8-11

「テオブロマの実はココアとして飲むしかないですからね。それで気性が荒く、攻撃性が高くて、危険が伴うとなれば、誰も扱いませんよ。割に合いませんからね」


「…………」


 ああ、なるほど……。そういう考え方なのか。

 だから、拾い集められる実だけで充分ってことなのね。


 でも、今後はそうはいかない。今までの採取方法じゃ絶対に足りなくなる。

 だって、チョコレートは、間違いなく爆発的に売れるもの!


 困ったなぁ……。売りどきを逃さず大きな利益に繋げるためにも、材料は安定的に仕入れられるようにしておきたいのだけれど……。


「う」「あ」「あん」「あぁん」と、おじさんの野太い声が響く。……完熟した実を収穫してなんて、言わなきゃよかった。


 木の生態なんだし、仕方がないんだけど、考えに集中できない。お願い! 静かに悩ませて!


 思わず喘いでいる木をにらみつけて――私はふと目を見開いた。


 待って。この木みたくテオブロマにも聖女の聖歌が効いたりしない?

 テオブロマが精霊に近ければ、同じように喜んでくれるかもしれないし、そもそも聖女が聖歌と祈りで神聖力を高め、精霊を育て、自然のバランスを整えていったら、魔物は活動できなくなって消滅していくんでしょう? そう考えると――魔物が神聖力や精霊に弱いのは間違いないけれど、聖女の聖歌だって魔物に対してまったくの無力ってことはないんじゃない?


 思いついてしまったら――もう止まらなかった。試してみたい! 甘い考えかもしれないけど、でも上手くいけば、テオブロマの実を安定的に大量に手に入れられるかもしれないもの!


「あ、あの! テオブロマの生息地ってどこですか!?」


 今にもつかみかからんばかりの勢いでグレドさんに尋ねる私に、アレンさんが眉を寄せる。


「ティア?」


「テオブロマなら、南部に広く生息していますよ」


 グレドさんが農園から見える山を指差す。


「あの山にもいまして、私もたまに時間のある夜に、テオブロマの実を拾いに行きます」


「え? 夜? 夜がいいんですか?」


 でも、基本的に魔物は夜に活動するものだよね? 危なくないの?


「ええ、あのあたりの山は人里にとても近いですから、人を襲うような危険な魔物はいないんです。むしろ、一番危ないのがテオブロマでして。そしてテオブロマは植物だからか、日中に活動するのですよ。ですから、夜に採取しに行くのです」


「なるほど」


 よくわかりました。


 私は勢いよくアレンさんを振り返った。


「アレンさん! 今日はこのあたりに泊まって、明日の日中にテオブロマを探しましょう!」


「は?」


 アレンさんがなにを言っているのかとばかりに目を丸くする。


「ティア、話を聞いていましたか? テオブロマは日中に活動するのだと……」


「ええ、だからこそ日中に探すんです!」


 活動しているテオブロマの凶暴性をなんとかするのが課題なので!


 私は胸の前で両手を組み合わせると、ずいっと身を乗り出してアレンさんを見つめた。


「アレンさん、私、テオブロマの実がどうしてもほしいんです! 安定的に、大量に! なので、テオブロマに聖歌を試してみたいんです!」


「聖歌を?」


 一瞬、『なぜ?』という表情をしたけれど――さすがアレンさん。私のことをよくわかってる。ハッとした様子で赤い洋ナシもどきの木を見て、そういうことかとばかりに小さく肩をすくめた。


「なるほど……。この木にはものすごく効いたから……というわけですか」


「はい! 試してみる価値はあると思うんです!」


「ティア……」


「わ、わかってます! 聖女として、少しでも危険だと言われている場所に行くのは、褒められた行動ではありません。重々承知しております。それでもどうしても行きたいんです! どうしてもテオブロマの実が欲しいんです!」


「安定的に、大量に……でしたか?」


「はい!」

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