みな俺とは違い、夏月さんは職業的にそうではなく。


「…………なーにしよっかな」


 本日は家に俺一人という状況である。

 思わず独り言も漏れてしまう。


 今朝、仕事に向かう夏月さんを玄関で見送る時。

 靴を履いたところで行きたくないと駄々をこね、仕事を休むと言い始めたのには驚いた。

 まさか、いってらっしゃいのキスをする事になるとは。


 嬉しいのだが、やはり恥ずかしさもそれなりにある。

 夏月さんがとても嬉しそうにしながら仕事に向かったのはいいけど、雰囲気的に毎日やる感じだな……。


 これまで休みの日も一緒にいれたのはスケジュールを調整してくれていたからであり、本来これが正しいはずなのだ。


 なのだが、あまりに濃い時間を過ごしたためか。

 今まで一人の時、どうやって時間をつぶしていたか分からない。


 いつもより少しおざなりであるが、最低限の掃除は済ませ。

 何をするでもなくソファーに寝転がり、このまま寝ようかなと思っていたが。


「…………?」


 部屋にチャイムの音が鳴り響き、のそりと身体を起こす。

 何か頼んでいたものでも届く予定があったかなと思いながらモニターを見てみれば。

 そこには……。


「…………どなたでしょう」

『樋之口よ。先週、誕生日会のとき居たでしょ。……まさか、忘れられてる?』

「あ、すみません。今開けます」


 名前を聞いて、確かにそうだなと。

 髪型が違うし、マスクもしていたから言われるまで分からなかった。


 ……反射的にドア開けちゃったけど、別にいいのかな。

 夏月さんに用があっても仕事で居ないんだけど。


 連絡来ていたのに確認し忘れたかと思い、スマホを開くも特に何かあるわけでもなく。

 取り敢えず、夏月さんに樋之口さんが来たと送っておいた。




「お邪魔するわ」

「どうぞ。……今更言うのもアレなんですけど、今日は夏月さん仕事ですよ」

「知ってる。用があるのは夏月じゃなくて君だもの」


 俺に用があると言われても……初めて会ったのだって先週であるし、会話が無かったわけでもないが、それほど親交を深めたわけでもない。


 あ、もしかしてメンバーに男ができて活動に支障が出始めたとかの文句だろうか。

 もしそうなら今度、夏月さんや『Hōrai』のことについてエゴサして、本当にそうか確かめないと。


「飲み物はコーヒーで大丈夫ですか?」

「ええ、ありがと」


 俺と夏月さんの男女関係について以外、話があるわけないし。

 何とか穏便に出来ないかな、なんて思いながら飲み物の用意をし、運んで腰掛ける。


「それで、自分に用というのは……」

「同い年なんだから、そんなに畏まらなくてもいいのよ?」

「や、好きなグループのメンバーに対してそんなに馴れ馴れしくとかは」

「でも、夏月とは砕けた口調じゃない?」

「それは……まあ」

「春のことはまだ苗字呼びだし、砕けるには親密にならないといけないのかしら?」


 どのような意図を持っての質問なのかよく分からないし、何故、高瀬さんの名前まで出るのか不思議だが、取り敢えず笑って誤魔化しておく。


「親密になるために大切なのは一緒にいる時間?」

「えーっと……」


 これは遠回しに、樋之口さんは俺と親密な関係になりたいと言う事なのだろうか?

 男に女心を理解できるとは到底思えないから本当のところ分からないが、自惚れないよう気を付けないと。

 それに今の俺には夏月さんがいるのだから。


「それよりも、やっぱり肌と肌を重ねることかしら。たとえば──誕生日の前日から夜明けごろまでずっと交わり合う、とか」

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