眠らない子羊たち

KKモントレイユ

第1話 新宿

 一九九三年四月土曜日、大学三年生の春。マサトは同じ学科仲間のアキラが「たまには一緒に飲みに行こう」という。

 今日は学校の授業もなかったので適当に一日時間をつぶして夕方から出かけることにした。いつものように祖師ヶ谷大蔵駅から電車に乗る。


 今日一緒に行く店はアキラの高校時代の女子友達がバイトをしている店だという「その子は都内の女子大に通っているので、もしかしたら友達を紹介してくれるかもしれない」という言葉にまんまと引っ掛かってしまったという感じだ。


 小田急線新宿駅に着く。東口を出てすぐのところでアキラと待ち合わせていた。

今日は朝から天気が悪い。今にも雨が降ってきそうな空を見上げる……


「よ!」

 アキラが陽気に声を掛けてくる。

「おお」

「待った?」

「いや、今来たところ」


 他愛もない話をしながら、友達が働いているという店に着いた。店内は想像していたよりお洒落な雰囲気で少し驚いた。

「へえ」

「いい感じだろ」

「ああ、でも、ここ高くないか?」

「大丈夫、大丈夫、おれ十万持ってるから」

「いやいや、そんな金額の割り勘はいやだぞ」

「うそうそ。リーズナブルな店だよ」

 そう言われてもリーズナブルの基準がよくわからない。


「いらっしゃいませ」

 ショートボブのかわいらしい女の子がやって来た。思わずアキラの方に目を向けるマサト。

「あ、彼女、美樹ちゃん。高校時代の友達なんだ」

「どうも、神谷かみやマサトです」

「はじめまして、木村美樹です」


 美樹という子はひとしきりアキラと話して、その間に何品か注文した。

美樹は店の奥に行ってしまった。


「付き合ってんの?」

「まあな」

「へえ、そうなんだ」

「かわいいだろ」

「ああ、いいな」


 なんだ、そういうことかと、この状況を冷静に考えてみて、友達を紹介してくれるというのはあまり期待できないとマサトは思った。

 今日のところはアキラの方が美樹に会いたくて、この店に誘ってくれた感じだ。


 しばらくすると別の女性が料理を運んできてくれた。色の白い小柄な女性。ストレートのロングの髪が美しい。見た感じ自分たちより少し年上だ。その美しい女性にマサトは目を奪われていた。


「綺麗だったな」

アキラが言う。

「ん、うん」

「でも、だいぶ年上じゃないか?」

「だいぶか、どうかわからないけど、学生のアルバイトじゃない感じだった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る