第12話 地上に向かって
加速を開始したロボは、わずか2秒ほどで巡航速度に到達する。
「う、ぐぅぅぅ!」
「お、もっ……!」
急加速のGによって上体がのけぞりそうになる2人を、かなた嬢の背中を支えることで前傾姿勢のまま抑える。
「ほら、頑張って踏ん張れよ」
「は、はやっ、うぐぅ!」
「む、むりぃ、です……!」
「舌噛むぞ」
直線方向への加速だけでなく、上の層に繋がる道、あるいは魔法陣めがけて自分なりのルートで駆け抜けるロボは、跳んだり曲がったり、とんでもない挙動を激しく繰り返しながら進んでいく。そのために常に様々な方向からGがかかり、2人はすでに息も絶え絶えな様子だ。
「まあ振り落とさんようにするから、っと」
急加速や急旋回で2人の体が後ろ、あるいは横に飛びそうになるときには俺の体と腕で抑え込み、急停止で前に飛びそうになるときには茜嬢の腹に引っ掛けてある手綱を引いて引き止める。『ぐえぇ』なんてアイドル系配信者の出してはいけないような声が聞こえる気がするが、まあ死にはしない。
『バウッ』
「あいあい」
2人を支えつつ二層ほど物理的に突き進んで、次の層への移動は魔法陣である場所まで来た。
その上の階に繋がる魔法陣の前、そこに数匹のモンスターが屯してこちらに敵意を向けているのが見える。大概のモンスターはロボの最高速度に反応できないか、反応できても避けるのだが、ゴーレムやウッドパペット、オートマトンなどの無機物系のモンスターは人間の反応に敵意を見せるようで、逃げずに邪魔をしてくるのである。
そして、そういうのに対応するのは俺の役割だ。
意識して流した魔力が、収納魔法具のリングとは反対の腕に巻いたブレスレットに流れ込む。そして起動したブレスレットが魔力を燃料に、俺の右手側に半透明のナイフを数本、出現させる。
まだ実体化していないナイフは風を受けて後ろに吹っ飛んでいくようなことはなく、俺が柄を掴むと、掴んだナイフだけが実体化する。
「シッ……!」
左手で手綱を掴みつつ、右手で半透明のナイフを掴んでは投げ、そしてすぐに腕を引き戻して再度掴んで実体化、そして投擲。
わずかな間もなく投げきったナイフは、全て3メートルはある人型のゴーレムのボディを貫通してコアに突き刺さり破壊する。
そして崩れ落ちるゴーレムの間を駆け抜けたロボは、魔法陣の上に急ブレーキをかけるように横滑りしながら止まる。
「はっ、はあ……はあ……」
「き、っつ……」
一時的に負荷がゼロになった2人が、息を大きく乱し、体を弛緩させながら酸素を取り込もうとする。
その下で魔法陣が起動して、ロボに乗った俺たちは1つ上の層へと転移した。
「よし行けロボ」
「ちょ、まっ」
「う、嘘でっ」
2人の言葉を言い切らせることなくロボが再度走り始める。
ロボの最高速に慣れている俺は、再びGで口を塞がれ苦しげに呻く2人を支えつつ、予定通りに進まなそうな事実に大きくため息を吐くのだった。
******
最終的には二人の上体どころか足からも力が抜けて体が浮き始めたので、流石に危険だと判断してロボの足を止めた。移動できたのはわずかに4層程度、時間にして2時間ほどである。
「……根性ないな」
「はっ、はっ、無理、言うな、や……はぁっはぁっ」
「ちょっ、と、はや、すぎ……」
適当なところでロボの足を止めさせて2人を下ろすと、互いに繋がったロープを解く気力もなく、硬い地面の上に寝転がってしまった。
“うわあ……地獄絵図ですね”
今夜はここで野営することにしたのでドローンは再度展開し、適当に浮かべている。
「いっつもなんだけどなあ」
コメント欄にそう返しつつ、モンスター除けの魔法陣を今いる場所を囲うように設置していると、何やらコメント欄が騒がしくなってきた。
“ここやだー! 見つけたー!”
“ジョン・ドゥさんの配信はここですか?”
“女の子をグロッキーにしたとんでも配信者はここですか!?”
“配信、するなら、宣伝してくれよ!”
見ているうちに、視聴者がどっと。と言っても10人程度だが流れ込んできた。
「何事何事!?」
“さっき雨宮さんの配信でジョンさんが配信してるのが流れたので”
“頑張って探した! いや登録者2人はほんとに見つからん!”
“どういう趣旨の配信してるんですか?”
どうやら何かで俺の配信を見つけたらしい。まあ名前はそのままジョン・ドゥだしな。
「ん? それにしては少なくないか? もうちょっと来るかと思ったけど」
宣伝をしていなかったのでボッチの視聴者君しかいなかったが、情報が出回ればそれなりの数が来るんじゃないだろうか、と嫌な予想をしていただけに少し拍子抜けした。
“同じスレのメンバーだけしか知らない”
“チャンネル見つけたけど、そういうの広められるの嫌いそうだったから広めてない”
“配信やめられるのが一番困るので!”
どうやら、初めてかなた嬢の配信に映ったときにキレて見せたのはことのほか効いているらしい。
「そういうことね。まあじゃあしばらくそれで。良かったねボッチくん友達できて」
“だからボッチじゃないってあれほど……!”
“たった一人の視聴者に辛辣なの笑う”
「配信の趣旨は、今回はランダム転移のトラップの解説しつつ実演のつもりだったんだけどな。こんな状況になったので垂れ流し中」
“まじか!”
“見返してくる”
“攻略情報流してくってことですか?”
「いや全然。今回は下に戻るついで。普段はきれいな景色とかそういうのを記録していけたらなと」
新しい客人達と話しているうちに、息を乱していた2人もなんとか回復したようで起き上がってきた。
「それは……何をやってるんですか?」
「魔除けの魔法陣。モンスターが少ないところで適当に撒いておけば、一晩ぐらいなら接敵せずにすむよ」
「魔除け……? 結界ですか?」
「いや、モンスターが相当嫌がるだけ。だから敵意マックスだったり超好戦的な相手は普通に突破してくる」
野営場所を囲う結界を設置できないわけでもないが消耗が大きく違う。魔除けがモンスターを自発的に遠ざけているのに対して、結界は魔力でモンスターを食い止めるのでモンスターに集まられると消耗が加速度的に増加するのだ。
「ジョンさんのスキルですか?」
「いや、技術だな」
ダンジョンでスキルというと、ダンジョンに始めて入った際に発現するゲーム的なスキルか、探索の経験で後天的に獲得するこれまたゲームのようにちゃんと名前のあるスキルを指す。例えば俺の『分身(劣化)』がそうだ。
俺のこれは知識による技術なのでスキルには当てはまらない。
「技術……」
「ジョンさん、今日はここで野営するんか?」
「そだな。これ以上は進めんだろうし」
「ごめんなさい」
「ごめん、っていやでもあれはいくらなんでも速すぎやて」
「私も、ちょっとあの速度と負荷だと厳しいです」
申し訳なさそうにしながらも、明確に無理だと言う2人。今日のロボに乗っての移動を思い出せば、怖い、とかいった感情ではなく身体能力的な問題で2人には厳しかったのがよくわかった。
「まあ、明日からは考えるけど……あんまり遅くすると今度はモンスターに絡まれるからな」
「う……頑張ります……」
「今日の速度やと今の移動ぐらいが限界や。速度半分は駄目か? 今日の半分でも絡めるモンスターがおるようには思えんのやけど。めっちゃ速かったやろ?」
「ここから上にはいない、と良いけどなあ」
正直なんとも言えない。この上の層を覚えてないからだ。
「まあどうにかするよ。心配すんな」
不安そうにする二人に、立ち上がって振り返り、かなた嬢の頭をポンポンと叩く。
“ナチュラルに頭撫でたぞ”
“やっぱ垂らしだってこの人”
(あ、やべ、子供相手の気が)
コメント欄を見て、茜嬢に伸ばしていた手を引っ込める。
「すまん、つい従妹相手にしてたときの癖が出た」
「い、いえ、大丈夫です」
子供相手にするようになんとなく手が出てしまったと焦るが、幸いそこまで嫌だと思っていなかったようで恥ずかしげにしながらも許してくれた。駄目だな。久しぶりに人と関わったために、関係のない相手に対する距離感がよくわからなくなっている。しかし、不安に思っているだろう相手だと考えると距離感を離しすぎるのもよろしくないと思うのだ。
「うちらに出来ることあったらなんでも言ってくれ。出来ることも全部あんさん頼りは申し訳ないわ」
「わ、わたしも出来ることはするので! テントとか張るなら任せてください!」
俺はダンジョンの野営ではテントを基本的には張らない。が、よく考えれば2人は女性であり、異性と同じ場で寝るのは休めない可能性がある。ここで何も頼まないのも2人の精神衛生上よろしくないだろうし、いくつか作業を頼んでおこう。
「あー、じゃあこのテント、2人が寝るためのやつと……これ使って焚き火作っといてくれないか?」
少人数用の小さなテントと、カモフラージュで持ってきたマジックバッグから予備で持ち歩いている薪を数本だして2人に渡す。
「テントは1つでええんか?」
「俺はテント使わない派だから。けど異性がいる環境だとな……そういうわけで、2人で使って」
「……おおきに。ありがたく使わせてもらうわ」
1つしかないテントに訝しげにしていたが、説明したら受け取ってくれた。一方かなた嬢は、俺が地面に置いたいくつかの薪の束を見ている。確か以前地上で調べて際に見た動画だと、地上から入る探索者は普通に小型のガスボンベや、魔石を使った燃焼用の魔法具などを使っていたので、あまり薪というものに慣れていないのだろう。
「焚き火ですか?」
「料理に使うからな。俺はその間に魔除け敷いてくるから」
「料理するんか? ならウチに任せとき。料理は得意なんや。あ、それとその様子動画に撮ってもええか?」
「料理中ぐらいは気にせんよ。じゃあ料理も任せる。多分ロボがそろそろなんか獲ってくると思──」
う、と言い切る前に、ロボが曲がり角の向こうから顔を出した。層の最奥の奥まった位置にいるので、すぐ近くにはモンスターがおらず時間がかかったのだろう。
『バウッ!』
「あれもよろしく」
「わかったで! まずは解体や! かなっち行くで!」
「あ、うん!」
ロボが獲って来たのは鹿型のモンスター。サイズは上層のウルフなんかよりは大きいが、サラブレッドほどには大きくない。
流石に2人とも優秀な探索者だけあって、モンスターの解体には慣れているようだ。
「ジョンさん! これどう料理するんですか!?」
「任せる! 串でもフライパンでもあるからいるなら言って!」
「わかりました!」
離れてきた場所から叫んできたかなた嬢も、すぐにモンスターの解体に戻っていく。2人が作業に入っている間に、俺も魔除けを撒き切ってしまうことにした。
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