第14話 フラーシュ王国(1)
ニグム様と夏季休暇にフラーシュ王国に行く約束をしてあっという間に一ヵ月。
フラーシュオオトカゲに引かれた大型馬車に乗って、一週間。
ついに見えてきたフラーシュ王国に、窓から顔を出す。
見える一面、すべて砂!
「フィエラシーラ姫、体調はどうだ?」
「ええ、今のところなにも」
砂塵でアレルギーが出るのかとちょっと心配していたけれど、そんなこともなかった。
私ってありとあらゆるアレルギーの申し子なのかと思っていたけれど、さすがにそんなこともないみたい。
よかった。
「あの、それで宿泊先なのですが……貴族街などがあればそちらの宿を取りたいのですが」
「王宮の客室に滞在していいと言っているだろう」
『うちの国の貴族街は他国であっても女だけでは泊めれないで』
「そうなんですか!? ……では、ありがたくニグム様のお申し出を受けてもよろしいですか?」
「当然だ」
それにしても、話に聞いたより……想像したよりも男尊女卑がひどいのかもしれない。
女だけで宿も取れないなんて。
いや、小国とはいえ王女の付き人が侍女二人と護衛騎士が四人だけというのが少なすぎるのだろうけれど。
「……それで、あの……」
「はい?」
「フラーシュ王国の貴族の男は他人の女でも独身なら声をかけてくる。君は俺の婚約者ではないし、フラーシュの姿も見えるし話せる。それがバレれば俺の婚約者ではないという事実がある以上、きっと既成事実を作ってでもこの国の人間の嫁にしようとするだろう。だから――この国にいる間はフラーシュが見える話せることは内緒にした方がいい。もしくは俺の婚約者候補として王に紹介されてくれ。それでも心配だから、絶対に一人にならないでくれ」
「ッ……」
「俺の近衛騎士もつけさせてほしいし、弟の面会依頼もまず俺を通してほしいし、俺も同席させてほしい。滞在期間中、男からの面会はまず全部俺に! 父や祖父も、とにかく全員! 頼む、約束してほしい」
「わ、わかりました」
ニグム様の必死な様子に驚いてしまう。
けれど、なんといいますか……ニグム様の自国の男への信用がまったくない。
身内に対してもこれとは。
『牽制はいくらしてもええ。ほな、あれや。フィエラシーラ姫の愛称、ユーフィア姫が呼んどったやん? ニグムも呼ばしてもろたら?』
とフラーシュ様がおっしゃって、私もニグム様も頬を染める。
ニグム様の恐る恐るという窺うような表情。
私も急に降って湧いたような愛称呼びについて、目が泳ぎまくる。
「あ、あ、え、あ、う、ふぃ、フィエラと、ど、どうぞ……お呼びください……」
「い、いいのか?」
「はい……」
ニグム様が本当に私を思ってくれているのは、伝わってきている。
だから、これからももっと距離を近づけていけたらと愛称呼びは許してもいいと思ったの。
顔が熱い。
恥ずかしいけれど……真摯に思いを伝えてくれたニグム様に、私もちゃんと向き合いたい。
結婚については今回のフラーシュ王国の様子をよく見て、未来を想像してみようと思う。
「――フィエラ」
ニグム様が真っ直ぐに私を見ながら私の愛称を呼ぶ。
それだけなのに、全身が泡立つようにゾワゾワした。
唇が震える。
あれ。あ、あれ――?
「この国のこと、できれば好きになってほしい。女性の君には好かれる要素が少ないけれど、変えていけるように努力するつもりだから」
「……はい」
王位に興味がないと言っていたニグム様が、私のために国ごと変えようとしている。
この人本気なんだ。
本当に、本気で、私のことを――
「絶対にありとあらゆる連絡と面会申し込みを俺に通してくれ。女の名前で面会の申し込みがあっても、あとから男と二人きりになろうとするやつもいるから……!!」
「わかりました。お約束いたします」
必死すぎじゃない?
っていうか、そこまで言われると怖いです。
「こちらのお部屋をご利用ください」
「ありがとうございます」
アラビアンな町並みを楽しんだあとだと、フラーシュ王宮にやってきた。
フェイスベールと全身を布で覆った女性が四十人くらいの女性が頭を下げて出迎えてくれた。
その中でニグム様が初老の女性に一言三言伝えてから、王宮の客間に通される。
サービール王国のような洋風のお城ではなく、なんというか、通気性のいい渡り廊下が続く、大きな柱が角度によって視界を遮る構造。
通されたけれど石作りの部屋だけれど、大きな窓枠には大きな柄の布がかかっている。
その柄のち密さ、王族の部屋って感じで見事。
「部屋を整えておくように事前に言っておいたのだが」
『なーんかフィエラシーラ姫ののこと、知らん小国の姫だし、適当でええやろって感じみたいやわ』
「そうでしたか」
まあ、南部の大国からすれば中央の小国の姫なんて興味ないかぁ。
私は気にしないのだけれど、ニグム様がわかりやすくイライラしておられる。
本当に気にしなくていいのだけれど、王族同士の話になるからそうもいかないのかな。
小国とはいえ一国の姫を迎えるのに、事前に連絡をしていたのに準備がなされていないのは確かに国としてよくない反応ね。
「お待たせいたしました。お部屋の準備が整いました」
そう言って色取り取りのフェイスベールを纏った侍女が入口に並んで跪き、手を胸で交差して頭を下げてくる。
ふかふかのカウチソファーから立ち上がったニグム様が私の方に手を差し出す。
「行こう。今日はゆっくりと休んでほしい」
「はい、わかりました」
差し出された手を取って立ち上がる。
でも、ニグム様の目的はそれだけではなかったみたい。
立ち上がった私の指に、ニグム様の唇が当てられる。
びゃ、と肩を跳ねさせる私。
目を見開いて驚く空気の周囲。
「ラフィーフを呼んでおいてくれ。フィエラシーラ姫の世話を頼みたい」
「か、かしこまりました」
そのまま手を繋いだまま部屋に案内される。
これって、牽制というやつ?
周囲の女性たちを見ると、殺気立っているように見えた。
『ニグムの周りに配置されてる侍女は、良家の貴族令嬢なんやで。まあ、ニグムのハーレム要員候補やな。上手くお手付きになれば将来安泰ってな!』
「そ、そういうこと……」
納得です。
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