第13話 悪だくみ

 視察を終えた翌日。俺は巨大な机の上に並べた資料を眺めながら、一人頭を抱えていた。


「このタイミングで、協会の連中を煽って……いや、ここじゃ早すぎるか。もう少し後に……うーん。案外上手くいかないもんだな」


 机の上に並べているのは、俺が領主代理を務める一年間の計画表だ。その一年の間で、細かいプランを制作しているのだが、どうにも上手くいかない。


 俺の最終目標は領民達から『役立たずの第六王子』と陰で罵倒され、その空気を察して逃げるように王城へと帰ること。そのためには、馬鹿を演じて領民達の不満を煽るような政策を取る必要がある。


「まずはルイスに調べて貰った、この資料を使って高所得者の税金を上げよう。上位六割くらいで良いか。残りは今まで通りの税金にしてと……」


 こうすることで領民の約六割が不満を覚えるはず。中には大した額じゃないと、何も感じない奴等も居るだろうが、チリも詰まれば山となる。こういった事からコツコツと不満を溜めさせるのが重要なのだ。


「更に、その金を使って屋敷の近くに別邸を建築させる!表向きは愛人のために作ったと言っておけば、更に不満度は上がるだろう!」


 実際にはレイゲルに指示した、買い手がつかないような奴隷の治療小屋みたいな形で使う予定だ。奴隷達にはそこで治療して貰い、最終的にエドバス領内で暮らしていけるような支援を行う。


 勿論帳簿上は、レイゲルに対する不正な援助金だと思われるよう細工を施す。その帳簿を次期領主経由で父上に報告が行くよう仕向ければ、俺の評価はダダ下がり確定だ。


「あとは領地内にある村も視察しておかないとな。ゾルマの悪政のせいで、影響が出ている可能性もあるし。死人が出る前に助けてやらないと」


 俺は三割ほど進められた計画表を一旦閉じて、机の上を片付けていく。それが終わると、今度はエドバス領の地図を机の上に広げ、近くに置いてあったベルを三度鳴らした。


 直ぐに部屋の扉がノックされ、ルイスがやって来た。


「アルス様、お呼びでしょうか」

「ルイスか、丁度良かった。少し聞きたいことがあってな。領内にある村の中で、昨年の収穫量が規定に満たなかった村は有るか?」


 地図をトントンと指さしながら、ルイスに問いかける。ルイスは地図上の村を確認しながら、二つの村を指さした。


「トト村とフーガ村でございます。フーガ村は川の氾濫により、作物がダメになったそうです。トト村は魔物による被害で、作物と家畜を奪われてしまったと報告されております」

「そうか。では先にトト村へ視察に向かうぞ。馬車と最低限の食料を用意しておけ。明朝にはここを出れるように頼むぞ」

「承知いたしました」


 俺の指示を聞いたルイスは、少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべたあと、部屋を去って行った。ルイスは俺が領主代理として、本格的に仕事を頑張っていると思ったのだろう。


 少し照れ臭い気もするが、俺の悪政で死人を出すわけにもいかないからな。最低限の対策は取らなくちゃいけない。


「問題は魔物と魔獣の対策か。オルトに頼んで、被害実績の資料を持ってこさせるか……いや面倒だ。奴の方が冒険者の適性も理解しているだろうし、この件はオルトに任せるか」


 俺は引き出しから一枚の便箋を取り出し、そこに依頼内容を書き出していく。その紙を封筒の中へ入れ、封蝋を押す。


 それが終わると再度ベルを鳴らし、誰か来るのを持った。少しして、扉が力強くノックされる。俺が返事をする間もなく扉が開かれ、頬にそばかすのある可愛らしいオレンジ髪の少女が部屋の中へと入ってきた。


「アルス様!お呼びでしょうか!?」

「オレット……俺が返事をする前に、部屋の中に入ってきちゃダメだろ?」

「えへへへ!すいません!」


 舌を出しながら軽い感じで謝るオレット。悪気が全く感じられないのだが、彼女には何を言っても無駄だと分かっているから、説教する気も起きない。


 どうして俺の使用人達はこうも個性的な奴らが多いのだろう。まともなのはルイスくらいだ。


「はぁ……まぁいい。冒険者協会の支部長に、トト村の魔獣被害の対策を取るよう依頼を出してくれ。俺の使いだと冒険者連中にバレないよう、服は着替えていくように」

「畏まりました!では、行ってまいります!」


 オレットは俺から手紙を受け取ると、さっさと部屋の外へ出て行ってしまった。外から鼻歌混じりの歌声が聞こえてくる。多分仕事が終わったら街で買い物でもしてくるつもりなのだろう。


「オレットについては後でメイド長に報告するとして……この後どうするかだな」


 トト村への対応は今のところ問題はない様に思える。一般的な領主であれば、この程度の対策直ぐに思いつくはずだ。しかしそれではダメなのだ。平凡な政策を取っているだけでは、俺が目指す『ちょい悪徳領主』にはなれない。


「これだけだと普通の領主なんだよな。村人達が俺を憎むような、なんか悪い事出来ないかねぇ……」


 地図上に書かれたトト村の文字をなでながら、思考を巡らせる。


 魔物・魔獣により食料と家畜が奪われた。食料は支給するとして、家畜まで補填するか?それでは逆に感謝されてしまう。だが家畜を購入させようにも金が無いのでは話にならない。


 その時、俺の頭に一つの名案が思い浮かんだ。俺は急いでベルを鳴らし、使用人を呼ぶ。直ぐに扉がノックされ、無表情のルナがやってきた。


「お呼びでしょうか」

「ルナ!ルイスの所へ行って荷馬車を手配するように伝えてくれ!それとレイゲルに文を送る用意を頼む!」


 俺の指示を聞いたルナは、少しだけ不服そうにしながらも頭を下げて一言だけ発した。


「畏まりました」


 いよいよ俺の悪政が始まりを迎えたのだった。

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