第44話 13の秘技【エレノア視点】
四天王ゲートリンクを無事に退けた翌日。
エレノア・コバルトリーフは、自室にて目を覚ました。
エレノアは学園生であるため普段は寮暮らしだが、昨日に限っては戦闘による疲労を癒すため自宅へ帰ってきていたのだ。
起き上がった彼女は、ゆっくりと体の調子を確かめていく。
すると鈍い痛みが襲い掛かってきた。
「くっ……やはり、最終奥義を使用した反動がまだ残っているようだな」
ブラゼクとの戦闘時、エレノアは一瞬だけとはいえ理想の剣技を振るうことができた。
その代償と考えれば、この程度なら安いものだろう。
その上で彼女は、ある青年のことを思い出していた。
「それにしても、クラウスくんは本当にすごいな。この最終奥義を放って以降も、問題なく動き続けていたとは……」
それどころか、他の最終奥義も連続で使用する始末。
彼に追いつくにはまだまだ努力が足りないらしい。
そんなことを考えていると、ふとお腹が空いていることに気付いた。
エレノアは自室を出て、食堂に向かうのだった。
食堂にやってきたエレノアの前には、予想外の人物が座っていた。
「起きたか、エレノア」
「父上……」
その人物はエレノアの父であると同時に、王国騎士団・団長を務めるアルト・コバルトリーフだった。
アルトがここにいることに驚きながらも、エレノアは問いかける。
「任務から戻ってきていたのですね」
「ああ。私たちがいない間に四天王が攻めてきたらしいな。その際、お前も事態の解決に尽力したと聞いたぞ」
「現地にはいましたが、私にできたのは暴走するブラゼク伯爵を止めるところまでです。四天王自体を倒したのは他の人物ですから」
「そうか……」
エレノアの返答を聞いたアルトは何かを考え込むような素振りを見せた後、ゆっくりと立ち上がる。
先に来ていた彼は、既に食事を終えていたようだ。
そんなアルトは去り際、エレノアに向かって告げた。
「お前に渡したいものがある。昼食を取り終えたら、私の書斎に来るように」
「? はい、わかりました」
疑問に思いながらも、エレノアはこくりと頷くのだった。
◇◇◇
三人前の食事を摂った後、エレノアは言いつけ通り父の書斎に向かう。
中に入ると、そこではアルトが一冊の書物を手に待っていた。
「父上、渡したいものとはここにあるのですか?」
「ああ、これだ」
アルトから書物を受け取ったエレノアは、それが何であるかを知り驚愕に目を見開いた。
「これは……! コバルトリーフ流剣術の【秘伝書】ですか!?」
それは来るべき時が来れば、アルトからエレノアに渡すと言われていた秘伝書だった。
しかしなぜこのタイミングなのかが分からず、エレノアは慌てて問いかける。
するとアルトはまっすぐな眼差しで答えた。
「昨日の顛末に関する報告は聞かせてもらった。ブラゼク卿を倒した際、使ったのだろう? 我が流派の最終奥義――【
「――っ、ご存じだったのですね」
「ああ。それを聞いたとき、私は秘伝書を渡そうと決めた。中を見てみろ」
「は、はい」
戸惑いながらも、エレノアは秘伝書のページをめくる。
以前父から聞いた話では、秘伝書には最終奥義の名称と型、そして習得方法が書かれているとのことだ。
名前だけとはいえ、【
だからこそクラウスが使用していた時にも気付けたのである。
これからは正式に、秘伝書を用いて奥義を学ぶことができる。
そのこと感動しながら中身を呼んだエレノアは、わずかに眉をひそめた。
「これは……」
そこには確かに、最終奥義の名称やその由来が幾つも載っている。
しかし、型や習得方法については一切記載されていなかった。
その代わり、
『この秘技を覚えたければまずこのダンジョンを攻略しろ』だとか、
『この山脈の頂上にある小屋にやってこい』だとか、
技とは直接関係のない指示が幾つも書かれていた。
エレノアが疑問を抱くことは想定済みだったかのように、アルトは告げる。
「予想していたものと違ったか?」
「はい、これだけではとても習得できそうにないですが……」
「その理由について語るには、まずコバルトリーフ流の始まりについて知ってもらう必要がある」
そう前置きした後、アルトは説明を始めた。
かつて、コバルトリーフ流剣術の初代には12人の弟子がいた。
初代は12人それぞれに合った秘技を伝授する。
そして言った。『その秘技を自らの手で鍛え上げ、私の奥義を超える技を生み出してみせろ』と。
弟子たちはそれぞれ研鑽を続け、初代の晩年にそれぞれの秘技を持ち寄った。
その際に作られたのがこの秘伝書。
秘伝書には技の内容ではなく、技を手に入れるためにそれぞれが行った修行の内容が記載されることとなった。
そこまでを聞いたエレノアは、納得したように頷く。
「なるほど。だから具体的な型ではなく、数々の試練が載ってあるのですね。しかし弟子の数が12人なのに対して、最終奥義は13個あるとのことですが――」
「残る一つは初代様のみが使えたとのことだ。その技の名こそ――【
「っ!」
「どこで学んだのかは分からんが、それを習得したお前になら秘伝書を渡しても良いと判断した。ここに載ってある試練はどれも過酷であり、並大抵の実力で突破できるものではない。私とて一つしか達成できなかった。しかしお前なら――いずれ全てを習得できる日が来るやもしれぬ」
「父上……!」
感動とともに、エレノアは秘伝書を握りしめた。
その際、クラウスの剣術を見たおかげで近いうちにあと何個かは習得できそうなことは言わないで置いた。
エレノアは空気が読める剣士なのだ。
気まずさを誤魔化すように秘伝書へ視線を落としたエレノアは、ふとあることに気付いた。
(……ふむ、よく見てみると試練の一つにレンフォード領内の場所が書かれている。もしかしたらクラウスくんは何かのきっかけでここを攻略し、コバルトリーフ流について知ったのかもしれない)
彼には直接、色々と訊いてみたいところが――
それ以上に今、エレノアにとっての興味は最終奥義の数々についてだった。
(待っていてくれ、クラウスくん。私はすぐ君に追いついてみせる!)
心の中で、エレノアは強くそう誓った。
――かくして。原作の物語開始タイミングを待たずして、エレノアはさらなる速度で最強への道を歩み始めたのだった。
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