第18話 小さな取引


 口約束の婚約が決まってから、徒歩で別荘に向かった。

 なんとニグム様から「手を繋いでもいいか」と言われて、婚約者になったのだからと手を差し出しましたとも。

 でも、会話はなんにも出てこない。

 なにを話せばいいのか、わからないもん。

 ニグム様の方も表情硬いし。

 

『初々しすぎんか、お前ら』

「や、だ、だって……まだご両親にご挨拶もしていないのに……」

「わ、私も……まだフラーシュ王国の国王様にご挨拶もしていませんし……」

 

 口約束だ、まだ。

 婚約が決まっただけだ。

 このあと正式な婚約の手続きをするけれど、もしもフラーシュ王国の国王陛下にお断りされたらそれまでだと思うし。

 と、言うとフラーシュ様は『フィエラシーラ姫はわいを見れるし話せるんや、それはない』とおっしゃる。

 

「あの、でも、フラーシュ様の姿を見たり声を聴くことができるなんて、どうやって証明するのですか?」

『そもそもわいの声を聴いて姿が見える者は、今んとこ国内でニグムだけやったんねん。幼少期から話してる姿を見てるやつらは知っとるんやけど、それが迷惑な奴らも多い』

 

 この国を腐敗させている者たちにとって、絶対的な存在である守護獣様が見える者は邪魔でしかない。

 でも、守護獣様が守っているからニグム様は暗殺の危機をいくども逃れたそうだ。

 

『でもその分ニグムの周りの人間に被害が出てなぁ。後宮でニグムの乳母や世話係の側妃が殺されたり、散々やったんねん。おかげで弟と異母妹は完全隔離。異母妹は名前も公表されてへんよ』

「ええ……!?」

「危ないからな。異母妹は産まれてすぐに後宮から出され、貴族の家に預けられて育てられているそうだ。手紙のやり取りだけはしているんだが」

「そうなんですね」

 

 それは、私も気持ちがわかるなぁ。

 私にも弟妹がいっぱいいるけれど、会ったことがあるのは実弟二人だけ。

 異母妹が継母お二人の間にそれぞれ二人ずついるけれど、この異母妹たちには一度も会ったことないんだもん。

 

『でも、フィエラシーラ姫は一国の姫や。わいと話せる。証明は別の場所で本人たちに話せを合わせられない状況で、同じ質問をすりゃええねん。まあ、国内にいる間はわいの加護がフィエラシーラ姫を守るから、大丈夫やで。それがなによりもの証明やで』 

「そうなのですね。ではあの……」

「ああ、明日まとめて会えるよう調整した。昼食にな」

『晩餐なんてセクハラしまくりそうだもんなぁ! タイミングは任せるで。わいの加護はもうこの国に入った時点で与えとるから、それで証明すんのもありやで』

「危険な目に遭わせようとするな!」

 

 しかし、国王陛下を始めとするフラーシュ王国王族の方々にお会いするのであれば、もう少しこの国のご挨拶作法を学んでおいた方がいいかしら?

 郷に入れば郷に従えというし、ニグム様に提案してみようと顔を上げた。

 

「あの、この国のご挨拶作法を――」

「ああ、その件だが中央部の挨拶作法でやってほしい。俺も中央部のやり方に合せる」

「え?ですが……」

 

 なんでそんな、と口にしかけたけれど、フラーシュ様が口の端をあげて鋭い牙を見せる。

 牙可愛い。

 ではなく……!


「国内の王侯貴族に他国文化の差を見せつけるおつもりですか?」

「そうだ。この国の男尊女卑は悪化の一途を辿ってフラーシュの言を俺が伝えても、父上たちは蔑ろにする。もう見せつけるしかない」

「ですが、私は小国花真かしん王国の第一王女にすぎません」

「それでも現時点で他国の姫という立場に違いない。君にこの国の女貴族に対するような態度を取れば、どうなるのか思い知らせなければならない。もちろん、まともに対応するのならまだ救いがあるというか……そもそも無礼な態度など取るべきではないのだから、明日の君への態度によってこの国のお王侯貴族の認知の歪み度合いがわかる。不快かもしれないが協力してくれないだろうか?もちろん、君の望みで俺にできることがあれば協力する。婚約をするのであれば国同士の話でも構わない」

 

 ええ、それはまったく構わないけれど、そんなこと言われたらぜひ、この国の新鮮な果物を故郷花真かしん王国のみんなにも食べてほしい~!

 でも長距離移動ができないのよね、この世界。

 前世の世界で野菜や果物の長距離移動って冷凍と防腐剤、だったっけ?

 さすがに防腐剤にはあまり明るくないのよねぇ。

 

「あの、フラーシュ様」

『なんや?』

「水の幻魔石で、氷って作れますか?」

『氷ってなんや?』

「ふぁ!?」

 

 守護獣様が氷をご存じない!?

 驚きすぎて変な声が出てしまった。

 慌てて水を冷やして凍らせることを説明する。

 中央部では普通に氷があったから、この国にも普通にあるものだと思っていた。

 まさか守護獣様ですら存在を知らないなんて思わないじゃない?

 

『へーそんなもんあるんやなぁ!で、それをどうすんねん?』

「食べ物の長距離移動は冷蔵がいいと聞いたので、もし水の幻魔石で氷を作ったり食物を冷やして移動できるのであれば、それで我が国にフラーシュ王国の新鮮でおいしい果物を運べればと思ったのですが……」

「なるほど、面白い考えだな。やってみてもいいと思うが、すでにあるのであれば中央部から輸入して――いや、フィエラの国にそういう効果付与された幻魔石はあるのか?取引できるのなら、それで交易が成立すると思うが」

「我が国では北部から取り寄せております。ああ、でも、我が国は花の出荷はしております。その時に冷凍効果のある幻魔石を利用しているそうですので、その伝手を使えば……」

「では決まりだな。それで話をまとめよう。もう少し詰めるが、そのあたりはうちの国と君の国の商人にやらせればいい。どうだろう?」

「はい、よいお考えだと思います」

 

 我が国の伝手を用いて南部のフラーシュ王国が北部と繋がりを持つとなると、中継地点の花真かしん王国にも十分な利益がもたらされることだろう。

 私が嬉しくて見上げると、少し仕方なさそうな表情をされる。

 なんで?


「ニグム様?」

「自分の手柄を他人事のように言うな」

「へ」

『王女なんやからもっと腹黒くてエエんとちゃう?』

「え、ええ……!?」

 



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