第8話 推しグッズを作りましょう!中

 


 推しグッズを作るに当たって、まず大切なことがある。それは基調となる色を把握すること。前世の記憶込みでジョシュアに関しては担当色があったので、青を取り入れればそれらしくなっていた。


 しかし、今回の相手は無理矢理推しにした言わば一般のお貴族様である。


 ということで、イメージカラーを決めることから始めることにした。


「お母様。推しを思い浮かべて、何色か連想されますか?」

「色……」

「そうですね……例えば私だったら青色のように。安直になりますが、髪色から考えたり、その人の魅力に繋がる色を考えたり」

「魅力……」


 お母様が考え込むのと同時に、改めて父ユーグリットの姿を思い浮かべてみる。


(……うーん。髪色から言えば青色かしら。でも瞳は明るめの水色でーー)


 容姿を思い出していた瞬間、お母様はぽつりと一つの色を告げた。


「……紫色」

「紫色、ですか?」


 紫という予想外の答えに、思わず聞き返してしまった。


「えぇ。紫色にするわ」


 そう答えるお母様は、どこか幸せそうだった。


(これは……何か思い入れのある色なのかもしれないわ)


 私の知らない、お母様の中にいるお父様だけのイメージカラーなのだと思うと特別感が増しているように思えた。


「わかりました! 紫色で作ってみましょう」

「作りたいわ……!」

「何から作りましょうか……そうですね、簡単なものから作ってみますか?」

「簡単なもの。……それなら私にもできそう」


 安心しながら微笑むお母様に、何からやってみようか早速考えてみた。


「お母様、刺繍をされたことは?」

「……昔に少しだけ」

「では、まず刺繍からしてみますか?」

「えぇ」

「では一式とって参りますね」 


 こんなこともあろうかと、というわけではないが、二人分の刺繍セットは持っていた。


「紫の糸……良かった、あった」


 実はジョシュアの瞳の片方が紫ということもあって、手元に置いてあった。


「……紫と何色がいいかしら。青とか白?」


 これに関しては本人のセンスもあるので、自分で決めずに何色か手に持ってお母様の元へ戻った。


「お母様、持って参りました」

「ありがとう、イヴちゃん」

「紫色の糸がこちらで……合わせる色はお任せしようと思って、何色か持って参りました」

「……緑をもらおうかしら」

「わかりました!」


 お母様は紫と緑を選択し、早速刺繍を始めた。経験があるのなら最初から口出さずに見守ることにした。


(……おっ?)


 すると、非常に慣れた手付きで一つ完成させてしまった。お母様の刺繍は、一目でラベンダーだとわかるほどお上手で、私が教えることなど何もないほどの実力だった。


「……どうかしら?」

「凄くお上手です……ラベンダー、ですよね?」

「そうなの……! わかる?」

「もちろんです」

「ふふ、ありがとう」


 嬉しそうに自分の行った刺繍を見つめるお母様。一緒にまじまじと刺繍を眺めるが、完成度はかなり高いものだった。


(もしかして……お母様って刺繍の才能がおありなのかも……?)


 そしてもう一つ気になったこともあったので、新たな布を用意しながらもう一つ作るか尋ねた。


「お母様。せっかく何種類か色を持ってきたので、お好きに刺繍をされてはいかがでしょうか?」

「そうね……ユーグリット様のことを考えながらすれば、推し活になるのよね?」

「その通りです!」

「……私、頑張るわ」

「はい!」


 やる気に満ちたお母様の眼差しが嬉しくて、私までなぜかやる気が出てきてしまった。


「失敗した用に布ならたくさんあるので、ここからお取りくださいね」

「わかったわ」


 こうして机の上には刺繍糸と刺繍用の布で埋まることになった。


(せっかくなら私も刺繍をしよう)


 先程までのやり取りを振り返りながら、お母様の口から”推し活“と出たことに顔がにやける。


(染まってくれてるみたいで良かった)


 にこにこしながら自分の手を進める。私はと言えば、せっかくなら推し活をしようとジョシュアのモチーフとなるキャラクター、青色基調のくまを作り始めた。


「…………」

「……?」


 お母様の方から視線を感じたので、顔を上げると「なんでもない」と言わんばかりの微笑みでごまかされた。


(……もしかして失敗しちゃったのかな?)


 そう気にしながらも、黙々と手を動かしていった。特に会話をすることなく、二人揃って集中して取り組むことができた。


(……できた!)


 無事にくまを作り終えた私は、顔を上げてお母様の方を確認した。


「えっ……!?」


 すると、机の上には刺繍を終えた布が十枚ほど並んでいた。


「……お母様」

「あっ」


 そこまで集中していたお母様は、私の声で手を止めた。


「ごめんなさいイヴちゃん、楽しくなっちゃって……」

「お母様は刺繍の才能がありますね……!」

「えっ」


 それに、私がもしかしたらと思っていた予想が的中した。


(その上作業スピードも異常に早い!! これは常人ではできないことよ……!)


 私が遅すぎるのかもしれない、そんなことを考慮してもお母様の刺繍する早さは驚くものだった。


「どれも丁寧で売り物みたいです……」


 その上、一つ一つの完成度は高く保たれたままだった。今すぐにお店に出せるほど、その出来映えは目を見張るものだった。


「今は何を作られてるんですか?」

「あっ、まだ途中なのだけど……」


 立ち上がってお母様の手元を覗き見れば、そこには細部までこだわって縫われた狼がいた。


「……狼だ」

「ま、まだ完成してなくて」

「何故狼を?」

「イヴちゃんが可愛らしいくまを作ってたでしょう? それで、ユーグリット様に合う動物を考えながら作ってみたのだけど」

「天才ですか?」

(いや、もう自発的に推し活してますよ!)


 その判断力と行動力に驚きながらも、再び狼に視線を移す。とても刺繍をで作られたとは思えないほど、精巧で美しい狼がそこにいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る