第51話 対峙する悪意(オフィーリア視点)

 更新が遅くなり申し訳ございません。こちら10/28分の更新となります。よろしくお願いいたします。


▽▼▽▼


 キャロラインの呟きには、私達全員の視線を集めた。

 怒りと恨みのこもった眼差しが私の瞳に突き刺さる。


「オフィーリア」


 ユーグリット様がぐっと引き寄せてくれる。背中から腰にかけて支えてくれるおかげで、ユーグリット様に包み込まれているような感覚になり、それが安堵へと繋がる。


 しかし、その行動がキャロラインを大きく刺激してしまったようだ。


「オフィーリア、何をしているの? 駄目じゃない、ユーグリット様にご迷惑をかけては」

「キャロライン」

「ユーグリット様は貴女と同じ気持ちではないのよ? それなのに、無理やり想いを言わせるだなんて――」


 キャロラインの中で、私は永遠にユーグリット様とは結ばれない人間と認識されており、その思考は彼女の中で絶対的なものだということをひしひしと感じ取っていった。


「勝手に人の気持ちを決めつけないでいただきたい。私のオフィーリアへの愛は嘘偽りないものだ」

「あぁ、可哀想なユーグリット様。きっと爵位の高い公爵家出身であるオフィーリアの言うことに逆らえないのですよね。ご安心してください。皆様それは分かっていらっしゃいますから」


 キャロラインはこうも会話ができない人間だったものか。そう頭に浮かんでは、冷静に彼女を見つめた。


「キャロライン。貴女がそこまで思い込みの激しい人だとは思わなかったわ」

「まぁ、何を言うのオフィーリア。十年以上もユーグリット様への想いが実らなかったことは事実でしょう? そしてそれは今も。だから貴女は社交界に顔を出さなかったんじゃない。……いいえ。ユーグリット様と参加できなかった、と表現するべきね。それなのに、急に想いが通じただなんて話。それこそオフィーリアの思い込みが激しくて心配になるわ」


 あくまでも自分は心配をしているのだという雰囲気を、これでもかというほど醸し出すキャロライン。悲壮感を漂わせる姿には苛立ちが増していった。


「それはいらぬ心配というのよ」

「そんな! 私は貴女のことを思って言っているのに」

「都合の良い解釈を押し付けているようにしか思えないわ」

「……オフィーリアにはそう捉えられてしまうのね」


 まるで自分が被害者だと言わんばかりの振る舞いを見せるキャロライン。それに負けないように、私は的確に追い詰めることにした。


「長年私を騙していた人の言葉は、必然的に軽く感じてしまうわ」

「騙していただなんて! ごめんなさいオフィーリア……私も知らなかったのよ。まさかあのドレス店がそんな非常識な商売をしていただなんて」

「あら。その主張をするなら、どうしてあのお茶会の日に私を嘘つき呼ばわりしたのかしら」

「それは……気が動転していたのよ。まさかオフィーリアにあんなことを言われるだなんて思ってもみなかったから」


 ああ言えばこう言う。

自身の非を認めるという選択は、恐らくキャロラインのなかにはない。


 屁理屈まがいの言葉でも、お茶会の模様や私達の関係性を知らない人間からすればキャロラインの主張は通ってしまうのだ。そして悔しいことに、キャロラインの悪意を証明できるものは何一つとしてない。


「そう。では私に長年悪意ある言葉を助言と称して吹き込み続けたのには、理由があるのかしら」

「悪意だなんてとんでもない。私はずっとオフィーリアのことを想って――」

「私のことを想って助言をし続けたのなら。私がユーグリット様と親しくいることを普通、祝福するものじゃないかしら。それをしなかったのは、貴女が私とユーグリット様に良好な関係でいてほしくなかったと証明しているようにしか見えないわ」


 言葉ではなんとでも言える。

 ただ、自分がしてしまった行動を変えることはできないのだ。


「誤解よ。私はオフィーリアに恥をかかせたくなくて」

「恥……」

「だってそうでしょう。オフィーリア、貴女は公爵家出身なのよ。それに比べてユーグリット様は侯爵家。貴女のもつ肩書は強力なものよ。そんなオフィーリアからの好意を、無下になんてできないわ。だから実際、ユーグリット様は貴女の無理やりな婚約に応じたんじゃない」

「それは――」

「ねぇ、オフィーリア。私は貴女のためを思って言っているのよ。今までだってそう。少し行き過ぎた時もあったかもしれないけど、私はオフィーリアが道を踏み外さないように、力になれるようにと思って助言し続けたの。……だって私達、親友じゃない」


 親友。親友? 笑わせないで。

 人を散々馬鹿にして楽しんでいた人間が、今更親友を名乗るだなんて。


 私の怒りが爆発した、その時だった。


「デリーナ伯爵夫人。貴女の戯言は聞くに堪えないな」

「ユ、ユーグリット様……⁉」

「まず、私のことを名前で呼ぶのはやめてもらおうか。妻以外に許可した覚えも、今後許可するつもりもない」

「そ、それは」


 ユーグリット様の重く低い声が、キャロラインの作った空気を崩し始めた。


「ユ……ルイス侯爵。どうして戯言だなんて」

「オフィーリアのため。オフィーリアを想って。オフィーリアに恥をかかせないように。そして道を踏み外させないように。……何よりも親友だから、か」

「そうですわ! 私はオフィーリアの親友として――」

「はっ」


 キャロラインが再び主張をし始めたその時、ユーグリット様はあきれた笑いで一蹴した。


「親友と名乗る人間は、人を死に追い詰めやしないさ」

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