10.Vtuber最強決定戦

 『くろにくる』。


 現在のVtuber業界においてプリズムと双璧を成す企業である。

 女性をメインシーンに持ってくるプリズムとは違い、老若男女を受け入れる器を持つのがくろにくるだ。所属する配信者の数は他の企業を圧倒的に凌駕する。


 いつUtubeを開いても、くろにくるの誰かが配信をしている。そう言っても過言ではない。


 それだけの数がいるともちろん人気の有無は発生する。くろにくるの中で、という話でけして不人気というわけではないが、やはり比較はされてしまうものだ。

 配信歴やその人気の高さから比較対象として挙げられることの多い女性がいる。


 名前を『羽鳥ツバサ』。

 プリズム所属の遠久野ライカと同時期にデビューし、ライカと同様にくろにくる躍進の一助を担ったVtuberである。

 彼女もまた天才の一人であることに否定的な意見は見当たらない。


 天使のように白い羽毛をひらりひらりと纏う鳥がモチーフのツバサは、主にゲームの配信を行うVtuberだ。高い反射速度と精密な操作精度であらゆるジャンルのゲームでスーパープレイを演出する。一部、協力プレイが必要なゲームは苦手なようだが、それでもFPSや格ゲー、MOBAといった複数ジャンルのプロシーンに混じって遜色ない実力の持ち主という凄まじい能力がある。


 しかし、それは本来の性能による余録であった。


 羽鳥ツバサがもっともその性能を発揮するのは、ダンス等の身体機能を十全に扱う項目だった。

 発達した反射神経と高精度の身体操作能力について、それはもちろん天性のモノでもあったが、そこに十分な鍛錬を重ねて得られた性能に他ならない。


 元々高い身体能力を有していた羽鳥ツバサは子供の頃から様々な運動の理論を身に着けてきたという。

 幼稚園で行われていた体操運動の会に参加することから始まり、公園で祖父たちに混じって太極拳を習ってみたり。成長の方向性を危惧した母親にバレエを習わされたり。


 アウトドア派ではあったがインドアの気質をも備えていた羽鳥ツバサは、外が暗くなり、日が落ちてからは度々祖父の書斎で過ごしていたと語っている。時代小説に出てくるような実在したと言われる剣術に始まり、マンガやアニメなどの非実在技能の知識を仕入れると、独自に再現を試みたと言う。


 そういった体験、知識、技術が有機的に結びつき、唯一無二の才と評されるようになった。


 ワイヤーも使っていないのに、無重力空間を自由自在に舞うような踊り。深い理解から派生し、観る者を魅了する感情表現。

 限りなく本物に近い機械仕掛けの人間AIを創り出した研究者たる鷹詰貴朗をして「なるほど、これが魂の片鱗か」と呟く、生命の躍動。

 羽鳥ツバサは今を全力で生きる生物であった。燃え盛る太陽のようなエネルギーを放つ。


 遠久野ライカとは真逆の性質をしており、彼女ならば不可解な性質を打ち消せるのではないかと思った。







【プリズム&くろにくる公式合同企画 Vtuber最強決定戦! 最強のVtuberはどちらだ!?】



 プレミアム生放送のカウントダウンが終了する。


 そして始まった生配信は、明かりのない画面が映っている。しかし放送事故ではなさそうだ。暗闇の中をじっと待ち構える薄い陰が見えた。

 ダンッ! という効果音と共にスポットライトが灯り、中央に正装をした筋骨隆々の男性Vtuberが現れる。少しばかりお年を召しており、いぶし銀の表現が似合う。


「レディース・アンド・ジェントルメン! ようこそVtuber最強決定戦の会場へ。今宵、ついに『最強のVtuber』という禁断の果実の名を我々は知ることになるでしょう」


 渋く、それでいて遠くまで通るバリトンボイスが口火を切る。

 その左に新たなスポットライトが差し、バニースーツを纏ったうさぎの少女が照らされた。謳うようにして語りを継ぐ。


「――羽鳥ツバサ。チャンネル登録者数、七千万人。『くろにくる』所属。重力の轡から逃れた姿を天女に例えられる。この世の者ではないような魔性の魅力。定石の破壊者。殺戮人形マーダードール。数多の二つ名を戴き、そしてそのいずれもが最高評価ハイエンド。満を持して、今日、最強を決める場に立つ――」


 反対側、空いていた右側にライトが落ちる。燕尾服の青年が優雅に一礼し、さらに言葉を継ぐ。


「――遠久野ライカ。チャンネル登録者数、一億人。『プリズム』所属。その歌声は脳髄を奔る電気信号を狂わせる。耳元で愛を囁いたそのすぐ後に、遥か黒雲の向こうで苦しみを啼く。千変万化、七変化。神秘、そのもの。ミスティック・サンダー。あらゆる観測者を惑わす麗しの遠雷。私を捉えずして何が最強か――」


 そして中央の男性にカメラが戻ってくる。


「Vtuberにとって最強とは何を指すのか。チャンネル登録者数……いやいやいや。課金額……全く違う。動画の再生数……ノンノン、ナンセンス」


 チッチッ、と指を切った彼はニヤリと笑い、答えた。


「最強。それは文字通り、最も強いこと。当然――最も暴力の強いヤツが最強ってコトだ!!! 羽鳥ツバサVS遠久野ライカ、ガチンコのタイマンファイトバトルをこれより執り行います!!!」

「Wowwwwwwwwwwwwwwwww!!!!!」

「Fooooooooooooooooooo!!!!!」


 宣言と同時に両サイドから大興奮の歓声が上がった。約二名ほど。

 置いてきぼりのコメント欄は困惑の文字列が並ぶ。


『は?』

『え? なにそれは?』

『ていうか誰?』


 それを完全に無視した企画進行が行われる。

 各々の頭上にテロップが現れ、自己紹介タイムとなった。


「本日は司会進行兼審判役として携わります、昼行灯系ベテラン傭兵Vtuberのイルバンパーです。どうぞよろしく。私を知らない方がほとんどかと思いますので経緯を説明いたしますと、私は個人でVtuber活動を行っており、今回は海外の紛争に参戦した経験を買われてお声掛けいただいた次第です。緊張と不安がすごいのですが、お二人に重篤な後遺症が残らぬよう気張って参ります」


『そりゃ知らねえわ登録した』

『ガチの元傭兵? はえーすっごい……』


 いぶし銀の男性――ベテラン傭兵のイルバンパーが続いて左右の二人に話を振る。

 この二人については大体の視聴者が分かったので問題はない。


「実況役にプリズムより小景ラビさん。解説役としてくろにくるよりキズナさんにご足労いただいております。本日はどうぞよろしくお願い致します」

「こんこんらびぃ! プリズム4期生、プリズムズーのうさぎ担当小景ラビですよぅ! 格闘技を観戦するのが趣味、プリズムの首狩り兎キラーラビットとはラビのこと! みなさんにきちんと状況をお届けできるよう、実況の練習もしてきたので頑張りますね!」

「こキ。くろにくるのキズナっす。リアルの格闘技は全く触れたことがないんスけど、とりあえず知識役で呼ばれました。古今東西のマンガ・ラノベ、格ゲーはそこはかとなく触れているので、そこらへんの知識でどうにか解説していきたく。よろしくどーぞ」


『未だに理解できないんだが何やんの? 格ゲー?』

『残虐ファイトかもしれん……』

『人選がマジで謎』


 一部首を傾げるワイプのメンバー紹介を終えたところで、企画概要の説明が入った。


「まず最初に断っておきますが、こちらはプリズム所属の草凪アリアさんが掲出の勇者クエスト関連企画でございます。羽鳥ツバサさんに事前確認をした際『殴り合わなきゃそいつの本性なんて分からんやろ』と仰られており、遠久野ライカさんもそれを了承したため――史上初、Vtuber同士による格闘対戦企画を開催する運びとなりました!」


『確かにツバさんよく言ってるけどリアルで……ってコト!?』

『マジのバトルジャンキーで草』

『羽鳥はともかく、ライカは格闘技なんてできんの?』

『オッケー出してるなら心得が無いワケじゃあないんだろうけど……』


「みなさんの御懸念する事項、全く持ってその通り。ということで、そちらについても事前に確認させていただいております。実際に戦場を渡り歩いた、実戦経験者の私イルバンパーとそれぞれ立ち会ってもらいましたが――」


 イルバンパーは苦い顔をして、その結果を辛そうに話す。


「普通にお二人とも私より強いです。どのくらい強いかと言うと、戦場だとおよそ銃器とナイフ等を携帯することが多いのですが、例え戦場で出会ったとして十全に装備を使用しても素手のお二人に勝てないと思うレベルです」

「格闘技観戦歴十年のラビからもお伝えしますよぅ。その動画を拝見しましたが、羽鳥さんもライカ先輩もちょっと人間じゃない可能性がありますよぅ」


『ちょっと人間じゃないwwwww』

『傭兵にここまで言われるのはヤバすぎんか』


「解説歴ゼロ年のキズナからも伝えるけど、オレたちが観たのは3D衣装の……要はバーチャル空間でのバトル映像だったんスよ。イルバンパーさん、アレってマーカー装備の後付映像でいいんスよね?」

「そうですね。お互いにマーカーを壊さないように気を付けながら動きました。その動画にバーチャルボディを同期させる形だと聞いています」

「ああ……じゃあ、やっぱヤバすぎッスね……。視聴者のみんなにも分かりやすく言うと、ツバさんもライカさんも瞬間移動するんスよ」


『全然分かりやすくないんだが?????』

『人間やめてて草』


「たぶんなんスけど、二人の動きが凄すぎてカメラとマーカーがついていけてないの。映像だと結構な頻度でツバさんかライカさんがボッ立ちしてて、それなのにイルバンパーさんの苦悶の声とか聞こえてきて身体がくの字に折れたりするんスよ」

「おそらくそれは羽鳥ツバサさんの膝蹴りだと思います。二日ほど水しか飲めない身体になりました」


『人間やめてる……』

『鳥だから(震え声)』


 ここでようやく、というべきかテロップボードが出現し、三人が画面隅に集合する。

 イルバンパーの説明と一緒にテロップが降ってくる。


「つまりはバーチャル映像だと何をやっているのか全く不明な、恐ろしくつまらない絵面になることが予想されたこと。さらに言うなら羽鳥ツバサさんがマーカーの使用を拒否したため、実写映像でのお届けとなります!」


『この企画ヤバすぎん?』

『ライカはともかく、ツバさんは顔出し平気なんか?』


「1ラウンド制60分。セコンドはいませんがTKO有り。お二人の使う技術の関係上、ダウンはノーカウント、反則も規定したところで無意味なので裁定しません! 故意の殺害、眼球等重要器官の部位破壊は禁止となっているので、やらないことを祈るのみ」


『どういうルールだよ!? 古流の仕合かって!!!!!』

『この企画ヤバすぎるだろ!?』


「いやー、映像に残していいのか不明な試合になりそうで怖いですね。よくプリズムもくろにくるも許可を出したなって」

「許可は出してないッスよ。つーか、ダメって言ったら、映像見て興奮したツバさんが殴り込みに行きかけたらしくて。無法な殺し合いをされるよりはまだマシっつー感じッスね」

「ライカ先輩もその件で連絡を受けた時、容赦なく返り討ちにする、とか言ってたみたいですよぅ」

「この日本で文化的な生活をしていて、どうしてそんなメンタルになるのかおじさん分かんないよ」


『バーチャルの皮を着た人間の皮を被ったばけものが二人……』


 視聴者たちの理解が進み、「おや、意味が分からなかったがこれはもしかして言葉以上におっかない企画では?」と気付き始めている。

 アイドルとか華やかな動画を期待して見に来たら、二人の修羅が闘う場面を目撃する事態になっている。

 視聴者の数は減るどころか増えていくばかりなので見たくないワケじゃなさそうだが。


「さてさて、では私は試合会場に参ります。生死に関わる前に止められることを祈っておいてください」

「頑張ってくださいよぅ。邪魔するなー! って殴られないように気をつけてくださいなぁ」

「それは審判が死ぬッスね」


 洒落にならんと背筋を震わせて、イルバンパーが実況解説席から消える。

 彼が試合会場に到着するまで話は先に進まなさそうだ。実況の小景ラビと解説のキズナが間を埋める。


「ええと、事前の調査で使用する技術についてコメントをもらってるッス。ツバさんは『強いて言うなら、ん~……、羽鳥流格闘術かねえ』、ライカさんは『紅源活断流』とのこと。ラビさん、知ってるッスか」

「全くご存知ないですぅ。羽鳥さんの場合、それは開祖という認識で合ってます?」


『新たな武術を考案しているってコト!?』

『このご時世に新規開発なんかあり得るんか』


「御本人曰く、オリジナルというよりはコンパチ格闘術と言ってたッス。色々なジャンルの技術を収めている人ッスから、それぞれの良い動きを取り入れて、ツバさんに最適化した格闘術なんじゃないかとオレは推測してるッス。パクりの集合体だからコンパチとか言ってるのかもしれないッスけど、それを統合しちゃったなら開祖を名乗ってもいいのではなかろうか」


『どの程度の完成度かにも依るよな』

『傭兵をコテンパンにしてるなら完成度高いのでは』


 羽鳥ツバサが使うオリジナル流派に盛り上がるコメント欄。

 ライカの流派に話題が集まらないのは、視聴者のほとんどがそれを何なのか知らないからであった。

 そこに小景ラビが言及する。


「続いて、ライカ先輩の『高原滑走流』でしたかぁ? こちらは寡聞にして知らないのですが、どういった武術流派なのでしょう?」

「ラビさん、紅の源を活き断ずると書いて『紅源活断こうげんかつだん流』ッス。調査をしたところ、こちらは古流の流れを汲む体術流派のようです。ライカさんの師匠だという方からお話を聞けたんスけど、戦国の世から連綿と続く流派だそうで、ライカさんに後継ぎとなってほしいとのこと」

「千年不敗、一子相伝の古流武術を継ぐんですぅ!?」


『分かった。ライカは何かの主人公なんだワ』

『特殊能力持ちすぎなんよな』


「それは眉唾なマンガの設定ッスね。とはいえ、ライカさんは後継ぎに請われるほどの実力者であり、奥義とか秘伝を知るレベルで一個の武術体系に習熟していると見るべき」

「広く浅くの権化と狭く深く極めた人の戦いということですねぇ。どちらが強いのか……、というより、あのバーチャルバトル動画だといまいち強さがよく分からなかったので、すでに今からワクワクドキドキで楽しみですよぅ!」

「どうしてインドア系の代名詞たるVtuberがこんなバイオレンス企画を開いちゃうのか分からないッスけど、『最強』って言葉はオトコノコならみんな好きッスからね。頂が決まる瞬間を迎える場にいられる光栄は感謝しましょっか」


 小景ラビが耳元に手を添えて、それから姿勢を正す。

 同時に画面がブラックアウトし――ラビのアナウンスだけが響く。


「お待たせしましたぁ。準備が整ったようですぅ。――果たして、最強の言葉はどちらに相応しいのか。今宵、雌雄を決する二名……入場ッッッ!!!」

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