第14話 懐かしの学び舎

「やはり、律には姿が似合うな」


「誉さんと思ってることが一緒なのは、ちょっぴり嫌だけど。一旦、それは置いておくといて……眼鏡律ちゃんも、か・わ・い・い〜」


 微笑む誉とキラキラした瞳で見つめてくる唯斗の褒め言葉が気恥ずかしく、律は、そっぽを向いて黒縁の丸眼鏡のブリッジを第二関節で押し上げた。


 いよいよ、トウキョウ魔法育成学園40周年記念式典、当日を迎えた。


 式典に律達も参加させてもらった後は、久しぶりの学食を堪能し、対策治療課の面々は例のイベントが始まるまで校内を散策していた。

 因みに、校内巡回のついでにと案内を買って出てくれた高等部生徒会会長の不知火しらぬい ほまれ、そして誉はともかく、律以外の対策治療課のメンバーとは初めましてである高等部生徒会副会長の水城みずしろ 一騎いつきも一緒だ。


 そんな唯斗らが律の姿に驚くのも当然だ。眼鏡は会長に言われて強制的に身に付けていた物であり、職場では掛けておらず、唯斗と凪が彼女の眼鏡姿を見るのは初めてなのだ。


 さらに、本日のコーディネートもいつもとはひと味違う。


 トウキョウ魔法統制局には特注の制服が存在する。それを職員は必ず着るように言われているのだが、ここにいる3人の服装はバラバラだ。

 律は戦わないことから、この時はスカートにしていたが、非常事態の対応の際に動きやすいという理由で勤務中はスラックスを履いている。さらに、それに合わせて首元もネクタイにした方が良いのだろうかと迷ったが、服へのこだわりを特に持っていない律はリボンを選択した。

 また、凪は同じくスラックスにネクタイを締めている。

 一方で唯斗は、その日の気分によって全く違った雰囲気で来る。毎週、髪色が違うし、スカートを履いてくることもある。

 しかし、今日は「全力で戦うモードだから!」と言って、自由に動きやすいスラックスを履いてきていた。


「お忙しい中、ありがとうございましたー」


 廊下を歩きながら誉と唯斗だけが律の眼鏡姿を褒めちぎる光景が繰り広げられる中、彼等が生徒会室の前を通りかかった時、ガラリと扉が開いた。


 部屋の中に居るであろう人物にぺこりとお辞儀をした少年は『広報』と書かれた深緑の腕章を付け、カメラを大事そうに抱えながら律達とは反対方向にスタスタと去っていった。


 何となく少年の行く先を目で追っていると、続いて扉から出てきた、もう1人の姿が見える。


「廊下は走るなよー、って。この気配はズバリ……」


「お疲れ。先程の者はメディア部か」


「やっぱり、会長だ。そうなんですよ。中等部の子が取材させてくださいー、って突撃してきて。だから、『事前アポ取んないと駄目だよ⭐︎』って、叱っておきました!」


 金髪の青年は声のした方向に振り向くと、誉を見て、にこやかに笑った。


 青年の髪色だけでも充分目立っているが、学園指定のブレザーのボタンを留めずに開けたままにしていることなど、彼の服装は完全に着崩した状態であった。


 しかし、律としてはそれが気にならないくらいに彼の胸元にあるバッチが目に入っていた。


「そうかもしれないが、これくらい引き受けてやれ。後日、メディア部には取材の件について、連絡しなければ」


 誉はスマートフォンを取り出し、すかさずメモをする。その2人のやり取りを見ていた一騎は小さく頭を横に振った。


「いいえ。このような時にこそ、気の緩みが原因で大惨事を生み出しかねません。

 少々、癪ではありますが、氷雨ひさめの対応は正しかったと言えるでしょう」


「うわぁ。副会長が俺のこと、認めた。明日は大雨でも降るかなー……ん? あれー、神倉センパイじゃないですか。ていうか、いっぱいいるー。居るなら声掛けてくださいよー」


 氷雨と呼ばれる青年は誉の背後にいた3人の人間にやっと気づいてくれたようで、律も急いで挨拶をする。


「えっと、ごめんなさい。初めまして、ですよね。どうして私を知っていたんですか?」


「だって、有名ですもん。神倉かみくら りつセンパイと小鳥遊たかなし くるいセンパイ。

 会長と副会長に負けないベストカップルだって」


 (ベスト、カップル……)


 律は頭の中で彼が言った言葉を反芻する。すると、1つの疑問が思い浮かんだ。

 それは後者では無く、前者の言葉。ネクタイの色からして律より後輩である彼が、どうして律だけでなく、狂の名前も知っているのかということだ。

 今まで生徒会としてオープンキャンパスなどには関わっているものの、後輩が入学して直ぐに退学した2人がここまで知れ渡っているとは考え難いのだ。


 律が返事を返さずに何か考え込んでいるのを察したのか、誉が代わりに口を開いた。


「一騎と私のことは関係ないだろ。せめて、ベストパートナーと言った所だな。

 それより、君達には説明不足だった。こいつが小鳥遊と律が消えた後、スカウトした新たな仲間だ」


 律は考えることをやめ、誉が首を少し動かして示した先に視線を戻すと、青年はそのまま誉に視線を返す。

 その一連の流れを見ていた一騎は眉を顰めながら青年に向かって口パクで何かを伝えようとする。が、当然、青年はこちらの方など見ていない。  


 そのまま青年はずっと誉を見ていたが、変化が訪れることも無く、果たして青年はいつまで、その純粋な顔でハテナを思い浮かべているのだろうと律達が感じ始めた頃、突如、青年は目を見開き、「あ」と口を開けた。


「これ、もしかしなくても自己紹介パターンですか? ……ワー、恥ずかし。

 改めて、ども。トウキョウ魔法育成学園高等部生徒会会計、1年の氷雨ひさめ 琉惺りゅうせいです。宜しくお願いします、センパイ⭐︎」


 青年改め、氷雨琉惺は最後にパチンッと聴こえてきそうなウインクで締める。


 その光景を見ていた一騎は、律にも聴こえてくる程の大きな溜め息をついた。

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