第3話 追放を知り作戦会議
それは冒険者登録をすれば自分のステータス画面で記入することができるもので、全体公開されており、意見交換の場としても利用されている。
リディアは文字検索機能を使って日々、三毛猫会の情報を入手していた。
まずは素直に『三毛猫会』や『バルザ』と入力して検索してみる。
数人がメンバー変更について感想を述べているが、特に盛り上がりはない。ついさっきのことだし、メンバーの出入りはよくあることだ。
今度は『さんにゃ壊』と検索する。三毛猫会を揶揄する人が使う言葉だ。
こちらの方が多くヒットしたが、どれもバルザが抜けたことを喜ぶだけで特に有益な情報はない。
リディアはため息をついてキッチンへ行くと、両親と弟への朝の挨拶も忘れて検索ワードを考え続けた。リンゴをかじりながら再び自室へ戻ってしまう彼女に、残された三人は苦笑するしかない。
「リディアは何してるの?」と、弟がスープを飲みながら尋ねるのに、母親が呆れた様子で「さあね」と答え、父親がそれを擁護した。
「あいつは昔から冒険者になりたがってたんだ。お前の調子もよくなったし、そろそろ戻してやってもいいんじゃないか?」
「そうねえ……」
キッチンでそんな会話がされているとも知らず、リディアは思いつく限りの文字列を打ち込んでいた。
「しょうがない、アレを見るか……」
アレとは、なるべく見ないようにしている三毛猫会メンバーの裏日記だった。
日記の
三毛猫会に所属していることになっているのは魔族のベルドレッド。そして、所属ギルドなし『休養中』となっているベルという人物が、裏日記の持ち主だ。
リディアがなぜそれを知っているのか……
それは彼女が特別な能力を持っているから……ではなく、バルザの情報が欲しいゆえの執念だった。
もっとも、検索力や考察力がそれだけ優れているともいえる。
ただし、この裏日記はベルことベルドレッドから見たギルド内のドロドロ事情満載。いわば開けてはならないパンドラの箱だ。
リディアはそっと深呼吸して、最新記事を開いた。
「『ついに出てった! オークみたいな大男、マジで邪魔なだけだったからすっとした。たいして強くないのに声デカイしいつも不機嫌だし気も使えないし最悪の馬鹿。きもい』……って、このクソアマ! なんてことを!」
リディアはアイフォを折りそうなほど握りしめた。
「待って、いつからこんな話に……」
と、時間を忘れてベルの日記を読みふける。
そもそも三毛猫会というのは、グレン、バルザ、リック、ポーラというマルダ村出身の幼馴染四人が作ったギルドだった。
結成から三ヶ月で大怪我をしたリックが抜けると、そこから一年の間に四人の女性が加入した。
リディアが「バルザと同じギルドに所属できるかもしれない」と希望を持った理由の一つは、三毛猫会の、この女性率の高さだった。
「もしかしたらハーレムを作っているのかもしれない。それならちょっと弱くても可愛こぶりっこすれば仲間入りが可能かもしれない」とまで想像した。夢を見ていたのだ。
しかし女性が増えるほど、バルザの個人成績は停滞していった。
そのうち、メンバーたちの日記に「盾役と息が合わない時はどうしたらいいか」という内容が見られるようになっていく。
中でも、このベルの日記は露骨だった。
『あいつはモテないから女が嫌いなんでしょうね』
『微笑みってのを練習すべき』
『デカくて動くたびにうるさい』
『舌打ちする癖をやめるようにグーちゃんにお願いした』
グーちゃんとは、グレンのことだ。ベルは検索避けのために隠語やあだ名を使う。
『ってゆーか抜けてくれないかな』
『みんなでグーちゃんを説得! お願い楽しい場所にしたいの!』
辛辣なメモが毎日のように残されている。
予兆はあったのだ。
「バルザ、無愛想なのは昔のままなのね……酒場でも評判悪いみたいだし……」
冒険者たちは噂やちょっとした笑い話も日記に残す。バルザの武勇伝は、良くも悪くも、いろいろなところから漏れ聞こえてくるのだ。
「でもこんなのひどい。一緒に頑張ってきた仲間なのに。グレンだってなによ。幼馴染なのに、なんとかしなさいよヘボマスター!」
一気に感情を吐き出して、またギルドの詳細情報を読み込む。
「なるほど、この前加入した斧戦士のソフィアって子を新しい盾役にするわけね……代わりを準備してから追い出すなんて、いい根性してるじゃない」
哀れひとりぼっちにされてしまったバルザのステータスを見るうちに、リディアはこれまでもさんざん妄想を広げてきた彼との共闘シミュレーションを思い描いていた。
『三毛猫会に入るならきっと自分はサポートになるだろう』とか『グレンと三人なら』とか、パターンは星の数。
とっておきの、お気に入りもある。
あまりにも非現実的だから考えないようにしてきたけれど、それは、二人きりでのダンジョン攻略だ。
バルザはずっと一次職『戦士』のままで活動している。
高い戦闘力を誇るが、それ以外のスキルが伸びにくい。だから、回復と補助魔法が使えるようになれば彼の役に立てるとリディアは考えたのだ。
最初の訓練で得られるジョブで『精霊師』を選んだのは、つまりそういうこと。
しかしリディアが実家に戻ったタイミングで、彼は『盾戦士』にジョブチェンジしてしまったのだ。
今の彼は防御一辺倒で討伐数も増えていない。
「きっとみんなに盾を押し付けられたのよ。あんなに戦うのが好きだったの人が、ずっと我慢させられていたんだ……」
それで、不満から不和になって……追放……
どうにかして、彼を追い出した女どもや、腰抜け幼馴染を見返させてあげたい。
「でも……」
ひとつ大きな問題があった。
バルザは幼い頃から体が大きく粗野だったので、歳の近い女の子たちから嫌われてきたのだ。リディアが観察していた限り、村を出た四年前までその状況は変わらなかった。
そしてこれまでの情報とこの日記を見るに、事態は悪化している。
バルザは女性と相性が悪い。
「困ったな……なんで私、男じゃないんだろ……」
きっと、のこのこ出ていって励まそうとか、あわよくば一緒に新しいギルドを作ろうとか言ったところで、女だってだけで、最初から煙たがられてしまうだろう。
最悪、まったく聞く耳をもってくれないかもしれない。
もちろんリディアの最終目標は『一緒に戦えるバルザの可愛いお嫁さん』なのだが、いまはなにより彼を助けてあげたい一心だ。
「あ! いいこと思いついた!」
こういうときのリディアの行動力は凄まじい。
あっという間に旅支度を済ませると、家を飛び出した。
キッチンを通り過ぎざま、「ちょっと出かけてくる!」と告げたが、背中で返事した母親は、日が暮れるまでには戻るものだと思っていた。
リディアは目立つ髪の毛をフードに隠し、人目を避けて急いでいた。
冒険者になろうと決めたときに揃えたブーツとズボンを身につけ、リュックには水や食料も用意している。長旅の覚悟だった。
まず最初に目指すのは、村の北にある暗く深い森の奥。
途中川辺で休憩したが、予定通り、陽のあるうちにそこまで辿り着けた。長旅、というからには、ここが終着地点ではない。
本当ならばモンスターが出てもいいような瘴気を放っているが、この森が静かで落ち着いているのは、最奥の洞窟に
その入り口には札が立っている。
『警告、貧乏人お断り』
リディアは胸の前でぎゅっと手を握り、恐る恐る中を覗き込んだ。
「こ、こんにちは」
「へいらっしゃい」
飛んできたのは気軽な返事。
リディアは驚いて、中へと足を踏み入れた。
左へ緩くカーブした先は、外からは見えなかったが、光と色の洪水だった。
火の精霊のランプで煌々と照らされた棚や机に、色とりどりの小瓶や絵、魔法具が所狭しと並べられている。
「へいらっしゃい」
と、また、同じ声。
いったいどうやって、同じ調子で繰り返しているのだろうと思ったら、曲がり角に立てられた『魔法具よろず屋・万華鏡』の看板の上に、ギョロ目のオウムが止まっていた。
「まあ、こんにちは」
「かねがないならかえんな」
「え?」
かわいいと思って挨拶したらこれである。
意味わかって喋ってるのだろうか。
そのとき、後ろからしわがれた男の声がした。
「鳥となんか真面目に話すもんじゃないよ、お嬢さん」
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