占い
集中し始めた頃に家のインターフォンが鳴った。
階下から母親の声が聞こえた。
「風花、お友達が来てるわよ〜」
「はーい、今行きます」
思ったより早いな、りえちゃん。
タンタンタンと階段を降りると、母親がニヤニヤとしながら待ち構えていた。
「ニヤニヤしてどうしたの? 」
「少し影があるけど格好良い感じの子ね」
「何の話? 」
思わず眉間に皺を寄せる。
「男の子のお友達よ」
お、男の子?
まさか、祐二くん家に来ちゃったの?
急に恥ずかしくなる。
やだ、私、油断してて部屋着のままじゃない!?
か、髪の毛は……?
壁にかかっていた鏡を見ると、ギリオッケー?
母が呆れた目で私を見ていることに気がついた。
「……とりあえず、待たせちゃ悪いからインターフォンで返事してあげて」
母親がため息をつく。
なんか、イラッとくる反応だ。
インターフォンのディスプレイを覗くと、そこには意外な人物が立っていた。
「や、安井くん? 」
──どうやら、りえちゃんが彼に声をかけたらしい。
一旦、自分の部屋に上がってもらうことにした。
私の部屋に男の子がいる……。
しかも、ほぼ会話をしたことのないクラスメイト。
「七瀬……さん、急に来てすまない。山下に呼ばれてきたんだ」
「あ、うん。別に大丈夫だよ」
全然、大丈夫じゃない。
気まずい。
早くきてよ、りえちゃん……
安井くんはクラスでやや浮いている。
一人でいることが多いし、隙あらばスマホを弄ってニヤニヤしているタイプの変わり者だ。
あまり積極的に人と関わるタイプには見えなかったので、りえちゃんと交友関係があることに驚いている。
沈黙に気まずくなったのか、安井くんが話しかけてきた。
「その漫画、好きなのか? 」
彼が指を指した先には少女漫画があった。
「うん。安井くん、この漫画知ってるの? 」
「ああ、俺の男友達が好きでさ、読んだら面白くてな」
「へぇ〜意外!」
こんなところにも趣味の合う男の子がいた。もしかして、私は視野が狭いのかな?
少し嬉しくなってしまい、祐二くんのオススメの一冊を手に取る。
「これ、同じ作者の漫画なんだけど、伏線が良くできてて面白いよ」
「へぇ……」
そう言って本を受け取った瞬間に、安井くんの体がビクッとして動かなくなった。
焦点があっていないような……呆けているのかな?
また、安井くんの体がビクッとなった。
ちょっと怖い。なんだろう?
「四ノ原か……」
「えっ?四ノ原くんがどうかしたの?」
四ノ原は祐二くんの名字だ。
あれ……?
祐二くんの話なんてしてないよね?
思わず、安井くんの方を見るとバツの悪そうな顔をしていた。
なんだろう?
「七瀬さん、ありがとう。少し読んでもいいかな? 」
「あ、どうぞ……」
また、沈黙が部屋を包む。安井くんが紙をめくる音だけが部屋に響いた。
はぁ……やっぱり男の子の気持ちはよく分からないや。
暫くするとインターフォンが聞こえた。今度こそ、りえちゃんだった。
「ごめん、ふたりとも。待たせちゃったかな」
首を横に振る。
「全然、そんなことないよ。ね、安井くん? 」
「ん、ああ、そうだな」
何かを察したのか、安井くんを見ながらりえちゃんがフォローする。
「私が来るまで外で待ってればよかったのに……お互いに気まずかったよね。ごめん」
顔の前で手を合わせる。
「じゃあ、時間も無いし傾向と対策をしちゃおうか」
りえちゃんがそう言うと何故か安井くんはあぐらから正座に姿勢を変えた。
チラッと安井くんがりえちゃんの方を見る。
「山下……これでチャラでいいんだよな? 」
「どうかな? まあ、考えておくよ 」
二人にしか分からない謎の会話に首をかしげる。その視線に気がついてりえちゃんが補足する。
「そうか、風花ちゃんに説明してなかったね。安井くんにも特殊な才能があってね」
「えっ!? そうなの?」
「あ〜、……何と言うか、占いが凄く得意なんだ」
思わず、安井くんの顔を見てしまった。だから、りえちゃんは私の話も受け入れてくれたのか。
「話を進めてもいいか?」
安井くんはりえちゃんと私の顔を交互に見比べる。なんだか、諦めたような顔をしていた。
ふと、りえちゃんと安井くんは友達……ではないのかな?と思った。
「七瀬さん、今回の"予告編"……でよかったよな?これに関連する資料とか用意はしてあるか?」
首を縦に降る。
「あるよ。二人が来るまでにノートにまとめておいた」
二人に該当するページを開いて渡す。りえちゃんが安井くんに向かって、小さく頷く。
安井くんは手に持っていた漫画をローテーブルに置いたと思ったら、ノートに手のひらを乗せた。
あっ、この表情。さっき見た。
中空をぼんやり焦点の合わない目で眺めているような変な感じ。
それもほんの数秒だったと思う。
「……七瀬さん、このノートに落書きをしてもいいか? 」
「え、あ、どうぞ。次のページから白紙だから好きに使って」
不思議だ。
ノートにまとめておいたメモには目も通さず、ノートに触れたと思ったら一心不乱に絵を描き始めた。
……もしかして、本物の占い師なのかな。私は占いには少しうるさい。
彼が本物の占い師なら私の不幸な未来を変えることができるかもしれない。
カリカリと鉛筆で描いた絵を見て、私はゾクゾクした。
「凄い……、予告編で私が見た風景と同じだ! 」
「風花ちゃん、色鉛筆あるかな? 」
立ち上がり、学習机の引き出しを開けて色鉛筆をりえちゃんに渡す。
色までつけてくれるの?
りえちゃんが手に持った色鉛筆を安井くんの前に差し出す。安井くんはゲンナリした顔をしていた。
「口頭で説明じゃダメなのか……? 」
「ダメ」
りえちゃんは笑顔でキッパリ言い切った。
なんだろう、りえちゃんってたまにこういう、怖い笑顔をすることがあるんだよな……。
「はぁ」と、ため息をつきながら安井くんは色を塗り始めた。
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