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その後も必死にお客さまを捌いていると、十分ほどでアレンさんが再び顔を出す。
「カレーパン、クリームパン、あんバターもこれで終了です! あとバターロール四袋、あんぱん五つ、バゲット三本になりました。それで本日は完売です」
それを列の後方へ伝えると、がっかりした様子でお客様たちが帰ってゆく。……うう。
私だって、たとえばパンに限らず推し活でも超人気のグッズがほしくて、並ぶことは多々あった。
それが目の前で売り切れたとしても――そりゃ、手に入れられなかったのは残念だし、がっかりするけれど、売り切れたってことはそれだけ盛り上がったってことだし、黒字を出してくれたってことでもあると思う。ということは、コンテンツが終了することもなく、お店が潰れることもなく、さらなる素敵な商品を生み出してくれる可能性も広がるわけで――それはとても喜ばしいことだ。
だから、売り切れのお知らせはある意味では嬉しかったし、当然のことながら、販売元や運営に怒ったり幻滅したりなんてことはいっさいなかった。嫌いになるなんて、もってのほか。
それなのに、自分がいざ提供する側になると、売り切れても……まったく喜べない。
いや、欲しがってくれている人全員に行き渡ったうえで売り切れたなら、万歳三唱できるのよ?でも、手に入れられなかった人が多数いると、申し訳なさでいっぱいになってしまう。
不快に思ったんじゃないか、失望してしまったんじゃないか、もう来てくれないんじゃないか、なんてことを考えてしまう。
ああ、本当に……本当に……早急になんとかしなきゃ……! と、すごく焦ってしまう。
内心奥歯を噛み締めたとき、順番が来た小柄な女性がおずおずと私を見上げた。
「あ、あのぉ……バゲットなんですけど……」
「あ! はい! バゲットがお一つですね?」
「え……? あ! いえ!」
小柄な女性は一瞬きょとんとして、少し慌てた様子で両手を振った。
「そうじゃないんです。注文は、バターロール二袋とあんぱん一つでお願いします。それとは別に、バゲットのことで……その、相談が……」
「相談ですか?」
チラリと列を見ると、小柄な女性を含めて四人になっていた。お一人さま三個ずつでパンの在庫ちょうどだ。
ああ、今日も二十人近くのお客さまを、手ぶらで返してしまった……。本当に申し訳ない……。
私は内心ため息をつきつつ、小柄な女性に笑顔を向けた。
「はい、大丈夫ですよ。なんでしょうか?」
「あの、実はお店が再開した日に、バゲットを買ったんです。でも、その日の夜に、主人と息子が熱を出してしまって……メニューを麦粥に変更したんです。それが、三日四日続いてしまって……。ようやく普通の食事ができるようになったんですけど、そのときにはバゲットがとても固くなってしまっていて……」
「ああ、なるほど」
「そりゃ、それでも普通のパンよりは柔らかいので、スープに浸して食べればいいと思ったんですけど……その……この店のパンをスープに浸すのは冒涜じゃないかって……主人が……。息子も、大好きなバゲットをそんなふうには食べたいくないって言って……どうしたらいいかと……」
小柄な女性が、「お忙しいときに、こんなことを相談してごめんなさい」と恐縮する。
「大丈夫ですよ。では、卵二個に牛乳をティーカップ一杯弱ほどと蜂蜜を加えてよくかき混ぜて、その卵液に一センチから二センチほどの幅にスライスしたバゲットをつけ込みます。卵液がすべてパンに染み込んだら、フライパンにバターを溶かし、それを両面焼き色がつくまで焼いてください。それで、とっても美味しく食べられますよ」
「えっ……?」
「バゲットのアレンジメニューです。甘みが足りなければ、さらに蜂蜜を上からかけてもいいです。フルーツはもちろん、ベーコンや腸詰め、温野菜なんかを添えても美味しいですよ」
「ちょ、ちょっと待って! もう一回!」
「あ、レシピメモを作りますね」
リリアが注文を取るための羊皮紙とペンを渡してくれる。
私はそこにサラサラとレシピを書いた。
フレンチトーストという料理名は、伝えない。
食パンとトースターと一緒にトーストという料理も広める予定だから、フレンチ『トースト』を先に広めてしまうのは、計画に支障が出てしまうかもしれないもの。
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