第20話 会食会(2)
「ニグム、他国の姫といっても女をつけ上がらせればこの国ではやっていけないだろう? 婚約するのなら今からこの国の文化に慣れた方がいいのではないか?」
「はあ……」
ニグム様の深々とした溜息。
頭まで抱えている。
そのニグム様の様子をつい、心配して見上げてしまう。
私の視線に気づいたニグム様が片目だけで私を見下ろす。
これは――合図だ。
こくりと頷くとニグム様が私にだけ見える笑みを浮かべる。
うーん、悪い顔してる。
「そういえば父上たちは守護獣フラーシュが見えないんでしたね」
「なに?」
笑顔で国王陛下やその親族を見渡す。
ものすごく煽るような言い方。
まあ、わざとなのだけれど。
その煽りに見事乗ってしまう国王陛下。
「フィエラシーラ姫はフラーシュが見えるし、言葉を交わすこともできる。触れることもできましたよ」
「「「「!?」」」」
場の空気が変わった。
今日ここで、私がフラーシュ様を見ることができる、話すことも触れることもできるということを話すのは、婚約を確実なものとするため。
そしてニグム様の王太子の座を不動のものにする。
フラーシュ様を見ることができる私がこの国に嫁いでくることは、国の”伝統”や”文化”として当然のことであり、フラーシュ様を見ることができる者は重用しなければならない。
それはこの国に限らず、世界の当たり前。
女性を見下す彼らには、ニグム様はともかく女の私を自分たちより上と敬うことはあまりにも認めがたいことだろうけれど。
「そ――!」
「今までは俺がフラーシュと対話できることを信じないものがほとんどでしたが、彼女がいれば証明できる。そして万が一フィエラシーラ姫に危害が加えられれば、この国の底が見える」
ああ……ご親戚一同が取り繕う余裕もなくして私たちを睨みつけておられる。
でも、これは私の身を守るためでもあるという。
この国の中にいる間、癇癪を起して私に危害を加える者がいればフラーシュ様の加護で犯人には顔面に罰痕が浮かび上がる。
人を使っても、指示した者にも浮かび上がるので逃れるすべはない。
ただ、国内に限定される。
ので、国外から国内にいる者に指示を出して……とか国外にいる対象に加護はない……という抜け穴ももちろんあるけれど、その場合でも対象や指示を出した者が国に戻ればその瞬間顔面が焼け爛れて罰痕が刻まれるそう。
守護獣に加護を受けた者を害するということは、二度と国に戻ってこないか、国外の者ということに限る。
それだって、もし他国の者が守護獣の加護を与えられた者へ危害を加えようとすれば守護獣の格によれば他国に至って罰痕が与えられるというから、守護獣の加護を与えられた者を害するというのは困難を極めるし、一度罰痕を受ければ生涯消えることはない。
それだけの罪。
歴史に名前を刻まれるほどの”愚か者”であり”罪人”となる。
プライドの塊のようなこの人たちにとって、女の私を敬うことはそれと天秤にかけなければならないほど……取り繕うこともできなくなる屈辱――の、ようね。
でもそれを面と向かってニグム様に指摘されると、黙るしかない。
杯が砕けてしまいそうなほど腕を振るわせる国王陛下を、入り口の近くに立ったまま見下ろすニグム様。
場の空気は本当に最悪。
双方言葉の出ない時間が一分ほど。
「しょ――証明してもらおうではないか。部屋を準備しろ! 質問の内容はこちらで決める!」
「ご存じでしょうが、加護を受けた者たちに別の質問だけして後々ごまかすなども罰痕の対象になりますよ」
「し、知っているに決まっている!」
ふん、と鼻を鳴らして親族を小馬鹿にする様子のニグム様。
その眼差しに強く滲む軽蔑の色。
この件は、間違いなく次期国王と家臣となる彼らの大きな溝になってしまう。
でも私がなにを言っても、婚約が正式に決まる前の多国籍の者にこの場の空気をどうにかする権利はない。
それになにより、ニグム様がこの国になんの希望も抱けないまま、フラーシュ様のため、敵でも見方でもない顔も名前も知らない異母妹のためにサービール王国に留学してきたのを知っている。
この人をここまで追い詰めたのは、この人たちなのだ。
歪んだ伝統を踏襲し続けて、思いやる心を忘れてしまった王族にフラーシュ様すら見放している。
それを知らないのだから……本当に可哀想。
「フィエラ」
「あ、は、はい」
「証明の間、フラーシュの分霊が近くにいる。加護があるからなにも心配はいらないが、それでも君から無礼な言葉を引き出して君を害そうとするかもしれない。大丈夫だろうけれど……」
「はい、気をつけますね」
慌てた侍女が「お部屋の準備が整いました」と宴会場の端の部屋を指す。
肩が震えている。
突然こんな話になったから、本当に大急ぎで準備をしてくれたのだろうけれど……。
「こんなに早く準備をしてくれてありがとうございます。私が先に待たせていただいてもよろしいですか?」
「ああ」
「それでは、皆様、また後程」
侍女にお礼を言って安心させる。
ずいぶん驚いた表情をされたけれど、王宮仕えの女性はお礼を言われる経験もないんだろう。
そんな職場、嫌に決まっているよね。
私は前世、花粉症でずいぶん職場にも迷惑をかけたけれど……職場自体は本当にいいところで「謝るよりもお礼を言いなさい」と指導された。
この人は大急ぎで場所を準備してくれたのだから、労わってあげないと。
中央部の挨拶をして部屋に引きこもる。
今頃、フラーシュ様にニグム様を通して質問コーナ――が開催中なんだろうな。
「お飲み物をお持ちいたしました」
「なにか食べ物をお持ちいたしますか?」
「ありがとうございます。そうですね、床に座って素手の食事には不慣れですので、ナイフとフォークで食べられるものがあればこちらの会食会が終わったあとお部屋でいただきたいですわ」
また驚いた表情をされる。
昨日までは私が連れて来たシェフが作っていたので、王宮の料理人には頼んでいなかったのよね。
なので、時間は多めに用意しておく。
こっちが無茶ぶりしているようなものだものね、この国の人たちにとっては、だけれど。
「メニューは私の連れて来たシェフに聞いていただいてもよろしいわ。食器も」
「か、かしこまりました」
王宮の厨房を借りているから、うちのシェフが十日弱で後宮の料理人と交流してこの国のメニューをアレンジしているのは知っている。
無茶を言っているわけではない。
この国の料理人がうちのシェフから学んでいるかどうかは知らないしね。
でも、私の様子や言動で部屋の中の侍女と護衛の空気はわかりやすく穏やかになった。
会食会場の、王族たちの席以外の緊張に包まれた空気。
あれがおかしいと感じられないこの国の王族とその親類は国外では相当にずれている。
これが大国の中身とは、素直な感想を言うのならがっかりした。
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