第55話 遥かに遠い背中【ソフィア視点】

 透き通るような純白の長髪が特徴的な少女ソフィア・フォン・ソルスティア。


 彼女は現在、ある目的を持ってレンフォード領にやってきていた。


 その目的とはずばり、クラウスが【冥府の大樹林】をどう統治するか、隣で観察し学ぶというもの。

 この任務を父である国王アルデンから提案された時、彼女は二つ返事で頷いた。


「クラウス様の隣にいられるこの機会を、逃すわけにはいきません!」


 意気込むソフィア。

 とはいえ当然、ただ学ぶだけで終わらせるつもりはない。

 であれば、クラウスを支えることもできるはず――そうソフィアは考えていた。




「騙されたぁぁぁあああああ!!!」




 そうして迎えた、【冥府の大樹林】の統治初日。

 なぜか驚愕の声を上げるクラウスを不思議に思いながら、ソフィアは改めてアルデンから伝えられた内容を思い出していた。


 アルデンは言っていた。

 そもそもクラウスに【冥府の大樹林】が与えられることになったきっかけは、彼が魔王軍幹部を討伐した褒美にその地を望んだからだ。


 しかしソフィアも知っての通り、ここは過去数百年にわたって、開拓に失敗し続けた未開の地。

 クラウスの実力であっても、さすがに人々が暮らせる大地に戻すのは難しい。

 そこでアルデンと側近のウィンダムは、クラウスの真の目的がマルコヴァール辺境伯の監視にあると睨んでいた。


 だが、それを聞いたソフィアは「いや」と首を振った。


(いいえ――に、不可能などあるはずがございません!)

 

 確かにアルデンの言う通り、開拓の難易度は高い。

 クラウスであろうと苦労するのは間違いないだろう。

 しかし、彼と自分に与えられた数か月の時間を最大限に活用すれば、その活路も見出せるはず。

 その過程において、自分は全力でクラウスを支えてみせる――そうソフィアは意気込んでいた。


 だが、ソフィアはまだ完全には分かっていなかった。

 自分が将来を共に過ごすであろう(?)相手が、どれほどの傑物であるかを。


 そしてやってきた、今日この瞬間。

 まずは土壌の調査でも始めるのだろうかと、ソフィアが考えていた直後だった。



「ソフィア。ここが俺の領土になったということは、何をしてもいいんだな?」


「え? は、はい。当然、基本的な統治方針はクラウス様に委ねられますが……」


「そうか。それを聞いて安心したぞ」



 突然の問いに、ソフィアは困惑しながら頷く。

 するとクラウスは、突如として意気揚々と魔力を練り始めた。



「ク、クラウス様? どうして突然、魔力を練り始めて……」


「レンフォード卿!? この魔力は――」


「なんて魔力の圧だ! 俺たち程度じゃ抗おうにも押し返されちまう!」



 その魔力の圧は、明らかに調査用魔術のそれとは比べ物にならなかった。

 まるで全力の魔術によって、この大地を破壊しようとしているかのようだ。


 しかし、それは愚策。

 かつてこの地を開拓しようとした者の多くが、同じ手段を用いて失敗したという結果が残されている。


(さすがのクラウス様であっても、これはさすがに無茶――)


 思わず制止しようとするソフィアだが、すぐに彼女は口を閉ざした。

 目の前にいる少年が浮かべる真剣な横顔に、目を奪われてしまったからだ。

 そう。それはまるで、かつて彼が自分に指輪をプレゼントした時、向けてくれたものと同じ――


「全員、後ろに下がっていろ。


「クラウス様、いったい何を――」


 ――ソフィアが尋ねるより早く、クラウスはそれを唱えた。



「【過剰連撃オーバードライブ炸裂するプロミネンス・爆炎バースト】」



 刹那、クラウスの手から放たれるは炎の奔流。

 それが地面に接触した瞬間、大爆発を起こし一帯を焼け野原へと変えてみせた。


「きゃあっ!」


「なっ! なんて威力だ!?」


 魔王軍幹部を倒したその実力に見合う、圧倒的な火力。

 だが、これだけでは意味がないことをソフィアは知っていた。


(大樹林が持つ最大の特徴は、その圧倒的な魔力量。いくら草木を燃やしたところで、すぐに周辺一帯から魔力を吸収し再生されるはず。この程度では、その場しのぎにしかなりません!)


 冷静に分析するソフィア。

 そんな彼女が真に驚愕するのは、その直後のことだった。


 クラウスが放った、炎の奔流の着弾点。

 そこにはまだ魔力の塊が残っており――突如として怒涛の連続爆破を引き起こしたのだ。


 その結果、わずか五分後。

 今度こそ辺り一面は、魔力の痕跡一つ残さない焦土に変貌していた。



「「「……………………(ぽかーん)」」」



 思わず、呆然と立ち尽くすことしかできないソフィアたち。

 そんな中、いち早く我に返ったソフィアは、自分の過ちを悟る。


(私はいったい、何を勘違いしていたのでしょう。過去には誰も成功しなかったから、今回も失敗する……そんな常識が、クラウス様に通じるはずがありませんでした!)


 現実を思い知らされた今なら、そう思ってしまった理由が分かる。

 今回の任務を聞いた時、ソフィアはその難易度の高さから、さすがのクラウスであっても苦労する――つまり、自分が力を貸せるシチュエーションがやってくると思ってしまった。

 彼の支えになりたいという思いが先走り、現実が見えていなかったのだ。


(これではいけません。クラウス様の伴侶たるもの、しかと彼の実力を見抜けなければなりません!)


 その点でいえば、彼の従者であるマリーの方が、全てを分かっていたかのような落ち着きを見せている。

 そんな彼女に抱くわずかな嫉妬心。王女たる自分が、この程度のことで動揺していてはならない。


 深呼吸するソフィア。

 そんな彼女に向かって、ひとしきり笑いきったクラウスが語りかけてくる


「どうだ、ソフィア。お前たちでは俺を測ることなどできないと理解できたか?」


「……はい、クラウス様。私はまた一から、精進する所存です!」


「? そ、そうか。それならいい」


 想定していなかった答えに、「何を言っているんだコイツは?」と怪訝な表情を浮かべるクラウス。

 だが盲目な恋する少女ソフィアでは、クラウスのその様子に気付くことができなかった。


 その代わり、彼女は心の中で新たな目標を立てる。

 大樹林を開拓する過程で、クラウスの支えになるという当初の目的は破綻した。

 しかし、そんなことで諦める自分ではない。



(今はまだ、その背中は遥か遠く……それでも私は絶対に諦めません! 共に過ごす日々の中で、ほんのわずかでも貴方に追いついてみせます!)



 かくして、【冥府の大樹林】での日々が始まるのだった。

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