第1章 大好きだから、助けに行くよ
第1話 バルザの追放と出会い
「単刀直入に言おう。バルザ……ギルドを、やめてくれないか」
ギルドメンバー七人で暮らす、一軒家の一室だった。
向かい合っているのはリーダーで優男のグレンと、その幼馴染みでもある筋骨隆々としたバルザ。
追放を、告げられた方よりも告げた方が苦しそうだった。
「そうか」
「っ……。他に言うことはないのかよ」
承諾の一言に、グレンは驚いて追いすがってしまった。まだ話し合いの余地があると思っていたのは、一方的な想像だったようだ。
バルザはいつものしかめっ面で、「いや」と答えた。
「お前はいつだって正しい、グレン。だからこれも仕方ないことだ。ありがとな、いままで」
背を向けると、グレンもそれ以上は引き留めなかった。
少ない荷物をさっさとまとめ、家を出る。
馬を走らせ森を抜けると、町へ乗り込んでいった。
繁華街の最奥に、ひっそりと佇む行きつけの酒場。バルザはその片隅を陣取った。
二階と三階が宿になっていて、いかがわしいことばかり起こる場所だ。金さえあればどれだけ長居しても文句を言われない。
勢い飛び出してきたが、他に行くあてもない。
そのまま二日、飲み続けた。
酒をあおるたびにグレンの言葉が鮮やかに蘇った。言えなかった思いも。
『お前とは長い付き合いだし、俺は一緒にやっていきたいと思ってる』
(……本当か?)
『でも、俺たちだけの問題じゃないだろ。ほかのメンバーともうまくやってもらわないと……。みんな、お前を怖がってる』
(どうせ俺はお前と違って人付き合いも悪いし、図体もデカけりゃ、顔も怖ぇもんな)
『もうすぐ年間ランクの足切りだ。最高の状態にしておきたいんだよ』
「うるせえ!」
大量の酒は現実と回想の境界を溶かしていた。
思わず叫んだバルザに、隣の席で談笑していた男二人が萎縮する。ベテランの冒険者風なのに、二人がかりでも反抗したくないほど、バルザには威圧感があった。まだ二十歳だというのに。
『他のメンバーと話し合って欲しい。みんなの要望をよく聞いて、ちゃんと言うことを聞いてくれないか。それができないなら、単刀直入に言おう。バルザ……』
「くそ……」
悪態をついて、葡萄酒を飲み干す。
口が悪いのは、自覚している。
これが怖がられる要因のひとつだということも。
だが、
そして我慢すれば、どこかで爆発してしまう。我慢が大きいほど、爆発もまた大きい。
だったら小出しにするくらいいいじゃないか。
自分が散々こぼした酒で汚れた机に、バルザは突っ伏した。
うつらうつらと言葉が漏れる。
「どうせ俺は、グレンみたいに、優しくも正しくも、かっこよくもねーんだ……。怖がられて、嫌われて死ぬのが落ちだ……」
つぶやいた、そのときだった。
「そんなこと、ないんじゃないかな」
返事があったのだ。
驚きながらもひたひたに酒に浸かった体は、素早く動いてくれない。
緩慢な動作に首をめぐらせれば、
「グレン……?」
薄桃色の髪をしたグレンが立っていた。
いやいや違う。グレンじゃない。
酔っ払った頭が幼馴染みの幻影を重ねただけだ。
声をかけてきた男はグレンより小柄で、どんぐりみたいに丸い目をしている。
服装を見るに冒険者。それも魔導士系だ。
「何だてめえ」
威嚇。
まずバルザが人に対峙するときは、これだ。
所持金をすっかり失うほど、丸二日間も飲み続けていたとしても、舐められないために脅すのが、彼の身に染みついた処世術だった。
しかし男は微笑む。
「やだなぁ、そんな怖い顔しないで。俺はあんたの味方だよ」
そういうやつが一番怪しい。
怪しい。
とにかく怪しい。
怪しいったらない。
が、バルザは泥酔している。
頭を持ち上げたところで、男が
「嫌われて死ぬだけなんてこと、ないと思いますよ。バルザさん」
「俺の名前、なんで知ってんだ」
会話になったから許可を得たとばかりに、男は素早く正面の椅子に座った。
「俺の名前はリド。あんたの名前を知ってるのはもちろん、上位ランカーギルド『三毛猫会』のバルザは有名人だからだよ」
痩身、イケメン、キラキラした瞳。
バルザは「ふん」と鼻を鳴らした。
「体力しか取り柄のない能無し盾役が有名なわけねーよ。他の連中と、そいつらをまとめるギルドマスターのグレンが優秀だったんだよ」
「能無しだなんて」
「ちょうど」と、鋭くリドの言葉を遮る。「クビになったところだ……」
事実を自分の声で耳から聞いて、バルザは情けなくなった。
どうしてうまくいかないのか。
何もかも、いつだって。
どうして彼のようにできないのか。
生まれ育ったマルダ村で、ずっと世話を焼いてくれていたグレン。
だが、あの目は……、哀れみだ。
「それも知ってるよ」
「……は?」
絶望の沼に身を沈ませていたバルザは、リドの明るい声で現実の酒場に引き戻された。
ここはガヤガヤ、ワイワイうるさい。
「クビになったって聞いたから。誘いに来たんだ」
「なにに?」と、聞こうとしたバルザの右手を、リドの両手ががっちり掴む。
「俺と、ギルド作りましょう」
「え?」
泡が弾けるように酔いから覚めた。
反射的に腕を引っ込めたら、いとも簡単に振り解くことができてしまった。
「よわ……」
思わず漏らすと、リドは拗ねたのか椅子にもたれて腕組みした。
「力は弱いかもしれないけど、魔法はピカイチだよ」
「だせえ言い方……」
適当にあしらおうと出てきた暴言も、リドは意に介さない。
ニコニコ売り込みを続ける。
「俺は精霊師だから」
「だからなんだよ」
「回復も攻撃もできるってこと」
面倒臭いと思っていたが、だんだん仔犬みたいに思えてきた。
「そんなに自信があるなら、その辺のモンスターで腕前見せてみろよ」
「もちろん。それで納得したら俺と組んでくれるよね」
「はいはい」
飲み疲れた体に鞭を打って、バルザは重たい腰をよっこらせっと持ち上げた。
リドは酒場をあとにしようとして、こっちを振り返って笑っている。
(あれ……、なんだろう、この気持ち……)
バルザはなにかを思い出しかけたが、どうせ自分の考えなんかロクなものじゃないと酒の海に放り投げ、彼を追い越して先に外へ出た。
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