キスから始める異世界バトル(1)




 さて、何とかあのトカゲ野郎の大口からは、二人揃って無事に逃げる事ができた。

 だが、問題はこの後の事だ。

 今は巨大な木の枝上に避難して休んでいるものの、ここだってずっと安全だとは限らない。


 例えば、安全な隠れ家的な場所を見つけるだとか、このキュリティシャスの大森林から脱出するだとか、今後の事も考えて早急に安全を確保しながら行動していかないと、非常にマズイ。

 復讐の為に転生した筈なのに、別の化け物のおやつになりかねない。


「とりあえず、さっきの目眩しはナイスだった。マジでファインプレーだったよ、リリス」

「えへへ〜♪ そーかなぁ? 実はウチを出る前に、ボクのママが色々持たせてくれてたんだ〜♪ 何かあった時に、役立ちますようにって!」


 そう言ってリリスはダミ声を出しながら、まじげんポシェット〜! と少し小さめなポシェットを懐から取り出した。

 きっと流れ的に、マナとか魔力とかが関係ある大容量なポシェットなんだろう。

 さて、そんな魔次元のポシェットも気になるし「お前は青いネコ型ロボットか!」とツッコミを入れたい気持ちも大いにあるが、あまり悠長に時間を使ってもいられない。


「よっし! と言う訳で、未来の大悪魔のリリス様。まずは……あのトカゲ野郎と、この森についてか。転生したての無知な俺に、知っている事を片っ端から教えてもらえないかな?」


 少し前まで沈んでいたリリスのテンションが更に上がりやすくなる様に、多少わざとらしくはあるがリリスをヨイショしながら質問する。

 化け物から逃げられたものの、俺一人なら間違いなく詰んでいた状況だ。

 しかし幸いな事に、これからの指針になる情報を提供してくれそうな悪魔がここにいる。


 ……少々ポンコツ気味ではあるが。


 俺の復讐とリリスの悪魔として力をつける事。お互いの目的の為に協力する契約を交わしている以上、お互いの安全確保の為に協力は不可欠だ。

 これで少しでも、リリスの気分が持ち直してくれると良いんだが……。


「み、未来の大悪魔!? …………おっけぇー! このリリスさまに、ドーンとまっかせなさーい♪」


 …………めちゃくちゃちょろいけど、大丈夫か? このポンコツ悪魔は。


「えーと、だな。一応、さっきサラッと森については教えてもらったっけな。生き物とか植物が巨大に育ちやすくて、強力な魔物が大量にいるとかって言う……『キュリティシャスの大森林』だっけ?」

「正解! この大森林みたいな『秘境』にはね、この大陸を巡るマナがいっぱい流れて来やすいのと、流れて来たマナがいっぱい集まって溜まりやすい関係で、魔物や魔人種みたいにマナに影響を受けやすい種類の生き物なんかが、強くおっきく育ちやすいんだよね〜」


 ふむふむ、なるほど。

 つまりそう言う関係もあって、リリスは契約した後で転生した俺の魂を速攻で確保して、この秘境の大森林に持って来たって訳か。

 そして、俺がマナ溜まり的なパワースポットで魔人種として肉体を得られる様に、ずっと転生のサポートしていてくれたって事か……。


 んー。実際めちゃくちゃありがたいし、そのおかげで命が助かっているから何とも言いづらいんだけど、正直かなり胡散臭いぞ。このポンコツ悪魔。

 前にちらっと聞いた通り、悪魔は契約を大事にするらしいし、実際のところ契約相手が強いに越した事はないだろうけど、サポートが少々手厚過ぎやしないか? 

 話を聞く限り、ここって悪魔とか関係なくホイホイ来れる様な安全地帯じゃないみたいだしな……。


 ま、今は置いておこう。今はまだ、詮索する時じゃない。

 リリスは俺の目的を、俺はリリスの目的達成の為に協力する。

 俺達の関係性は、少なくとも「まだ」そんなモノだ。

 この状況で下手に問い詰めても、関係性に余計な亀裂が入るだけだろうしね。


「じゃあ次は『ナントカ種』って言ってた、あのくそデカトカゲ? 恐竜? みたいな奴についてレクチャー頼むわ」

「りょーか〜い! アイツは『サウルス種』の『チャルロックサウルス』って言う魔物だよ。白っぽい岩みたいなゴツゴツした身体が特徴の、この『キュリティシャスの大森林』の中だと割とポピュラーな魔物で、強さランク的には中くらいの魔物なのかな?」

「は? 中くらい? アイツが?! あのガタイで?!!」

「え、うん。ここに生息してるサウルス種の中だと、多分一番メジャーで戦いやすい方だと思うよー?」

「いや、マジかよ……じゃあこの森にはアイツなんかより、格上の魔物がわんさかいるのかよ……」


「キュリティシャスの大森林」俺の想像以上の魔境みたいだな……。

 ガチ目の命の危機を感じた巨大爬虫類モドキの魔物が、この辺りでメジャーで戦いやすいって……。


 いや、これもとりあえず置いておこう。

 これ以上色々考えてたら、ただでさえ傾いてきた日がとっぷり暮れてしまいそうだ。

 問題なのは、このまま俺達が森の中の安全なエリアか、森の外の安全なエリアに辿りつけるかって事だ。


「で、問題なのはチャルロックサウルスの狩りの習性なの。チャルロックサウルスは一度獲物に自分の唾液を付けると、その匂いを辿って獲物が疲れて弱るまで、すっごくしつこく追い回してくるから……」

「つまり俺達は、もう奴にマーキングされているって訳ね……。あ、なら水のある所まで、またリリスの羽で飛んで行くってのは? そこで匂いを落とせば良いんじゃないか?」

「うーん、なるほど……。あ、もしかして……またボクのおっぱいを堪能するつもりとか? もう、ほんとヨシヒトはしょーがないな〜♪」

「違うわアホ! トカゲ野郎と遭遇しない為の作戦だわ!」


 この、非常事態にリスクが少ない方を選べるのなら、是非ともそうしたい。

 ぶっちゃけ、あんなデカい魔物と何度も顔合わせるとか考えたくない。全力で御免被る。



 それに、流石にリリスに抱きついて飛べるからなどと言う邪な提案では断じてない。


 何より、心頭滅却すればどんな柔らかくて触り心地抜群で良い匂いのする柔肌だって何のその。

 リリスのおっぱい、恐るに足りず。



「うーん、できない事はないけど……ボクまだ本調子じゃないから、二人で飛ぶのはちょっとキツいかなぁ……。チャルロックサウルスは鉤爪の有る両手足で木登りも得意だから、回復するまで待ってたら追いつかれちゃうかも……」




 …………………………ん? 




「リリス……今なんて言った?」

「へ? だから、ボクまだ本調子じゃないって……」

「いや、その後」

「え……? 回復するまで待ってたら追いつかれ」

「行き過ぎ! ちょい前!」

「え、えーと……チャルロックサウルスは、鉤爪も有る両手足で木登りも得意だから」


 リリスが言い終わるや否や、すぐそこには俺達の手足よりずっと太くて鋭い鉤爪。





 巨木の影からヌッと覗く二つの目と自分の目が合った瞬間、俺はリリスの手を握りしめて地面に向かって飛び降りていた。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「いくらボクが飛べるって言ってもさ〜、キミ、けっこー無茶するよねー」

「いや……ほんとすまん。助かった」


 咄嗟にリリスの手を掴んで巨木の上から飛び降りた俺は、リリスの羽で滑空してもらう事で、距離を稼ぎながら無事に着陸できていた。


「ま、ボクもあのままだったらまともに動けずに、チャルロックサウルスのお腹に入ってただろうし、これでチャラにしてあげる」


 そう言って、リリスは手を伸ばしてくる。


「ここまで来れば、あとは少し行けば森から出られる筈だよ。サクッと脱出してトカゲのベトベト流すのに、一緒に水浴びでもしようよ♪」







 自分が童貞じゃなくってよかったと、今日ほど思った事はないと思う。

 今ではこんなに憎いと思っている元妻で捨てた童貞だけど、それでもよかったと思えた。


 だってそうじゃなければリリスが……夕陽に照らされる目の前の悪魔があまりにも綺麗で、心を奪われていた筈だと心底感じたからだ。


 同じくリリスに手を伸ばした俺は……………………咄嗟にリリスを抱き寄せた。

 色々と我慢できなくなった訳じゃない。


 リリスがさっきまでいたすぐ近く、そして俺の後ろ側にもソイツらはいた。

 計二体のチャルロックサウルスが、前後から俺達に狙いを定めている。

 どうやら俺達は、キュリティシャスの大森林のメジャーな魔物を甘く見ていたらしい。



 状況を理解して震えてるリリスの頭をゆっくりと撫でながら、あやす様にリリスに話しかける。


「リリス。最後にお願いがあるんだけど良いか?」

「な……な、に?」


 俺は、人生最後の願いを口にする。


「キス……させてほしい」


 我ながら、何を言っているんだと思う。

 リリスだって何か言いたげだが、構わず続ける。


「俺は女性ってやつを、元妻以外知らないんだ。こんな状況でそのままだと悔いが残りそうでさ」

「──────自分勝手は承知してる。でも、リリスに俺を上書きしてほしい」


 リリスは何も答えなかった。


 ただ、俺が届く様に膝を曲げて中腰になって、そっと目を閉じてくれた。

 俺もそれに応じる様に、リリスの頬にそっと手を添えて目を閉じる。


 遠くで、二頭の魔物の足音が近づいてくる音がする。


 そんな事がどうでも良くなるくらいゆっくり、だけどしっかりと、唇を重ねた。










 その瞬間、俺を取り巻く世界の全てが、ガラリと変わった様な気がした。



 

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