観測者

──ここはどこだ!?


パソコンのディスプレイ……?


左を向くと壁にかけられたコレクションの腕時計が見えた。


特徴的な曲面の横長ディスプレイが点灯する。人感センサーが反応したのか、昨日購入したばかりのRPGが戦闘画面のまま放置された状態になっていた。


俺の部屋?


慌てて、パソコンの時計を確認する。


17時39分、だ。


ゴクリと唾を飲み込む。まさか、瞬間移動?俺の行動がなかったことにされたのか?


そして、自分がゲーミングチェアに座って、右手にマウスを持っている事に気がついた。


あまりの気味の悪さに慌てて右手を離し、椅子を後ろにずらして立ち上がった。


俺、靴を履いている……。


取り繕う気があるのか、ないのか、全く分からない。目茶苦茶な能力だ。


サイコメトリーなんて、これと比べれば子供の手遊びと一緒だ。


正直、ゾッとした。


その時、ポケットが振動し始めた。


体がビクッと反応する。


スマホが振動しているだけだと気がついて、安堵の息をもらす。



山下、か。



『安井くん、今どこにいる? 』


「……自分の部屋だ。山下は? 」


『私も自分の部屋。ここからじゃ、もう風花ちゃんのところに間に合わない。迂闊だった……どうしよう、私のせいで……』


珍しく山下が冷静さを失っている。


正直、この能力は人間の限界を超えている。大したことが分からないのに強制力が尋常ではない。


端的に言って、理不尽だ。


だからこそ対策はしてある。


「山下……切り札は用意してある。多分、問題はない」


『えっ?』


「本来そこにいるべき人間が、倒れている風花を確認しているはずだ」


『……どういうこと? 』


「不幸な未来が確実に実現するということは、必ず役者はあの場に揃うんだ」


電話口の山下が少し沈黙する。何か考えているのかもしれない。



『……もしかして、観測者は不特定多数じゃなくて、全部同じ人なの? 』


「そうだ」



山下は観測者が不特定多数と推理していた。だから、『観測者は誰でも良い』

という間違った仮説を元に行動をしてしまったのだ。


結果、その場にいるはずのない山下や俺は排除されたのだ。


「サイコメトリーで風花の予告編の記憶と観測者の記憶を比較してみたら、完全に合致した」


「観測者の名前は──」







──祐二くん?


「……その声は祐二くんなの?」


駆け寄ってくる足音が聞こえた。絶望的な気分になる。


トマトジュースを服の脇腹に染み込ませて、産業道路に倒れたふりをしているなんて、どう説明したらいいものか……。


これじゃ、完全に変な人に見えるよ。


「風花ちゃん、意識があるの? そ、そうだ、救急車。救急車を呼ばないと」



慌てて、立ち上がり祐二くんの袖をつかむ。



「大丈夫。怪我なんてしてないよ」


「でも、血が……」


「これ、トマトジュースだよ」


体裁を気にしている余裕がないことに気がついて、正直に話す。


祐二くんはよほど慌てていたのだろう。黒縁の眼鏡のフレームが斜めになっていた。


「眼鏡……曲がってるよ」


そう言って、眼鏡をそっと直してあげた。


「よかった……風花ちゃんが死んじゃったのかと思ったら、俺……俺」


祐二くんの目が潤んていた。いや、もう涙が零れ落ちていた。


「大袈裟だなぁ……」


「だってさぁ……」


その時、スマホの着信音が遠くでなっている気がした。


「ごめん、ちょっと待ってて」


自転車のかごに入れてあるトートバッグからスマホを取り出すと、まるで急かすような大きな着信音が響き渡った。


相手はりえちゃんだった。


「大丈夫だったよ。りえちゃんも無事だったんだね、良かった。うん、うん……分かった。後で折り返すね」


そういうと手早く電話を切った。


りえちゃんの着信履歴がたくさん残っていた。現場にりえちゃんも安井くんもいないところを見ると、予告編に強制退場させられたのだろう。


でも、りえちゃんの自転車はそのまま置いてあって、予告編の半端な影響力に苦笑いした。


やっぱり、ポンコツだ。予告編は。


振り返ると祐二くんのもとに駆け寄る。



「なあ、風花ちゃん……これは一体なんなんだ?藤井や安井と何かあったのか?」


小首をかしげる。


安井くんは分かるが、藤井くんはなんのことだか分からない。



「ごめん、藤井くんは話した事がないからよくわからないけど、安井くんは今日いろいろ助けてもらったんだ」


「いろいろって……何を? 」


「うーん、彼は占い師なんだよ。……で、占ってもらったら……こうなった」



祐二くんはポカンとした顔をしていたが、私も内心、彼の話がチンプンカンプンだった。


でも、理由はともかく、ここに君がいることが嬉しい。それは恥ずかしくて本人に言えなかった。



祐二くんはタオルとサマーセーターを私に差し出した。


「安井が……風花ちゃんにタオルと上着を渡してやれって。その時は意味が分からなかったけど渡すなら、今だよな」


「うん、ありがと」


安井くんはやっぱり本物の占い師だ。予告編なんかより、人の役に立つ凄い能力だ。


私の顔を祐二くんがじっと見つめていた。


な、なんだろう?


少し、口を尖らせながら聞いてきた。


「安井……とは仲がいいのか? 」


「どうかな? でも、友達だとは思う。なんで、そんなことを聞くの? 」


「いや、だって安井の名前を出したら嬉しそうだから……さ」


彼は目を逸らすように斜め下を見ながら、小さな声でつぶやいた。


「そうだね。安井くんのおかげで今日はすごく助かったんだ」



祐二くんはちょっと驚いた顔をしていた。


ほんの少し間、彼は沈黙したかと思うと、何か意を決したかのように私の顔をまっすぐと見つめた。



「風花ちゃん、俺、君のことが──」


えっ……?





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