第39話 調査
「ほら出た、ビンゴだ」
急峻な山の麓に広がる氷に覆われた都市に向けて、崖とも言えるような山を降っていく。
:うおおおおおおお!?
:ええええええ!?
:なんでわかったの!? てか氷すげえ!?
:またファンタジーキタコレ!!! これが見たくてジョンの配信見てるまである!
:すっげえ……てかなんで山中に?
:雪降ってるわけでも無いのになんで?
:人がいる完全な証拠じゃんこれ
「それなんよ。現実で氷漬けのものがある場所って、普通に寒くて雪が降ったりするような気温の低い場所だろ? けど魔法とか魔力が存在するこっちの世界だと……熱い砂漠の真ん中とか熱帯のジャングルの中にあんなのがあってもおかしくない。だからこそ探索のしがいがあるんよな」
実際以前確認した範囲でも、これほどに完全に凍りついてはいなかったが、砂漠の隣に寒冷地対ほどに寒いエリアとその中心付近に存在する集落のようなものを見つけたこともある。
その集落が祀っていた何かが、その冷気の源のようだった。
物理法則と一緒にそれを無視するような魔力や魔法が存在しているからこそ、地上では信じられないようなことが平気で起こるし存在する。
だからこそ、地上の自然の中を歩くよりも更に探索のしがいがある。
でもいつか地上でもエベレストとかチベット高原とかの山岳地には行ってみたい。
さておき。
ロボと連れ立って降っていくほどに、感じられる冷気が強くなっていく。
とはいえ体の芯から凍りつくと言うほどのものではなく、せいぜいが氷点下程度のものだ。
となるとこれはただ寒くて町が氷に覆われているのではなく、氷に覆われるべくして氷に覆われているのかもしれない。
というかそもそも、氷柱が生える、霜が降りる、ある水が凍るなら理解出来る。
だが町そのもの、全ての建物含めて氷の下に覆われているって一体どういうことだ?
カツン
そんな音を立てて、山の麓まで降っていった俺とロボの足が、街を覆う巨大な氷の台地の上につく。
「……うん、ただ寒いとかじゃない。この街自体を守るみたいに氷が覆ってるな」
遠目から見た状態でも確認できていたが、街の地面の上に氷がある、とかじゃなく、街そのものが氷の塊の中に閉じ込められたように、建物の屋根の高さまでひとかたまりの氷によって覆われている。
ちょっとイメージは違うが、スノードームみたいに中に閉じ込められている、というのをイメージしてもらうとわかりやすいかもしれない。
:どゆこと?
:氷柱とか霜があるとかじゃなくて氷の中に街があるってことね
:ああー確かになんで?
:氷に覆われるって文字通りなんだな
:寒くて雪が積もってるとかじゃまったくないんだな
:一体なんなんだそこ……ファンタジーが過ぎるぞ、ダンジョンの先の世界
そんなことは百も承知である。
魔法があり魔力があり、それら特殊なエネルギーが物理法則の隣に法則を敷いている世界だ
こんな世界なら、常識が通じないことなんて山のように存在する。
なんなら島が空に飛び出すような世界だぞ。
街が氷に覆われているぐらい……まあ流石にちょっと驚いたというか未知の現象すぎてびっくりはしているけど。
「ちょっとしばらく見て回ってみるわ」
まずは何をおいても調査である。
見て回って、どんな状況にあるのか、何かこの状況の原因になるものが存在しないのか、この氷はどこまで続いているのか。
そんなことを調べていかなければ話は始まらない。
:あちこちから撮って
:こっちでも分析できるだけしたいからよろしく
:映像の価値だけでとんでもないぞ
:研究者とか垂涎、か?
:未知が大好きな人にはたまらんでしょ。
:氷に覆われてるって何年前からなんかね
確かに、氷の層から年月をはかることが出来ると聞いたことがある。
南極の地下の氷には、今もなお数千年、あるいはそれ以上前の細菌が氷とともに眠っている、とも。
「そんな感じで調べてみてほしいこと出来るだけあげて欲しい。俺だけじゃ気付かないこともあるから」
:よし任せろ
:後々で良いからやっぱり氷砕いてほしいな
:端っこで良いので火で炙ってそもそも溶けるのかどうか見たい
:確かにファンタジーだと氷って封印とかで溶けないイメージあるな
:そもそも砕けるのかこれ
「そういう破壊系は全部後な後。サンプルとったり実験すんのも、出来る限り全体を記録してからにしたい」
それこそ、俺以外の人間がこのダンジョン世界に来ていれば、ここの調査だって俺の専売特許ではなくなっていたかもしれない。
あるいは、もっと大勢の探索者や研究者達によって、多くの記録が取られてから踏み込まれていたかもしれない。
そう考えると、今現在俺が一人で、この一度変えてしまうと取り返しのつかなそうな都市を
調査しているのは許されないことなんじゃないだろうか、みたいな気持ちになってくる。
本当はもっと大勢で、綿密な調査を行ったうえで踏み込むべき場所なんじゃないか、みたいな。
でも残念ながら俺は好奇心の塊なので。
そんな遠慮なんてなく、この氷に覆われた都市の秘密を、俺自身の手によって解き明かしたい。
未知なる大自然を行く冒険に対するのと同じぐらい、このファンタジーを解き明かしたいという思いが強いのだ。
ひとまず街の端、すなわち氷に覆われたエリアの端まで歩いて移動してみる。
足元にある氷は確かに氷のようで、その上を歩いてみてもなんら違和感はない。
いやまあ氷の上を歩く経験事態が無いが、硬い地面を歩いている、という感覚は石の上だって一緒だ。
強いて言うならば、氷の表面が綺麗過ぎることぐらいか。
何かがぶつかってけずれたような後や、溶けて固まって揺らいだような跡が無い。
「氷が相当しっかりしてるかも。結構硬いブーツだと思うけど削れないし跡もつかん。多分ロボの足跡も一緒だ」
『ア゛ウッ?』
ロボが不思議そうにこちらを見てくるのを無視して、その歩いてきた足跡があるべき場所を見る。
足に甲冑すら容易く切り裂く爪を備えるロボの足跡だ。
普段から地面をえぐるような歩き方はしないとはいえ、地面に引っ掻いたような跡が残らないのは不自然、のはずだ。
いくら狩猟種族のロボでも、普段から完全に足跡を残さないようなことはないのは俺が良く知っている。
「……うん、やっぱりロボの足跡も残らない。氷が妙に硬いな。普通の氷じゃあこうはならん。なあ、氷ってどうやって固まったら頑丈になるとかある?」
:ジョンの足跡はともかくロボの爪の跡すらつかないのは異常だな
:普通の氷じゃないってことか
:取り敢えず氷は温度が下がるほど固くなるよ。0度だとモース硬度1.5だけど-70度とかになるとモース硬度6とかまで上がるらしい
:モース硬度ってなんぞ
:物質の硬さの単位
:一応氷も水の粒子で形成されていることに代わりはないので、結晶の出来方によって硬さというか削れやすさとかは違うらしい。
それこそ氷河みたいな大規模な凍り方をした氷は結晶が均一だからやたら硬いらしい
って今論文流し読みしてきた
なるほど、氷の出来方か。
確かにこのまちを覆う氷の形成のされ方、生半可な形成方法では無さそうである。
そのあたりも、後々どこかから調べられると良いのだが、やはり専門家の知識が無いと厳しいか。
「皆ありがとな。色々参考になった。取り敢えず調査を続けることにする」
:お、おう
:こういうときこそ集合知の力よ
:ゴミがたくさん集まってもゴミなんだよなあ
:ジョンってさらっとお礼言うから質悪いよな。あの面でお礼言われたら照れるわ
:普通にイケメンな顔してるからなあ
何か俺の容姿についての話をしているが、そっちは興味がないので無視しておく。
まあ褒めてくれているならその賞賛はありがたく貰うだけは貰っておくが。
取り敢えず今視聴者たちがくれた情報を頭の片隅に残しつつ、氷が途切れている街の端までやってきた。
「山の間に出来た谷間に張り付く感じで都市が出来てるのかここは」
谷間、というわけではないが、傾斜の急な山が四方を囲む中に形成されている都市。
その都市の端は、居住面積が足りなくなっていたのか、山の傾斜が厳しくなっている位置までみっしりと建築物が詰まっていた。
「ここが端か。完全に山に入り込んでるな。そんで氷には傾斜があった。周囲の屋根を基準にして高度が決まっているのか?」
一番端の、山の斜面を削るようにして建てられた建築物のあたりまで移動してきた。
位置としては他の家から少し離れているが、構造自体はこの建物も普通の家のように見える。
おそらく家を建てる面積が足りなくなって徐々に街の面積を広めようとしていたのだろう。
:良く見てるなジョン
:確かに氷に傾斜があるのか。
:標高の低い建物と高い建物をまとめて覆えなかったのかな
:氷の面積は最低限って感じなのかな
「氷が山の中に入り込んでんな。上だけじゃなくて下まで完全に囲ってる感じか?」
軽く氷が入り込んでいる山の斜面を掘ってみる。
すると案の定地面の下まで氷が続いており、ある程度のところで途切れた。
隣の家と見比べてみればわかるが、おそらく家の基礎まで完全に覆っている、という形になるのだろうか。
「こう、上におおいかぶさってるだけじゃなくて、本当に氷の中に街が丸ごと閉じ込められてるかんじがする。そんでその氷がこの山の中にめり込む形で置かれてるような感じで。最初からある山の上に氷を張ったっていう感じじゃない」
そこでふと気づく。
「これ……山が出来て土が積もるほど長い間凍ってんのか?」
:あーなるほど?
:確かにそれはありえるのか
:山の中、地面の下まで入ってるってなると、氷が入り込んだってよりは氷で覆われた後に土が積もった、のほうがわかりやすいもんな
急にこの都市が長い歴史を持つ可能性が浮上してきた。
その可能性を考えつつ、俺は更に調査を続行するのだった。
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