第46話 お父様に事実をお伝えします


 明日はいよいよフォルノンテ公爵家主催のパーティー。

夜会ということもあり、七歳の子どもを出席はもちろん同行することも辞めておこうという話になった。


 少々残念ではあったものの、今回は無理してついて行くことはしなくて良いと思っていた。


(お母様がキャロライン様に言い返す姿はもう見ているから……あとは無事に縁を切りきるだけね)


 お母様の隣にはあのお茶会の時とは違って、想いが通じ合ったお父様がいる。それに、何かあればフォルノンテ公爵夫妻という強力な味方がいるのだ。


(……お父様は大丈夫かしら)


 最近全く社交界に顔を出していない上に、主催はおろか注目を集めることをしていないお父様が、明日上手く役割をこなせるか少し不安だった。


(最終的にお母様を守れるのはお父様しかいない。……それに、一つ懸念が)


 それがわかっていたからこそ、私は本番前日にお父様に会いに行くことにした。


「失礼します」

「……イヴェット。どうしたんだ?」


 お昼ご飯を終えたタイミングで、私は書斎を訪ねた。お父様はまだお仕事を再開しておらず、話すことができそうな雰囲気だった。


「明日のことでお話が」

「そうか……座りなさい」


 お父様と向かい合って座ると、無意識にじっとお父様の顔を見てしまった。


「……イヴェット。私の顔に何か」

「お父様、表情が柔らかくなりましたね」

「そ、そうか」

「はい。以前はもっと怖かったので」

「こ、怖い……怖がらせてしまっていたのか。すまない」

「いえ。恐怖で震えるようなことはありませんでしたよ。ただ、今の柔らかい表情の方が好みです」

「……ありがとう」


 柔らかくなった理由など一つしか浮かばないが、その表情からやはり懸念が当たっていそうで深刻な心情になる。


「……お父様。失礼ながらお聞きしますね。明日はどのような場かご存じですか?」

「あぁ。フォルノンテ公爵夫妻が主催する夜会であること。そして、そこにはオフィーリアが縁を完全に切りたいと思う友人が来る場だと認識している」

「……お父様は何をなさるおつもりですか?」


 真剣な眼差しで問いかければ、お父様はすぐには答えずにどこかまとまらない思考で答え始めた。


「何を…………まずはオフィーリアの隣にいること。そして、オフィーリアに対して虚偽の主張をした場合、抗議すること。……いや、そもそも私の方から抗議するべきか」

(やっぱり……)


 今回の件、お父様はご自身の立ち回りに対して上手く描けていない気がした。というのも、お母様とキャロライン様の一件を知ったのも最近の話で、そもそもそこに対する理解が薄まっている気がするのだ。


(お母様の報告タイミングも悪かったのよね……あの時は恋愛色の強い場面だったから)


 必然とお父様が感じ取るべき悪意が薄れてしまったのではないかと、ずっと懸念をしていたのだ。


「お父様。たかが小娘ごときがここまで言うことをお許しください。お母様を守れるのはお父様しかおりませんので」

「イヴェット……そんなことはない。イヴェットが優秀である話は各方面から聞いている」

「えっ」

「だから私はたかが小娘など思わない。優秀な娘の助言として聞かせてもらうつもりだ」


 正直、お父様にどれだけ聞いてもらえるかは未知数だったので、嬉しい返しが聞こえると笑みが浮かんでしまった。それを首を振ってごまかしながら、呼吸を整えてお父様に助言を始めた。


「ありがとうございます、お父様。……お父様にお願いしたいのは、もっと事態を深刻に受け止めてほしいということです」

「深刻に」

「はい。キャロライン様がされたことは、長年お母様を騙していた、だけではありません」

「そう、なのか?」


 ドレスを定価以上で売りつけられ、売れ残りまで押し付けられたお母様。

 お父様へのアプローチを間違えた方向で助言をもらったお母様。


 これだけの事実からは、確かにお母様はキャロライン様に悪意的に騙されたのだという一言で片付くだろう。


 だけど私は知っている。


 キャロライン様がお母様を続けた結果、最悪の未来が存在していたことを。

 このことを、私はもっと重く考えるべきだと思ったのだ。


「お父様。今回は無事誤解も解けて、お父様とお母様があるべき姿に戻ったからこそ、キャロライン様に騙されたという言葉だけで終わるのかもしれません」

「……どういうことだ?」

「言い方を変えます。キャロライン様はお母様を騙したのではなく、お母様とお父様を殺しています」


 ただ騙すことと、今回の一件を同列に語ってはいけない。長年お母様のお心をむしばみ続けたキャロラインの悪意は、そう軽く見られてはいけないのだ。


「イヴェット、それは」

「これは比喩などではありません。消えることのない事実です。あの日……十回目の結婚記念日だったあの日、お母様は心中されるつもりでしたから」

「!!」


 その回答に、お父様は初めて目を見開かれた。


「お父様。今は確かに様々な問題が解決されて、お母様と二人幸せな生活を送れていると思います。だからこそ、悪意が薄まってきているように思うのです。……忘れないでください。キャロライン様のされたことがいかに悪質で、許されざるべきことなのかを」

「イヴェット……」


 お母様は間違いなくキャロライン様に対して、報復する思考があるだろう。だからこそ、お父様には少しでもその想いを理解した上でご自身でも怒りを感じてほしいと思ったのだ。


「デリーナ伯爵夫人のことはよくわかった。教えてくれてありがとう」

「……いえ」


 ただお父様に知ってほしかった。その一心で伝えに来たのだ。これは、お母様の口からは言えないことでもあったから。


 その想いは、無事お父様に届いたようで、お父様は立ち上がって私の方へと移動してきた。そして優しく頭を撫でてくれた。


「イヴェット。約束する。私ができる最大限の報復をすると」

「お父様」


 優しい声とは裏腹に、瞳の奥底には揺るぎない怒りが込められていた。


「オフィーリアは私が必ず守るから……託してくれないか?」

「……もちろんです」


 私は笑顔でお父様に頷くのだった。


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