10-3
目の前が真っ暗になる。
「殿下!」
ヴァルターとノアの咎める声も、もう耳に入らない。
どうして? どうしてそんなこと言うのよ。せっかくヒロインの自分が選んであげたのに。
(攻略対象がヒロインを裏切るの……?)
どこまで、この世界はおかしくなってしまったのだろう?
(どうして……?)
全身がブルブルと震える。
(どうして? 私はヒロインなのに! 幸せな未来が約束されていたはずじゃない! それなのにどうしてこんなことになっているのよ? おかしい! おかしい! おかしい!)
こんなの、認められるわけがない。
アリスはギリリと奥歯を噛み締め、素早く身を翻した。
状況を正さなくては! このままでは自分の幸せが奪われてしまう! 壊されてしまう!
(全部あの女のせいだもの! あの悪役令嬢を倒せば、きっとすべてがもとどおりになるはず!)
あの女がいなくなれば、シナリオどおり、精霊たちはヒロインに傅くはず。
そうなれば、自分こそが聖女だ。
聖女になれば、クリスティアンは再評価される。両陛下からも貴族たちからも民からも称賛され、もう誰も自分との婚姻をとやかく言ったりはしないだろう
(そうよ! あの女がいなくなればいいのよ!)
アリスは屋敷を飛び出した。
◇*◇
「メロンパン三つ!」
「私もメロンパン三つ!」
「私もメロンパン三つで!」
お店が再開して十日。そして、メロンパンを発売して一週間――。
今日もメロンパンが飛ぶように売れてゆく。
こだわって作っただけあって、予想をはるかに超える大好評。
メロンパンはほかのパンの三倍の数を用意してるんだけど、今日も一番最初に完売すると思う。
「あら、これはなぁに?」
「アモレのジャムパンです! 本日からの新商品です!」
「ああ、先日いただいたアモレのジャム! あれ美味しかったのよねぇ! じゃあ、メロンパンとアモレのジャムパン、あんバターをちょうだい!」
「はい! ありがとうございます!」
しっかりとお礼を言って、私は次の順番の女性に笑いかけた。
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
「ええと……」
その女性は、アモレのジャムを配ったときにはいらっしゃらなかったのだろう。「アモレ?」と、少し不思議そうにジャムパンの見本を見つめた。
「アモレってなにかしら?」
「こちらの実です。今度、アシェンフォードで売り出す予定なんです」
ジャムパンの見本の横に置いた、洋ナシによく似た真っ赤な果実を示す。
「あらぁ、良い香りねぇ!」
「本当ねぇ!」
「こちらのジャムパンは、このアモレのジャムをたっぷり使っています。ご試食、いかがですか?美味しいですよ!」
パン生地でジャムを包んで焼いたジャムパン。二十一世紀の日本では、クリームパンやあんぱんと並ぶ、昔からある定番商品だ。
ジャムパンと言えば、いちごジャムを思い浮かべる人が多いと思うけれど、それをアモレの実のジャムにしたものだ。林檎の酸味と洋ナシの甘さがなんともたまらない。加えて、大きめの果肉が残るように作ったから、林檎のようなじゃくっという歯ごたえまで楽しめる。
これは、グノームに大好評だった。
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