第9話 初めての悪事
エドバス領にやってきて四日目。前領主が残した資料や、父上から拝借した資料の確認もようやく終わり、今日は挨拶回りのために街へ訪れている。
王家の紋が描かれた馬車に乗っているせいか、街中の視線が集中している中、目的地へと向かっていく。そのまま馬車に揺られること数分。大きな建物の前で馬車が止まった。
「アルス様、到着いたしました。あちらが冒険者協会のハルス支部になります」
「分かった。ではいくぞ、ルナ」
馬車の扉を開き、御者を務めていた執事からそう告げられ、ルナを先頭に外へと降りていく。群衆から向けられた好奇の視線にさらされながらも、毅然とした態度で歩き始めた。
ここは前領主のゾルマが、二番目に資金援助を行っていた冒険者協会。だが、その外観を見て俺は違和感を覚えた。有り余るほどの資金を援助していたはずなのに、所々壁が破損している。援助内容は、『老朽化した施設の修繕』だったはずだ。
「ルナ。冒険者協会の支部長は、ゾルマの時から変わってなかったよな?」
「はい。確か名前は、オルト・ドーデマン。十年ほど前から、ずっとハルス支部長ですね」
手に持った資料を確認しながら、ルナが答える。つまり、オルトは金を貰いながらも、名目通りに資金を使わなかった張本人という事になる。これは悪事の匂いがプンプンするぜ。
そんな馬鹿な事を考えていると、協会支部の前に立っていたツルハゲ親父が俺達の元へ走ってきた。その男は額に大量の汗をにじませながら、俺の前で頭を深々と下げて見せる。
「アルス殿下!お待ちしておりました!私が冒険者協会、ハルス支部の支部長を務めております、オルト・ドーデマンと申します!本来であれば私がアルス様に挨拶を行くべきですのに、このような機会を与えてくださり、ありがとうございます!」
口早にそう告げると、男は何度も頭を下げて謝罪し続けた。その行為のせいで、周囲に飛び散る男の脂汗。それがもの凄く臭い。それを避ける様に俺の背後へと回りこむルナ。
俺も距離を取りたいのを必死に我慢し、男へ声をかける。
「気にするな。なるべく早く視察を行いたかっただけだからな。早速だが、案内してくれ」
「か、かしこまりました!」
オルトはそう返事をすると、俺達の前を歩いて協会の中へと入っていった。そのあとに続いて建物の中へと入っていく。
中へと足を踏み入れた直後、部屋の中に充満した匂いに充てられて、俺とルナは思わず鼻に手を当てた。
「……やけに酒臭いな。冒険者は昼間から酒を飲む連中なのか?」
俺の馬鹿にした態度が気に食わなかったのか、周囲で酒を飲んでいた冒険者達が俺を睨みつけて来た。その瞬間ルナが俺を隠すように前に立ち、冒険者達を睨み返す。
一触即発の空気が流れ始める中、オルトが慌てて言い訳をする。
「い、いや、そのですね!夜に仕事を終えて帰ってくる者も居りますので!あはは……」
「まぁいい。詳しい話は見学が終わってからだ」
正直、もう少し冒険者達を挑発しておきたかったのだが仕方ない。今日はそれよりも重要な仕事が残っているからな。ちょい悪徳領主として、評価を下げるのはまた今度の機会にしておこう。
それから俺とルナは、オルトの案内のもと協会の中を見て回った。案の定、建物の中も外と同様に老朽化が進んでいる。どう見ても、ここ数年の間資金援助をされていた場所だとは到底思えなかった。
そんな協会の状態を俺に見せているというのに、オルトは全く動揺した様子を見せない。自分の悪事がバレていないと思っているのだろうか?いや、ゾルマが捕まっている以上、それは無いだろう。
どのみち、この後本人に聞いてみれば分かる事だ。
◇
視察が終わったあと、オルトは俺達を支部長室へと案内した。そこには俺達用に高級茶葉と高級菓子が用意されていた。
俺の代わりにルナが茶菓子を二人分食べ尽くし、満足そうに口を拭ってみせる。俺は紅茶を一口だけ口に入れ、無言でカップを置いた。
「い、いかがでしたでしょうか!我々一同、アルス様のお力になれますよう、精一杯努力していく所存でございます!」
悪臭を漂わせながら、これでもかという勢いで手揉みするオルト。隠し事など何もないという顔に少しイラつきながらも、俺は今日の目的を果たすために口を開いた。
「そうだな……いくつか聞きたいことはあるが、単刀直入にきこう。ゾルマが協会当てに送った、施設の修繕費。一体何に使った?」
「え?は、ははは!いやですな、アルス様!もちろん施設の修繕費として使わせて頂きましたよ!」
「ほぉ……外壁も崩れかけ、受付のカウンターは破損。稽古場の防御壁も直ってないように見えたんだが?一体どこを修繕したっていうんだ?」
俺の言葉に一瞬目を細めるオルト。だが直ぐに申し訳なさそうな顔をして見せる。
「私共も何度か直してはいるのです!その度に、冒険者同士の喧嘩が起きたりなどして、直したところから壊れていくのですよ!まったく、困ったものです」
そう来たか。恐らく、冒険者達に確認したところで、似たような答えが出てくることだろう。一部の冒険者とグルになっていれば、調査から逃れるのなんて簡単だしな。
オルトの平然とした態度に俺は確信した。こいつは絶対に何かを隠している。
「オルト。俺はお前を捕まえに来たわけじゃないんだ。この俺が、わざわざお前に合いに来てやってるんだぞ?仲良くしようじゃないか」
「それは、勿論でございます!我々がこうして生活できるのも、王家の方々のお陰でございますから!」
意味深な言葉でオルトの味方だと思わせようとしたものの、中々ガードが堅いのかオルトは口を割る様子が無い。もっと強引にいくしかないか。
俺は顎に手を当て、オルトを睨みつけた。
「はぁ……よく聞け、オルト。ゾルマとの間で起きたことは全て不問にしてやる。だから何をしていたか全て吐け!」
「ッ……一体何をおっしゃっておりますやら!あははは!」
「父上がこのままお前達を見過ごすと思ってるのか?このまま行けば、お前もいずれゾルマみたいに、土を舐めることになるぞ?」
「……」
流石に自分も処刑されるのではないかと動揺し始めるオルト。しかしそれでもなお、口を割らない。見かけによらず忠誠心があるのか、それとも単に強情な奴なのか。まぁあと一押しでコイツも落ちるだろう。
「そうか、そうか!そんなに土が好きなら、俺の方から父上に伝えてやろう!数日後には、お前もゾルマと同じく、美味しい土を食べられるようにな!行くぞ、ルナ!」
「はい、アルス様」
満面の笑みでオルトに告げると、ルナと共に部屋を後にしようと立ち上がる。その瞬間オルトが焦りで顔を歪ませながら声を上げた。
「お、お待ちください!すべて……不問にして頂けるのですね?」
「当然だ。王子である俺に二言はない」
俺が再度通告するも、オルトは目を左右に動かして額に汗をにじませたまま暫く口を閉じていた。俺を信じて話すべきか迷っているのだろう。だがオルトも覚悟を決めたのか、大きく息を吐いた後、静かに話し始めた。
「ゾルマ様から頂いた金は……私と一部の冒険者に分配いたしました」
「なるほどな。随分と懐があったまっただろう。それで、ゾルマからは何を依頼されていたんだ?」
俺の問いかけにオルトは少し言葉を詰まらせる。そして何度も目を左右に動かし、爪を噛んで身体を振るわせ始めた。
横領については口を割ったものの、ゾルマからの依頼内容は話したくないらしい。だがこれを聞かなければ意味はない。オルトがとんでもない悪事に手を染めていた場合、俺が責められる可能性もあるからな。
それからオルトの顔をジッと見続け、奴が口を割るまで待ち続けた。
残っていた紅茶が空になった時、ようやくオルトが諦めたのか堰を切る用に話し始めた。
「禁制の精力剤……その素材の採取でございます。それと、女性用媚薬の横流しです」
「禁制っていうと、ハナモレアの蜜か……バレたら極刑ものだな」
「そ、その、金に目が眩んでしまいまして」
俺が『極刑』だという事実を告げたのに、オルトの表情は少し晴れやかなものになっていた。内に秘めていたものを吐き出せた安堵からだろうか。少なくとも、自分の行いに後悔しているのは確かだろう。
しかし、禁制の精力剤とはいえ、オルトはその素材を採取したのみ。製造はおろか恐らく製造方法も知らないだろう。となると罪に問えたとしても、『極刑』までにはならないはず。
まぁ本人には『極刑』になるであろう罪を不問にしてやった恩人と思わせておくとしよう。そして忠誠心を仰いだ方が今後のためになる。
「今回は目を瞑ってやる。そのかわり、今後は俺に忠誠を誓え!何か情報が入ればすぐに俺に報告しろ!」
「はい!!」
「その報酬として『修繕費』名目で金は入れてやるから、いくらか懐に入れても構わん。ただし、施設の修繕は必ずしろ!分かったな!」
「は、はい!!このオルト、アルス王子に命を捧げさせていただきます!!」
そう言って涙を流し手を組むオルト。当初の予定とは大幅にずれてしまったが、これで手駒が一つ増えた。俺の『ちょい悪徳領主』生活も一歩前進だな。
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