第15話 違和感

 俺は心の中で村人達に頭を下げながら、ウェンに話しかけた。


「たしか、この村は魔獣の被害にあっているそうだな。最近もまだ被害は出ているのか?」

「え、ええ。一ヵ月ほど前に農作物がやられました。幸い村人には怪我はなかったのですが、このまま行けば今年も税を納められそうにありません……」


 申し訳なさそうに頭を下げるウェン。そんな彼に対し、俺は昨日オレットに頼んでいた件をウェンに伝えてやる。


「それなら安心しろ。すでに冒険者協会で、トト村周辺の魔獣・魔物討伐依頼が出ていたはずだ。数日もすれば冒険者が来てくれるだろう」

「本当ですか!?ありがとうございます!ありがとうございます!」


 ウェンは涙を流しながら感謝の言葉を述べた。ここまで俺の計画通りに進んでいるとも知らずに。俺は綿密に練り上げた計画を頭の中に思い浮かべ、この先の段取りを再確認する。一言一句間違えぬよう、ゆっくりと言葉を口にする。


「しかし食料がやられたとなれば、この先村人全員が満足できる食料を確保するのは難しくなるだろうな。村の復興も、随分と先になる事だろう」

「はい……」


 ウェンは悲しそうな表情を浮かべ、村人達の方へ顔を向ける。ここで悪徳領主の第一歩を踏み出すために、俺はウェンに対し鬼畜の提案を投げかけた。


「ではこういうのはどうだ?この村の子供達を俺が奴隷として購入し、その代価で家畜や食料を買うといい!そうすれば村の復興にはそう時間もかからんだろうし、子供達も直ぐに買い戻せるだろう!名案だと思わないか、レイゲルよ!」

「全くその通りでございます!」


 俺の問いかけに対し自信満々に答えるレイゲル。一方のウェンはと言うと、信じられないと言った様子で固まっている。それからようやく、頭が追い付いてきたのか、ウェンは俺と村人達を交互に見つめた後、小さな声で呟いた。


「子供達を奴隷にですか……」


 ウェンは少し困ったような顔をして視線を逸らす。俺がこんな提案してくると考えていなかったのだろう。だが後ろで食料を手にして喜んでいる村人達の姿を見て、ウェンは悩み始めた。


 俺が今日持ってきた食料は、村人達がギリギリ生活できる分しか持ってきていない。俺に奴隷として購入して貰った方が、子供達は腹いっぱいにご飯を食べられる。そう思ってもらうためにわざわざ量を調整してきたのだ。


 ウェンもそれを感じたのか、自分に言い聞かせるように頷いたあと、俺に向かって頭を下げた。


「殿下!村の者達と相談させて頂けますでしょうか!」

「勿論だ。子供達の親とよく話すがいい。レイゲル、お前もついていって事情を説明してやれ」

「承知いたしました!さぁ村長殿、参りましょうか!」


 レイゲルはそう言って村長の背中を押し、村人達の方へと歩いていった。受け取った食料を口にし、幸せそうに微笑む親子。そんな彼等の幸せを、俺は自分の手で奪おうとしてる。


「はぁ……将来のためとはいえ、子供達を親元から引き離すのはやっぱり心が痛むな」

「アルス様はお優しいですね。アルス様ならきっと、素晴らしき王になられる事でしょう」


 ルナが隣でそんな事を口にした。なぜ彼女が俺を優しいと言ったのかは理解できないが、その後の言葉はきっぱりと否定しておきたい。この際だからルナには真実を打ち明けることにしよう。


「王になんてなってたまるか、面倒くさい。ずっと黙ってたけどな、俺は自由気ままに生きていたいんだよ。その為に領主代理の仕事引き受けて、こんな馬鹿な真似やってんだ」

「馬鹿な真似?そうですか……アルス様は素直じゃないですねぇ」


 俺の話を信じていないのか、なぜかクスリと笑うルナ。いずれきちんと話して伝えておかないと、変に誤解されてしまいそうな気がしてならない。


 また面倒なことになりそうな予感がする中、レイゲルが村長と親子を連れて戻ってきた。


「殿下!子供達と両親を連れてまいりました!」


 そういうレイゲルの後ろに、十人の両親と六人の子供が不安そうな目をして立っていた。俺はその中で一番前に立っていた男性の前に立ち、話し始める。


「よく来てくれた。ウェンやレイゲルから話は聞いているか?」

「は、はい。アルス殿下が子供達を奴隷として購入してくださると……」


 そう口にしながら子供達の肩に手を置く男性。不安そうに唇を噛み締めながら、子供達は静かにしていた。一番小さな女の子は、まだ小学校低学年くらいだというのに、なんて立派なんだろう。


 俺は子供達の姿に感動しつつも、男性との会話を続けていく。


「そうだ。家畜を失った今、村の復興には多額の資金が必要となるだろう。何とかしてやりたいところではあるが、只で資金を渡すためにはいかんからな。そこで、子供を奴隷として購入する形を取り、その金を復興の資金に充てて貰おうと考えたのだ」


 村人達に話した内容は、子供達を奴隷にするための建前でしかない。親に憎まれることで、俺自身の評価を下げていく。その話を近隣の村に広めて貰えればなおいい。一年後には両親達の元へ戻すが、その間存分に悪評を広めてくれ。


 俺の話を聞き、大人達は互いの顔を見合わせると、小声で何かを話し始めた。その下で子供達が心配そうに親の顔を見つめている。そして話がまとまったのか、大人達は頷くと少し悲しそうな顔をして話し始めた。


「出来た子供達ではありませんが……アルス殿下の元になら安心して送り出せます!お前達、殿下に失礼のない様にするんだぞ!」

「うん!」


 不安そうにしていた親子達が、抱き合しめあい涙を流し始める。


 俺が想像していた構図とは多少離れてはいるものの、概ね計画通りに進んでいた。そのはずなのに、なぜか妙な感じがする。何か重要なものを見逃している。その不安が、拭えずにいた。

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