第6話 デート(1)
「ユーフィア様、怒っておいででしたね」
「来週の花の日はユーフィア様とのお茶会ということでよろしいでしょうか?」
「ええ、よろしく……」
休日の朝、ユーフィアの侍女から「本日、お茶会にご招待したいとのことなのですが」と声をかけられた。
でも、休日はニグム様とお出かけと伝えていたので知っててそんな誘いをしてくるってことはまあ、嫌がらせよね、ニグム様への。
やきもちだって私ならわかると思っていて言ってきたのだ。
いや、わかるけれども。
どうしてこんなに私がサービール王国以外の国に嫁ぐのを嫌がるのだろう。
いや、ユーフィアも私と同じくフラーシュ王国のハーレム制度に思うところがあるのだろう。
だからニグム様のことが、反対なんだろうな。
私だってユーフィアがフラーシュ王国の王族に嫁ぐ、なんて話を聞いたらそれはもう心配するし、回避できるなら回避してもらいたいもの。
でも、ニグム様の考え方を聞いたらハーレムに関する心配はあまりなくなった。
あの嫌悪の表情は本物だったもの。
だからまあ……近いうちユーフィアにもお話しして、ニグム様を含めた三人でゆっくりとお話する機会を設けようと思う。
まずは今日のデートを無事に乗り越えたいけれど。
「待たせた」
「いいえ」
なんてことを考えていたら制服姿のニグム様が馬車の中から現れた。
ちなみに私も制服だ。
なぜ制服なのかと言うと、ニグム様から制服を指定されたから。
「悪いな。君が着飾った姿も見て見たかったのだが、言葉が通じないと思っていたから町の方に出るつもりが一切なくて」
「結構ですわ。通訳は私がいたしますので」
と、いう「外に出るつもりがない」おつもりだったニグム様は、私服は南側の地域特有の露出が多いものしか持ってきていなかった、ということらしい。
なので、今日のデートはニグム様の私服を買う、という任務がある。
逆に言うと私がニグム様の私服を選ぶということなので責任重大すぎない?
一国の王太子の私服よ?
聞いた時は胃が痛くなってしまったわ。
「君が普段着ているドレスの好みに合わせてくれればいい」
「そ、それはそれでなんというか……」
とか! 言うし!!
それって「今後も私と出かける時は私のカジュアルドレスの系統に合せる」っていう意味じゃない!
イコール「デートは今後も誘う気だから」って言ってるようなもんなのよ!
なにこれわざとですか!?
わざと言っているのなら十六歳時点でこんなこと言えるニグム様の将来が怖いよ!!
「とりあえず何軒か仕立て屋などを回ってみましょう。ご案内いたしますわ」
「ああ」
貴族街に向かい、その中で私が贔屓にしている何軒かの仕立て屋でニグム様の私服を仕立ててもらうことにした。
面倒くさそうなのだけれど、私がわざと中央語で話す仕立て屋の言葉を「あの単語のニュアンスは難色の意味合いが強いんですよ」と説明すると表情を変える。
熱心に聞き耳を立てて、「今の単語は色のことだな?」と聞いてくるようになった。
ちゃんと勉強するつもりがあるようで、助かる。
まあ、ニグム様は語学留学だからある意味当然かな。
「こちらのデザインは去年から流行っているものだそうです。裾を短くすることで動きやすくするとか。カフスボタンはなにになさいますか? ご希望がないのでしたら私が選びますか?」
「カフスボタン?」
「シャツの袖の部分につけるボタンですわ。誕生日プレゼントにもよく選ばれます。正式な場に着ていく礼服では、家紋入りのものを取りつけて出席することが必須ですわね。あとは、左腕の袖に婚約者の家紋のカフスボタンをつけて相思相愛のアピールする方もいますわ。その場合は婚約者の女性が贈っている場合が多くて、浮気防止の意味が大きいですね」
「そう、なのか。では選んでもらいたい」
「わかりました」
ではニグム様の髪の色と瞳の色に似た色の宝石を買いに宝石店へ。
エメラルド、ペリドット、イエローサファイヤ、シトリン、トパーズ――値段は高くてニグム様の色に近いものを重点的に選ぶ。
うん、このくたいなら王太子がつけていても問題はないわね。
「アメジストもほしい」
「え? アメジストですか? どのような色の……」
「フィエラシーラ姫の瞳の色に近い色を」
「ッう!?」
いや、ホント、急に来るのはやめてほしい。
っていうか、これを店員に伝えるの私なんですけど!?
「はあ……」
うっかり溜息を吐いてしまい、ハッとして顔を上げる。
ようやく仕立て屋を出てカフェテリアの窓際の一席で落ち着いたのだが、その瞬間に気が抜けてしまった。
紅茶が美味しくて、つい。
「申し訳ありません」
「いや、疲れさせてすまない」
「あ、いえ……ですが、早ければ来週には二着は届くそうでよかったですね。あの。ユーフィアが今朝もニグム様と私が出かけることを反対していたのです。多分ニグム様もフラーシュ王国の王族らしいハーレムに、興味があると思っていると思うのです。一度ゆっくりと三人でお話しできたらと思うのですが……」
訳、来週サービール王国風の私服が届くので、ユーフィアと私と三人でお茶会しませんか?
主にニグム様のハーレムへの考え方を話をしてあげてほしい。
っていう提案。
「ユーフィア姫と、か……」
ああ、渋い表情してる~~~!
「だが、フィエラシーラ姫のご友人だろう? ……わかった……」
不服そう~~~~。
でも、ご了承いただけてよかった。
後ろのコキアに目線で「予定に入れておいて。帰ったら招待状を書いて先に場所の確保を」と伝えておく。
まあ、場所は私の別邸にお招きすればいいわ。
「それで」
「え?は、はい?」
「君は、フラーシュ王国も嫁ぎ先の候補だったんだろう?貴族の妻になるつもりだったのか?」
「あー。まあ、そうですわね。できれば伯爵家以上の貴族の方の妻になり、アレルギー研究のために幻魔神殿に就職しつつ幻魔石でアレルギー症状の緩和ができたらな、とか思っていました」
『あー、やめた方がええと思うでー』
「え?」
急にニグム様の肩にフラーシュ様が現れる。
姿は見えないだけで、いつも一緒にいるのだろうか?
『うちの国の貴族は嫁を表には出さないんねん。この国みたいに女が顔を出して歩くこともないんやで』
「え!?」
「ああ、顔にはフェイスベールが必須。全身を包む布で肌が一切出ないように包まなければならない。家の外から出るのも夫が同行しなければならないし、女性が勉強をすることはいい顔をされない。女性が教養を身に着けるのは王族のみ。顔や肌を出して表に出ることが許されているのは踊り子や娼婦、王族の女性のみだな」
「え、ええええ……!?」
『南部はそういう風習があるんだよ。わいは反対してるんやで。他の国に来るとそんなん時代遅れやん?言うてるんやで~、ニグムの親父にも。でもなんか”女は閉じ込めて見せない”のが男の優越感に心地ええみたいで誰も改善しようとせぇへんねん。クソやで』
おおい、自国の守護獣様が今の国政を「クソ」って言い出したわよ!?
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