10-13

 色は普通だったけど、直感的にわかった。――精霊だ。


 漆黒のフワフワの毛並み。まるで悪魔の角のように曲がった耳、金色の輝く瞳に、黒く鋭い爪。長毛タイプのアメリカンカールのように見える――厳かな雰囲気を纏う猫。


「あなた……は……もしかして……」


「吾輩は、闇の精霊――アーテル」


「っ……」


 全身に衝撃が走る。私は思わずその場に膝をついた。

 身体が震え、言葉が出ない。その代わりとでもいうように、汗が噴き出る。


 歴史上、誰一人として受肉に成功していない――原始の精霊!


「ア、アリスさんは……」


「安心せよ、眠っておるだけだ」


 闇の精霊――アーテルが厳かに言う。

 私はホッと安堵の息をつき――それからあらためてアーテルを見つめた。


「ご、護衛の聖騎士さんたちや私のにゃんこたちが駆けつけなかったのは……あなたが止めていたからですか?」


 おかしいと思っていた。本来なら、アリスがあんなふうに店に入ってこれるはずがないのだから。店に近づいた時点で、聖騎士が止めるはず。


 でも、彼女は入ってきた。私につかみかかることまでできた。


 聖騎士にはなにか動けない理由があったとしても、私のにゃんこたちは違う。いつもどおりなら、必ず割って入るはず。でも、静かなままだった。


 アレンさんもそう。アニーを送って帰って来るのに、こんなに時間がかかるわけがない。

 未だに帰る気配がないのは、どうかんがえてもおかしい。


「窓の外が、闇に覆われていたのを見ました」


 アーテルがゆっくりと私に歩み寄る。

 私は姿勢を正し、目の前にきちんとおすわりしたアーテルを見つめた。


「そのとおり。今、この店は吾輩が封じておる。聖女の騎士たちには、すでにほかの精霊たちから吾輩の意向を伝えてある。しばらく手を出さず、見守るようにと」


「……理由をお聞きしてもよろしいですか?」


「そなたに興味があった。それに尽きる」


「興味……」 


「そなたの内には、闇がある」


 私はびくりと身体を震わせた。

 金の双眸が、まっすぐに私を見つめる。


「や、み……?」


「そなた自身、自覚しておるようだった。誰にも触れさせず――存在すら気づかせず、しっかりと守っていたからな」


 私は思わず視線を逸らしてしまった。


 心の闇――。たしかに、心当たりはあった。


「いつも笑顔で、好きなことを好きなだけやって楽しそうなのに……どう見ても幸せそうなのに、そなたの内からは疎外感や孤独がなくならぬ。罪悪感や不安もだな。小さな染みのようなそれは、決して消えぬのだ」


「……それは……」


「なぜなのだろうと思っていた。だが――謎が解けた」


 アーテルが小さな前足で、鋭い爪で、私の胸を指し示す。


「そなたの魂の半分はこの世界の者ではない……。異邦人だったからなのだな」


「っ……誰にも言わないで!」


 私は思わず叫んだ。


「毎日は楽しいし、充実しているし、すごく幸せ。それにいっさいの嘘はないの!」


 アリスにも言ったとおり、ゲームのキャラクターのアヴァリティアとは違う!

 でも、私はたしかにアバリティア・ラスティア・アシェンフォードでもあるの!


「誰も騙してない! ちゃんと本音で接してる! ただ……」


 誰にも言えないことがあるだけ。

 それで、ときどきどうしようもなく寂しくなるときがあるだけで……。


「お願いしますっ……! どうか!」


「……そう怯えずともよい、聖女よ」

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