第31話 モフモフ

 翌日。俺とルナはレイゲルの営む奴隷商へと足を運んでいた。店に入るところを周囲の人間に見られていたのだが、やはり噂が広まっているせいか、嫌な視線は感じない。寧ろまた何かするのではという、期待が混じった視線で俺の事を見つめていた。


 店の中に入り、レイゲルの案内で奥の部屋に通される。部屋の中には既に八人の魔族が立って待っていた。


「急な依頼ですまなかったな、レイゲル。どうしても彼等を購入したかったものでな」

「とんでもございません!このレイゲル、殿下の御依頼であればいつ何時でも一番に優先させて頂く所存でございます!」

「そう言って貰えると俺としても助かるよ。今度、礼にワインでも送らせて貰おう」

「宜しいのですか?では、喜んで頂戴させて頂きます!」


 レイゲルが手揉みをしながら嬉しそうにほほ笑む。挨拶はこのくらいにして、俺は奴の後ろに立っている魔族の奴隷達に目を向けた。


「彼等で全員なのか?」

「はい!私の店で取り扱っているのはここに居る八名の魔族で全てになります!」

「なるほどな。全員『犯罪奴隷』という事で間違いないな?」

「っつ……はい……」


 俺の問いかけに対し、レイゲルは歯切れの悪い返事をする。以前レイゲルは、ゾルマの指示で魔族を犯罪奴隷にして安価で手に入れたと言っていた。その残りが彼等なのだろう。


 レイゲルは自分の行いに悔いつつも、彼等を解放することが出来ずにいた。


一度犯罪奴隷に落ちてしまえば、余程のことが無い限り解放することは出来ない。彼等の罪がゾルマによる冤罪だったとしても、国が冤罪を認めるような真似はしないからだ。


「別にお前を責めるつもりは無い。ゾルマの指示に従っただけなのだからな。ただもう二度と、こんな真似はするな。分かったな?」

「はい!有難うございます、殿下!」


 レイゲルはそう言って涙を流す。罪悪感に押しつぶされそうだったのだろうか。それとも、演技なのかは分からないが、この禿狸が改心してくれることを願うばかりだ。


「では早速彼等を購入させて貰いたいんだが、その前に少し話がさせて貰っても良いか?」

「勿論でございます!どうぞご自由にお話しください!お前達もアルス殿下に聞かれたことは全て話すようにしなさい!」


 レイゲルは奴隷達に命令すると、「私は契約の準備をしてまいりますので」と言って、部屋から出ていった。多分俺に気を使ったのだろう。こういう気配りが出来る所は、流石商人と言える。


 気兼ねなく話せるようになった俺は、奴隷達の前へと進み、一人一人に目を合わせていく。


 ここに居る八人の魔族の奴隷は、二つの種族に分かれていた。一方は羊のような角に、もこもこした体毛。もう一方は蛇のような鱗の肌に、トカゲのような尻尾を生やしている。


「初めまして。今日から貴方達の主人になる予定のアルス・ドステニアだ。このドステニア王国の王子であり、エドハス領の領主代理を務めている。宜しくな」

「よ、よろしくお願いします!!」


 両種族の代表者と思しき男性が、俺の挨拶に返事をする。どちらも緊張しているのか、何度も瞬きをしていた。


 俺は羊種族の代表者と目を合わせながら、会話を進めていく。


「見たところ君達は二つの家族だと思うんだが、間違いないかな?」

「は、はい!私と左の三人で一家族、右の四人で一家族になります!」

「なるほど。じゃあ一家族ずつ話を聞かせて貰おうかな。えっと……名前を教えてくれるか?」

「はい!私はフィリップと申します!妻の名前はジェリー、娘がメリーで息子がモップです!全員シープ族と呼ばれる種族になります!」


 フィリップがそう言いながら子供達の背中をポンと叩く。子供達は慌てて俺に向かって頭を下げた。その姿はまるで人形の様で、なんだかとても癒される。


 だがルナの方を見ると、彼女の眉間にはシワが寄っていた。以前もそうだったが、ルナは魔族に対してあまり良い感情を持っていないように見える。今度それとなく理由を聞いてみるとしよう。


 とりあえず今は彼等の話を聞いて今後の計画を練るのが先だ。


「それじゃあフィリップとジェリーに質問だ。二人はどんな事が出来るんだ?得意な事でも良いし、以前働いていた仕事の内容でも良い。とりあえずフィリップから、聞かせてくれ」

「はい!私は以前事務関係の仕事をしておりました!そういった仕事であれば、直ぐに覚えられると思います!得意なことは……この体ですので、毛を刈るのが得意です!」


 そう言って自分のお腹を見せるフィリップ。彼のお腹は純白の毛に包まれていた。羊の毛と言えば、ゴミが絡まりやすく、服に使うためには洗浄する必要があるのだが、彼の毛は寧ろそのままの方が価値のありそうな毛をしている。


 触りたくなる気持ちをグッと堪え、俺はフィリップに問いかけた。


「そうか……因みに、刈った毛はどうするんだ?そのまま捨てるのか?」

「いえ!毛布にしたり、毛糸にして家族用のセーターにしたりしています!」

「ほぉ―それは良いな!秋になったら俺の分も作ってくれよ! 」

「か、畏まりました!ご主人様の為に、毛のコンディションを整えておきます!」

「助かるよ!毎年冬になると寒くて困ってたんだ!いやぁこれで年越しが楽になるなー!」


 まさかの返答に思わずテンションが上がってしまう。フィリップも俺が喜んでいるのを見て、少し照れ笑いを浮かべてみせる。少し緊張がほぐれて、良い雰囲気がつくれたかと思いきや、和やかな雰囲気だったのは俺とフィリップだけだったらしく、他の奴隷達は黙ったまま俺達の様子を見守っていた。


「オホン……えっと、それじゃあ次はジェリー。君の話を聞かせてくれるかな?」

「畏まりました。私はこの国に移住してくる前まで、合唱団に所属しておりました。ですので、仕事の内容は歌う事、得意な事も歌うことでございます」


 ジェリーは自分の喉に手を当てながらそう語った。合唱団に所属する程の実力の持ち主であれば、ドステニアでもその仕事につけたはずだろう。だが残念ながら、ハルスの街にはそんな職は無かった。


「歌か……残念だが、この街にはその特技を活かせるような仕事は無いな」


 俺が申し訳なさそうに告げると、何故かジェリーは頭を下げて謝り始めた。


「お役に立てず申し訳ございません!私の事は気にせず、どうか夫と子供達をお願いいたします!」


 地面に頭を擦り付けながら必死に懇願するジェリー。子供達は何が起きているのかもわからず、母の背中に縋りつきながら涙を流し始めた。俺は慌てて彼女の傍へとしゃがみこむ。


 『君達を購入する』と言ってはいたが、それで伝わっていると思っていたのがまずかった。何が出来るか?なんて質問すれば、役に立たない自分達は買って貰えないと思うのが自然だろう。


「すまない、ちゃんと説明しておけばよかったな。俺は君達全員を買うつもりでいるから安心してくれ」

「ほ、本当ですか!?家族全員、一緒に買って下さるのですか!?」

「当然だ。ただそのかわり、少し特別な仕事をして貰うことになる。勿論、全員の身の安全は保障するし、絶対に傷つけないと約束しよう。それでも良ければの話だが……どうかな?」


 俺はそう問いかけながらジェリーの前に手を差し出す。彼女は両目から涙を流しながら、何度も頷き、そっと俺の手を掴んでくれた


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