第4話 「悪役令嬢」は私の偏見のようです

 昨日は更新できずに大変申し訳ございませんでした。

▽▼▽▼



 ゆっくりと二度瞬きをして、自分の聞き間違いでないか考えてしまった。ただ、エリーザ様の視線がじっと私の方を捉えていたので、これは幻聴ではないのだと即座に判断して体の向きを変えるのをやめた。


「特に好きな物はケーキです」

「ケ、ケーキ」


 問いかける目線や私の回答を復唱する様子から、エリーザ様は緊張しているように感じた。


(自分以上に緊張している人をみると却って落ち着くことがある、って聞いたことがあるけど……あれって本当だったのね)


 両手を重ねて背筋を伸ばすあたり、品の良さを感じながら思わず微笑んでしまった。


「エリーザ様は、何か好きな食べ物はあるんですか?」

「わ、わたくし、ですの? えぇとわたくしは、紅茶が好きで……アールグレイとか特に大好きで」

「アールグレイ、美味しいですよね。私もクッキーを食べるときとかによく飲みます」

「クッキー! よく合いますわよね!」


 途端に目を輝かせたエリーザ様からは、本当に紅茶が好きな様子が伺えた。


「あ……し、失礼しました。大きな声を出し過ぎてしまいましたわ」

「いえ、共感していただけて嬉しい限りです」

「よ、よかった」


 悪役令嬢という偏見から入ってしまた部分もあるのだが、エリーザ様は思っていたよりも歳相応の普通の女の子に感じられた。その上、どうにか頑張って会話をしよう、会話がしたい、という切実な様子が見て取れた。


私が前世分含めると年上だからかもしれないが、その努力を見守りたいという感情に染まりつつあった。


「つかぬ事をお聞きするのですが、エリーザ様はこのクラスにお知り合いはいらっしゃいますか? お恥ずかしい話、私は一人もいなくて」

「そ、そうなんですね……! ルイス嬢と同じです。わたくしも一人もいませんわ」

「もしよろしければ、仲良くしていただけると嬉しい――」

「もちろんですわっ」


 食い気味に承諾するエリーザ様はぎゅっと両手を胸の前に掲げていて、全身からまさに喜びが感じられた。その様子が可愛らしくて、悪役令嬢だなんて不名誉な言葉は今すぐにでも撤回しようと、自分の頭の中で二重線を引こうとする。


(……でも確か、入学当時から既にエリーザ様は殿下の婚約者よね)


 しかし今はまだ、エリーザ様に悪役令嬢の様子も素振りもあまり感じられない。もしかしたら、まだ悪に染まっていないのかも、という期待感を芽生えさせながら、再びエリーザ様との話に花を咲かせるのだった。



◆◆◆


〈ジョシュア視点〉


 やっと、念願がかなった。

 それは、姉様と同じ年に学園へと入学するということ。


 今まで散々婚約者探しをあの手この手で父様の動きを阻止し、外に出て交流を作ろうとするのを引き止めていた。しかし、最大の難関である学園は正直打つ手がわからずに絶望しかけていたのだ。


 そこを救ってくれたステュアート兄様には頭が上がらない。


 学園こそ、僕自身が目を光らせないといけない最大の交流の場であり、婚約者を無意識にでも見つけることができる場所。何せ父様と母様の出会いだって学園だったのだから。


 だからこそ、どうしても姉様と同じ学年で入学したかった。

 この一心で、飛び級できるほどの努力は重ねた。ただ一つ問題があったのが、出力を上げ過ぎたせいか、これくらいなら一年通うだけで問題ないと学園長に言われたことだった。


 その返しには冷や汗をかいたものの、当日面談について来てくれたステュアート兄様のフォローもあって、どうにか説得力のある言い分で一年生からの入学を勝ち取ることができたのだった。


(というのに、まさか姉様とクラスが離れるなんて……!)


 姉様の呼び方問題には納得できたものの、それでも同じクラスが良かったというのが本音だ。というかそのために入学したようなものだから。


 ただ、クラスが違ってもあまり寂しそうにしていなかった姉様の反応が、個人的に一番胸に刺さってしまった。


(……当たり前だけど、姉様にとって僕はまだまだ弟なんだな)


 この現実が、正直一番胸を締め付ける。


 何度となく、自分なりに脱弟を掲げて努力をしてきたつもりだった。しかし、何一つ姉様には響いておらず、それどころか想いは一切届いていなかった。


(どうすれば……この想いは伝わるんだろう)


 そればかりがずっと悩みで、上手く解消することができない日々を送っていた。


(……姉様)


 そっと姉様が作ってくれた眼帯に触れながら、入学式の整列に向かう。

 弟としかみられていないのはわかっているのに、眼帯を毎年欠かさず作ってくれる優しさにはどこか勘違いしたくなってきている自分がいた。


 そんな都合の良い話はないことが、自分が一番分かっているというのに。


 一人になった途端、いつものように自問自答が始まってしまったが一人でいた分、時間は無限にあった。誰かに話しかける、というような行動力はそもそも持っていないのだ。

 友人作りをしたくて学園に来た訳ではないので、そこらへんは本当にどうでもよかった。ただ一切興味なしに一人着席し、入学式を終えるとそのまま教室へと向かう。


(せっかく同じ学園に入ったのに、一緒の時間を過ごせないなんて)


 再び考え込みながら歩いていると、突然肩に軽い衝撃が走った。

「!」

「きゃっ!」


 どうやら一人の生徒と衝突したみたいだった。

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