第45話 公爵一家がいらっしゃいました


 無事お茶会が終了した三日後。


 招待状を持ったフォルノンテ公爵一家が、ルイス侯爵家を訪れた。


「ようこそいらっしゃいました、シルビア様」

「お邪魔するわね、オフィーリア」

「ご無沙汰しております、公爵閣下」

「相変わらずユーグリットは固いな。義兄呼びで構わない」


 夫妻同士がほのぼのとした挨拶をしている横で、子どもたちの挨拶はどこか不穏な空気が流れていた。人見知りという部分もあると思うのだが、ジョシュアは酷くステュアートお兄様に警戒をしていた。私の一歩後ろに下がり、隠れるように挨拶をする。


「イヴ。お誘いいただいた通り来てみたよ」

「お久しぶりです、ステュアートお兄様」

「あぁ、久しぶり。君はジョシュアだよね? 初めまして」

「……初めまして」


 警戒心は眼帯に現れており、親族にもかかわらず身につけていた。


(まぁ……初対面だもの。警戒するのは当たり前よね)


 ジョシュアが心配になりながらも、私達は全員応接室に移動した。


(お母様とお父様はすっかり仲良しだわ)


 お父様はお母様のすぐ隣に立って、優しく手を引いていた。二人からは和やかな雰囲気が醸し出されており、私は思わず微笑んでしまった。


 応接室に到着したところで、入室する前にステュアートお兄様に優しく肩に触れられた。


「……イヴ、お手洗いってどこかな」

「あ、ご案内しますね」

「姉様」

「?」

「僕が案内します」

「え」


 人見知りをしていたと思っていたので、ジョシュアのその発言には驚いてしまった。


「ジョシュア、大丈夫よ。私がーー」

「……お話してみたいので」

「そ、そう?」

「いいのかい? じゃあお言葉に甘えようかな」


 気を遣ってくれたのだろうと思ったが、ジョシュアにも考えがあるようだった。


(仲良くなる良い機会よね)


 そう判断すると、ジョシュアに案内を任せて私は応接室へと入っていった。

フォルノンテ公爵夫妻と両親で向かいあって座っていたので、私は迷わずお母様の隣に座った。


「まずはお茶会お疲れ様、オフィーリア。凄く好評だと聞いたわよ」

「シルビア様のおかげです。ご夫人方も皆様お優しくて……とても良い雰囲気で終わらせられました」

「それはよかった」


 お茶会の大成功はのぞき見していた身として知っているので、私までどこか誇らしかった。


「本当にお疲れ様。あとはゆっくり休んで……そう言いたいのだけど、本番はここからのようね」

「はい」


 お母様にとっては、次のパーティーの方が重要と言える。


「お兄様、先日は足止めいただきありがとうございます」

「いや。造作もないことだ」


 作戦通り、伯父様によってデリーナ伯爵に真実が通達されたようだった。


「噂ではね、怒りのあまりデリーナ伯爵はキャロラインさんをはたいたそうよ」

「キャロラインを……」


 シルビア様が伝手を使って手に入れたデリーナ伯爵家での出来事が語られた。


「その日はご友人方とお茶会をしていたようでね。……その最中、事実を知ったデリーナ伯爵がお客様の前ではたいたらしいわ」

「お客様の前で」


 お母様が眉をひそめると、シルビア様は苦笑しながら話し続けた。


「私はデリーナ伯爵に同情するけれど。……それに、はたいたのも恐らく意図的に、でしょうから」

「意図的、ですか? デリーナ伯爵の評価が下がるように思うのですが」

「短期的に見ればね。彼は長期的に考えて行動したのだと思うわ。はたいたということは何か事情があると普通なら考えるでしょう。その理由が目も当てられない状況なら、同情はキャロラインさんではなく伯爵の方に集まるから」

「デリーナ伯爵は夫としての評価ではなく、商会の会長としての評価を取ったと思う」

「なるほど……」


 シルビア様と伯父様の二人の意見はおおいに納得できるものだった。お母様も頷いていたが、さらなる不安事をシルビア様へ漏らした。


「……今、デリーナ夫妻が不仲になってしまうと、パーティーには来ないのでは」

「安心してくれオフィーリア。抗議を含む手紙には、招待状も同時に送付したんだ」

「同時に、ですか?」

「えぇ。あのキャロラインよ。自分の過ちをすぐに認めずに、自分の無実を伯爵に主張すると思ってね」

「確実にすると思います」


 ぎゅっと手に力を入れるお母様の手を、お父様がそっと重ねる。


「色々な言い訳を並べれば、キャロラインさんに非が無くなってしまうわ。悔しいことに、現状キャロラインさんとあのお店の繋がりは証明できても、お店の悪行をキャロラインが指示したと断言できる証拠はないから」

「……お店の方が勝手にやったと言えば、一応筋は通りますね」


 どこか悲しそうな表情になるお母様に、今度は私がそっと腕に触れる。


「落ち込まないでオフィーリア。だからね、事前に布石を打っておいたのよ。キャロラインが言うであろう言い訳を書いてね。“以下の言い分を主張されると思います。ですので、真実をご自分の目で確かめるためにも、どうか夫妻揃ってパーティーにお越しください”とね」

「「‼」」


 私とお母様はシルビア様の一手に目を見開いた。


「キャロラインさんが言い訳をする時に、確実に自分はオフィーリアと二十年来の仲だと主張するはずよ。その方が説得力あるもの。だからそれを突いたのよ」

「お、お義姉様……‼」

「だから安心なさい。オフィーリアは、パーティーでユーグリット様と親しい様子を見せるだけで勝てるから」

(天才すぎます、シルビア様……!)


 シルビア様の微笑みは、過去一番輝いており、とても頼もしく思えたのだった。


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