第3章 氷の街の女王

第33話 旅は準備から始まってると言いますし

 意味深なことを言ってから配信を終わらせた翌日。

 とはいえ別に俺が活動を自粛するわけでもないので、今日もまた配信を開始して今日の活動を始める。


「最初に説明しとくけど、今日は特に何か大事なものを説明するとかそういうのは無い感じだから、適当に見てってね」


 まずは配信を始めてすぐに一言断っておく。

 なんか凄い勢いでコメントと視聴者が増えていた気がするけど、取り敢えず一旦無視しておくことにする。


 先日みたいに世界樹を見に行くとかそういう絵面的にもイベントごとがあるときにはちゃんと説明をしようと思うが、毎日配信で話していてもネタ切れになってしまうので適当に手を抜くことにした。

 だから今日は特に配信に説明することなくやろうと思ったことをやっていく。


 さて、先日も配信でも言ったと思うが、俺はこのダンジョンの先の世界において基本的に旅と探索をしながら生活をしている。

 どこかに旅に行っては戻ってきて、そしてまた旅に出ては戻ってくる。


 このダンジョンからの出口に建てた拠点にいるのは旅と旅の間の僅かな期間のみである。

 そして資料や荷物の整理が終わったらまた旅に出るというのが日常だ。

 それだけ旅が好きなのにわざわざここに戻ってきているのは、ここに荷物を集めているからとかまとめた資料やメモを保管したいからとかではない。


 一度この拠点から出て変に歩き回ってしまうと、戻ってこれなくなる可能性があるからだ。

 というのも俺は、こっちの世界において羅針盤や地図と言った場所を特定するための手段を持っていないのである。

 コンパスは地上のものが使える、つまりは磁力がちゃんとあるようだが、地図がない以上それ1つあったところでこの拠点を特定出来るものではないし、地域によってはコンパスが死んでぐるぐる回り始めたりする場所もある。


 そのため旅に出る際は、毎回特定の方角にある程度まっすぐ行ってはそのまま戻ってきたりするような不自由なルートで旅をしているのである。


「こればっかりはなあ……」


 1人で歩いて地図を書けるような狭い範囲ならまだしも、5年以上この世界で旅をしていれば手書きの地図でも帰ってこれるような距離の場所にはだいたい行ってしまっている。

 それよりも遠く、行くだけで何日もかかるような場所で自由に旅をしてみたいと思っているが、なかなかうまく行かないのが現状である。


「地図もなあ……精度が当てにならんし」


 今現在俺が持っている地図は、方角や位置関係が曖昧ながらも遠くの地形なども記録した大雑把な地図と、徒歩で1日圏内だったり拠点から特定の方角に直進した時にある地形を記録した場所が比較的特定できる地図の二種類だ。


 前者は完全にこの世界にどんな場所があるのかの記録程度にしか役立たないから置いておくとして、後者を使えば最低限、拠点から徒歩2,3日のところまで来れればそこにある地形から拠点の場所を割り出すことが出来る。

 出来るが──


「……いや、折角だし行ってみるか」


 万が一拠点を見失うようなことがあると困ると考えてこれまでは自粛してきたが、拠点に戻ってこれないと絶対的に困るというわけでもないし、物資をいつもより多めに持ってちょっと長めの旅に出てみることにしようか。

 

 安定択というわけではないが、ある程度迷子にならないように配慮して冒険をしてきた。

 それでも目新しいうちは良かったが、取り敢えずその方法で、特定の方角に直線的に進む形で行ける場所にはおおよそ行ってしまったように思う。


 となれば、今度はもう一歩踏み出してみることにしよう。

 好き勝手に、自由にやりたいからこそダンジョンに降りてきたのだ。 

 自分の理性で心を縛ってどうしようというのか。


「となればまずは準備か」


 さあどっちの方角に行ってみようか。

 以前は遠目に見つつも寄り道をしないように行動していたために見逃してきたものが多くある。

 やっぱり俺は大自然が好きなので、遠くに巨峰が見えたりするとそれだけでテンションが上がるのだ。

 あるいは渡った大峡谷がどこまで続いているのかとか。

 高台から見下ろした大地の先に何があるのかとか。


 これからはそういうのを見送らずに、思い切ってそっちに進んでみようと思う。

 元々地球の方ですら大自然に憧れた身だ。

 ファンタジー感満載のここならなおのことである。


 そうなると色々と準備が必要である。


「まずは……どのくらいの期間旅するか、かねえ」


 ノートを開いてメモを取りながら考える。

 必要な物資とか下手に脳みそだけで考えていると足りなかったり忘れてたりする。

 新しいものは見たいが、同時に命を大事に冒険をしていきたい。

 だからこそ旅に必要な物資はちゃんと確認しておくのだ。

 俺の使っている収納魔法具は便利な分容量が小さめ(深淵比)なので全てを持ち運べるわけでもないし。


 期間としては、1つのエリアを長々と探索しない方向で考えた上で数ヶ月……3ヶ月以上は見ておきたい。

 つまり色んな場所を見学する、ぐらいの気持ちだ。

 

 基本的に俺の旅は徒歩、それも地上の探索者でない一般人とそこまで変わらないぐらいか少し速いぐらいの遅さで歩く。

 地上で東京大阪間が10日から2週間ぐらいだったと思うので、それよりも遥か長く歩きたいということで数ヶ月は見ておきたいのだ。


 いやまあ極端な話をすれば年単位でも全然構わないんだけど。

 でもある程度あちこち動けるように長くても半年が限度かなと思うのだ。

 となると計画段階では3ヶ月から4ヶ月ぐらいを見込んでおくのがちょうどいいだろう。


「まず飯だよな、後は武器もちょっと奮発して、ポーションはいつも持ってるし……ああ服も多めに用意しといた方が良いか」


 特に暑いエリアならともかく極寒のエリアは俺でも専用の装備が無いときつい。

 俺の使える魔法陣を利用した魔法では、継続的に効果を発揮し続ける魔法は魔力の消費が少しばかり激しいのだ。

 一日二日ならなんとも無いが、月単位となると少し厳しい。


 それに何より風情がない。

 やっぱりこれに尽きる。


 どこの誰が極寒の氷と雪に覆われた山を半袖半ズボンで歩くというのか。

 そんなのは全く持って風情が無い。


 あいにく冬用装備はあまり防御力が高いものを用意できていないが、旅をするだけならば暖かければそれで良いし、最悪防御力の高い装備の上に重ね着すれば良い。

 というか極寒のエリアは装備も制限されるしそもそも人間が戦闘出来る環境に無いんだよな。

 金属製の武器だってろくに扱えなくなるし。


 そうなると今回は剣だけじゃなくて槍も持ってくべきだ。

 以前使った極寒用の装備も整備して。

 折角なら暖かいところのモンスターの毛皮とかで防具を作ったりもしたいものだ。

 今使っている防寒着は現代のダウンジャケットだが、本当に極寒地帯で使われていたような毛皮のコートなんかはダウンジャケットより遥かに暖かいらしいし。


「後はスパイス多めに持ってくか」


 そう言えば以前雪山で唐辛子もどきを入手した覚えが──


「って寒いところのことばっかり考えてるな」


 危ない危ない。

 つい一つのことを思いつくとそれに思考が集中してしまう。

 極寒地帯は次の冒険で色んなところに行く過程での一つの可能性であって、全てではない。

 他にも砂漠や熱帯を引き当てる可能性だってあるのだ。


 ちなみにこのダンジョンの先の世界の気候区分は正直良くわからないことになってる、というか多分なんか魔力が悪さをしているっぽいので、地上での知識は全くあてにならないように思う。


 取り敢えず、どんなところに行っても大丈夫なぐらいの備えをしていこう。 

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