トリオというよりソロ×3
キタローはもっぱら、自分専用の移動手段を持たない。まだ17歳なので自動車免許も持てないし、原付自転車も電動キックボードも持っていない。ママチャリくらいは持っているのだが、あまり乗っていない。
なので、いつもどこかに出かけるには、公共交通機関を利用していた。
(ひとまず、乗せちまえば少し休憩できるな)
満員というほどではないが、それなりに込み合っている休日の電車。そこにテントや椅子の入ったケースと、着替えが入ったスーツケース。それから細かいキャンプギアが入ったザックを下ろす。
これらをすべて持ち歩くのは重労働だ。すっかり疲れた彼は、せめて椅子に座りたいと願ったが……
(さすがに座れる感じじゃないかー。――うーん。まさかここでキャンプ用チェアを組み立てて座るわけにはいかないだろーなー)
立って乗るしかないらしい。
(お、あれソーハちゃん?)
窓の外に、やたら一生懸命に走っているMTBが見えた。何やら重そうな荷物をハンドルに巻き付け、車輪の横にはパニアバッグをぶら下げて、さらにはリアカーまで牽引している。
(まあ、確かに今回のキャンプ、必要なものは持参することって言ったけどさー。そこまで重装備なら自転車より交通機関の方が楽じゃねー? そうでもないのかなー?)
見たこともない大きさになっている自転車を、自分の乗る電車があっという間に追い越していく。その瞬間、ソーハと目が合った気がした。
(やばっ!?)
何となく、とっさに顔を隠す。今日ソーハと一緒にキャンプするのは、『俺』の方のキタローではない。『あーし』の方のキタローだ。
(まあ、さすがに気付かないっしょ。うん、セーフって事で)
それにしても、ソーハはとても楽しそうな表情で走っていた。
(自転車、そんなに楽しいもんかねー)
今回の目的地は、少し離れた県外のキャンプ場。3人全員が現地集合を望んでおり、集合時間もザックリとしか決めていない。
夜には一緒にBBQをしようと決めていて、それが出来るような施設を選んでいる。逆に言えば、それ以外の予定が無い。
――ので、
(予定が無けりゃ、早く行っても意味ないか?)
と、ノボルは車を走らせながら考えていた。時間を持て余すようなら、それはそれで気まずい。よく考えなくても、自分はソーハともキタローともさほど接点が無いのだ。
(まあ、どーせ時間があれば、ソーハさんは『散歩しましょう』とか言ってくるか。キタローのコスプレ写真を手伝っても面白いだろ。俺が一番乗りにさえならなきゃ退屈はしないな)
そう考えて、気を取り直して車を走らせる。曲がり角で『警報鳴らせ』の標識に気付き、適当にクラクションを一発。曲がり角は登りやすいように、対向車線にはみ出してもいいことになっていた。
(外側の方が勾配が浅いんだよな。まあ、俺の車なら登るだろうけど)
ギアは念のため減速チェンジして、ゆっくり進んでいく。対向車も後続車も無い。
(もし俺が一番乗りでキャンプ場に着いたら、この辺の峠を歩いてみるのもいいかもな。その辺のシダとか綺麗だし)。
車の窓は小さく、死角は多い。もちろんノボルはその死角さえも理解しながら、記憶と結び付けて距離をコントロールできるが、
(歩くことでしか見られない景色とか、多いもんな)
だからこそ、車だけじゃ物足りないのだ。
(ん? あれ、ソーハさんじゃね?)
と、ノボルは気づく。見たこともないマウンテンバイクが、これまた見たこともない荷物を引きずっている。しかしその後ろ姿……緩く縛ったセミロングヘアには見覚えがあった。
いつものぴっちりとしたサイクリングジャージでも、いつぞやの学生服でもない。デニムのハーフパンツにTシャツと、ノースリーブパーカーの組み合わせ。もしかしたら初めて見る私服かもしれない。
「よう、ソーハさん」
追い抜きついでに、窓を開けて話しかけてみる。
「あ、ノボルさん。早いですね」
ソーハはペダルこそ平然と漕いでいたが、思った以上に速度が遅かった。ギアがそれだけ下げられるという事なのだろう。まるで滑りながら走っているように見えるほどのギア比だ。
「大丈夫か? 荷物くらいは運んでやろうか?」
「いえ、大丈夫です。すみませんが、先に行っててください。すぐ合流します」
「おう。そうか」
短い付き合いの中でも、解ったことがある。ソーハは自転車が好きで、自転車乗りであることにプライドを持っている。だから『自転車よりこっちの方が楽だぞ』とか、『自転車じゃキツイだろ』は禁句だ。
「お前なら登り切れるよ。キャンプ場で会おう」
ノボルがそう言い切ると、ソーハは満開の笑みを咲かせた。
電車を降りて、バスに乗り換えて、移動すること十数分。
「おりまーす」
大荷物を抱えたキタローは、その荷物を3回に分けてバスの外に運び出した。さすがにバスの運転手も嫌な顔をしたが、
(アンタのバス狭すぎだしー。もっと余裕を持たせといてよ。そこのステップも、このドアも)
と、キタローも嫌な顔をし返す。両者一歩も譲らない睨み合いは、バスを降りてからも続いた。
そのバスが山の向こうに消えていくのを見たキタローは、なぜか勝ち誇ったような顔をして、キャンプ場へと向かう。チェックインの手続きだ。
(みんなが来る前に、テント張って着替えとメイクだけは済ませたいなー。ノボルはともかく、ソーハちゃんに見つかるとめんどくさいしー)
チェックインを済ませると、外に置いていたテントやコスプレ衣装を持って、芝生へと歩いていく。
(帰りはバスなんか使ってやらねー。もう絶対タクシーで帰ろー)
と、バスに対してモヤモヤを引きずり続ける。こういう時、どうしてもキタローは感受性が高すぎるのだ。ずっとイライラが止まらない事もある。
まあ、いいこともあって、
「わぁ……めちゃ綺麗」
緑色の芝生と、小さな丘。その向こうに遠くの山が見える。
このキャンプ場がやや小高い高原なので、眼下には谷を流れる川も、その向こうの集落も見えた。
大自然と言うには人里に近く、しかし人里の中と呼ぶには山に近い。そんな場所の景色は、すっかりキタローの気持ちを切り替えた。
「前から気になってたけど、いいじゃん。ここ」
自然と、声も高くなる。まるで年頃の少女のように、高く――
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