7-13
料理長がにこにこと笑いながら、作業台の隅に抱えていた木箱を置いた。
「あ、そういえば、珍しいものがありますよ」
料理長が木箱から、なにやら取り出す。
私はそれをまじまじと見て、小首を傾げた。
「赤い……洋ナシ?」
形は洋ナシだ。でも、私が知っているそれよりも一回り大きい。そして色は真っ赤。ヘタの周りだけ、やや黄色い感じ。そこはまるで林檎のよう。
二十一世紀の日本では、一度どこかで赤い洋ナシを見かけた気がするけれど、品種改良が進んだその時代でも珍しかったはず。
この時代では、まだ見たことがない。洋ナシは爽やかな黄緑色なのが常識となっている。
「そう見えますが、どうやら新種の果物らしくて。業者曰く、大変珍しいものだと」
「へぇ? お高かった?」
「いえ、たまたま手に入った物らしく、今後取り扱うかどうかの判断をするためにも、腕が確かなところで一度調理し、食べてみてほしいとのことで、今回は無料でした」
あ、なるほど。つまり、報酬はレポートってことね。
「じゃあ、ちょっとわたくしも試してみていいかしら?」
「ええ、そのつもりでお声がけしたのですよ」
私はワクワクしながら、エプロンをつけ直した。
「まずは生で食べてみる?」
「そうですね。味見をしないと」
料理長が赤い洋ナシもどきの一つを手に取り、ナイフを当てた。
「んんっ?」
「え? どうしたの?」
「いや、洋ナシにはありえないほど皮が固いですね」
え? こ、この見た目で?
慌てて一つを手に取ると……本当だ。触った感覚はスイカに似ている。
「まず割っちゃおうか。この固さで普通に皮を剥こうとすると、手が危なそう」
「そうですね」
大きい包丁でカットしてから、メロンやパイナップルのように、皮と果肉の間にナイフを入れる。
そのまま一口サイズに細かくして、味見。
「……! 食感はほぼ林檎ですね!」
見た目や皮の硬さからは想像できなかった食感に、料理長と私は顔を見合わせた。
「甘みが濃厚! ああ、でも後味はスッキリしているわ。酸味とまでは言えないけれど、爽やかな清涼感がある」
「食感は林檎に近いですが、味は洋ナシに近い……。となると、やっぱり謎ですね。なぜこんなに皮が固いのでしょう? 林檎にしたって、洋ナシにしたって、こんな皮はしていないのに……」
「あと、芯や種がないのも謎よ。こういう形状の果実で、芯も種もないものを見たことある?」
「いいえ、思いつきませんね……」
まぁ、それはそれとして、とにかく一つ、確実に言えることは――。
「これは美味しい! 間違いなく美味しい」
「ええ、美味しいです!」
私の言葉に料理長が力強く頷く。
「なにを作ろうか? まずはジャムでしょ? コンポートでしょ? ちょっと大人に赤ワイン煮もいいよね。これだけ甘ければ、バターソテーするだけでも美味しそう!」
「洋ナシのようにチーズや生ハムとサラダにしてみるのもいいかもしれません。あっ! 洋ナシといえば、クラフティは外せませんよね? 試してみたいです!」
「あ~! それもいいっ! となると――」
私はじっと赤い洋ナシもどきを見つめた。
「三つじゃ足りない……」
「ですよね……」
「業者へのレポートを考えても、いろいろな味を試してみたいよね。そう考えると、ジャムとコンポートはどちらかでいいね。そして、コンポートの味からワイン煮の味や食感は想像がつきそうだし……。じゃあ、コンポート、バターソテー、サラダ、クラフティにする?」
「ああ、いいですね! 賛成です!」
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