第9話 迷惑な好意の対処法




 放課後になり、馬車に乗ってジョシュアを待つことになった。一人静かな空間で思い浮かぶのは、エリーザ様の言葉。


「どうして姉がいるのよ、か……」


 普通なら、エリーザ様のように常識知らずや知識不足だと考えるものだろう。ただ、リスター嬢からの違和感の強い視線を受けたこともあって、どうしても嫌な憶測が頭を過っていた。


「リスター嬢も、私と同じ……?」


 転生者で、乙女ゲームをプレイしたことがある少女なのではないか。


(それなら、そもそもジョシュアに姉がいること自体に疑問を抱いているのは当然の反応になる……)


 辻褄が合ってしまう反面、さらに多くの疑問が浮かび上がってしまった。深く考え込もうとすれば、馬車の扉がノックして開かれた。


「姉様。ごめんね、待たせちゃって」

「待ってないわよ。ほんの少しだけ私のクラスが早く終わっただけだから」


 素早くジョシュアが乗り込むと、それを確認した御者によって馬車が出発した。

 その俊敏な動きに疑問を抱いて、窓についたカーテンを開けようとすれば、すぐさまジョシュアにその手を止められた。


「あっ」

「開けないで。……ごめん、リスター嬢がいるかもしれなくて」


 余裕そうな笑みを見せるが、それが無理に浮かべているものだと感じ取った。


(……もしかして。私が知らないだけで、ずっとリスター嬢に放課後も追われていたのかしら)


 撒いたであろう様子を見る限り、今回追われたのが初めてではなさそうだった。


 ジョシュアの苦労がそこまで大きなものだったということを知らずにいた自分に、少し腹が立ってしまった。


「ごめんなさい、私何も知らなくて」

「どうして姉様が謝るの。僕が何も言わなかっただけなのに」

「でも……気付ける機会はいくらでもあったわ」

「いや、ないと思うよ」


 落ち込もうとすれば、その必要がまるでないと言わんばかりにジョシュアは私の言葉を否定した。


「……心配させたくなかったから、徹底してたんだ。気付かれないように」

「そう……」


 その気持ちは汲んであげたいと思っていたのだが、今日目撃した様子からは、一人でどうこうできる問題ではないように思えた。


「今日は変な所を見せてごめん」

「そんなことないわ……ジョシュアさえよければ、私も解決のお手伝いをさせてほしいのだけど」


 考えた末に、私はジョシュアが抱える問題の助力を申し出た。

 

「それは」

「もちろん、ジョシュアの気持ちもわかってるわ。ただ、今日見た限りだと、リスター嬢、一筋縄では行かなさそうで」

「……待って、どこから見てたの」


 あっ。そう思った瞬間には、時既に遅かった。


「……」

「……」


 ジョシュアからじっと見つめられると、私は「しまった……」という顔をしながら、すーっと視線を下へと向けた。


「ジョ、ジョシュアが対応してるところから……」

「そっか……そこまで見てたなら話した方が良いね」


 ジョシュアは、私が本当に通りすぎただけだと思っていたため、話すことを控えたと明かした。


(確かに、あのやり取りを知っているとそうでないとでは、心配の度合いが変わってくるものね)


 事態を把握したジョシュアは、リスター嬢に関して話し始めた。


「思えば入学式の日から、目をつけられていた気がする」

「そんなに前から?」

「うん。……お互い前方不注意でぶつかって助けたんだけど、彼女からしたらそれが嬉しかったみたいで」

(それはヒロインが行うはずの、出会いイベントだわ)


 似て欲しくない状況に、暗い感情を抱き始めた。


「最初のうちはリスター嬢含め、誰からも話しかけられなかったんだけど……少し経ってから執拗に声をかけられるようになって」

「それは挨拶とかではなくて?」

「いや、最初は挨拶だったんだけだ。でも本当に最初だけ。その後は凄い勢いで畳み掛け始めて」

「今日みたいに」

「うん」


 だいぶ猛烈なアタックをしていたことを聞くと、あまり『宝石に誓いを』のヒロイン像に酷似している訳ではなかった。


「何度も何度も断ってるんだけど、耳に届いてないみたいで。というより、断りの言葉を聞き流されてる」


 その様子は今日、はっきりと自分の目で確かめていた。


 自分に都合の悪い言葉は無かったことにするような立ち回りは、あまり賢いものには見えなかった。


(ヒロインは聡明でおしとやかな少女のはず。……あまりリスター嬢には当てはまらない気がする)


 そんなことを考えていたが、今は目の前の弟の問題に向き合うことが優先だった。


「こんなことを言うのは酷なのだけど……恐らく、ああいう方には多少強く言うだけじゃ効果がない気がするわ」

「……そうだよね」


 どこか理解しているようなジョシュアのため息混じりの笑みに、どうにか解決したいという気持ちが沸き起こった。


「……好意を諦めてもらう方法が一番よね」

「諦める……」


 そう呟くと、ジョシュアも呼応するように考え始める。


 諦めてもらうこと。


 これは、例えばリスター嬢がジョシュアに幻滅してもらう他ないのだが、あまりその方向での名案が浮かばなかった。


 何故ならそもそもリスター嬢が、具体的にジョシュアのどこに惚れているのかわからなかったから。


(それよりも確実に、諦めざるをえない形を作るにはーー)


 考え込んでいると、一つの案が浮かんで無意識のうちに呟いていた。


「婚約者を作る、とかかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る