第29話 なんか入ってる紅茶と菓子を楽しもう!



「それでは、こちらがレンフォード様のお部屋になります」



 アルデンとの謁見後、城の使用人に連れてこられたのは来客用の一室だった。

 王都に滞在する間は、この部屋を使うように言われている(昨日は予定より早く到着したため、貴族用の宿屋を使ったが)。


「そういや、マリーはどこに行ったんだ?」


 俺が謁見の間に入る前、どこか別室に案内されていた様子だったが……

 どうやらこの部屋に待機しているわけではないみたいだ。

 

「まあいいか。それより今ごろ、アルデンたちは俺の悪口で盛り上がってるんだろうな~」


 そう呟きながら伸びをしていると、コンコンとノックの音が飛び込んでくる。

 マリーが来たのだろうかと思いつつ、入室の許可を出す。


「入っていいぞ」


「失礼いたします」


 そう言いながら入ったきたのは、城の使用人らしき見知らぬ女性だった。

 その手には、紅茶の入ったポットと茶菓子が握られている。



「こちら、王都で大人気の紅茶と茶菓子になります。ぜひ、レンフォード様に頂いてほしいと仰せつかっております」


「? ああ、分かった」


「それでは、ゆっくりとお召し上がりください」



 そう言い残し、よく分からない女性は部屋を去っていった。


 誰からの差し入れか聞くのを忘れたが、大方アルデンやその辺りだろう。

 今回の俺は魔王軍幹部を討伐した来賓扱い。

 丁寧な対応になるのも当然だ。


「丁重に扱われることには不満があるが、うまい物が食えること自体に文句はない。せっかくだ、せめてもの役得として頂くとするか」


 そう呟いたのち、俺は紅茶の入ったカップに手を伸ばす。

 そしてゆっくりと、紅茶を口に含んだ。


「ふむふむ。これが今、王都で大人気の紅茶か。確かに豊かな風味が……ん?」


 紅茶を味わっているうちに、俺はどこか違和感を覚えた。

 確かに風味自体は豊かなのだが、その奥に形容しがたい苦みが存在する。

 それが全体の旨味をかき消しており、端的に言ってあまり美味しくなかった。


「これなら普段、マリーの淹れてくれるものの方が美味いな」


 正直ガッカリだが、まだ茶菓子が残っている。

 これはパウンドケーキだろうか。

 俺は贅沢に、大きな口でそれにかぶりついた。


「うん! こっちは甘みもあって、なかなかの味わい――」


 その直後だった。

 ほんの少しだが、腹の中で熱が生じたような感覚が襲ってきた。

 これはあれだ、激辛料理を食べた時によく似ている。


 俺は盛大に困惑した。


「今の王都では激辛菓子が人気なのか……? いや、それともあれか。一つだけ外れの入ったドッキリ用として人気なんだな。うん、そうに違いない!」


 自力で答えにたどり着いた俺は、改めて自分の天才的頭脳に惚れ惚れする。

 すると、そこに再びノックの音が飛び込んできた。


「入れ」


「失礼いたします、ご主人様」


 部屋に入ってきたのは、今度こそマリーだった。



「マリーか、遅かったな」


「は、はい、別室で待機を言い渡されていたのですが、謁見が終わったと聞き急いで参らせていただきました」


「そうか。ところで城の使用人から茶と菓子をもらったんだが、お前もいるか?」



 そう提案すると、マリーはテーブルに置かれている紅茶と菓子に視線を向ける。

 瞬間、その目が鋭く細められた。


「なるほど。私以外の誰かが、ご主人様に給仕を……そうですか、ふふふ」


「マリー?」


 何やら雰囲気がおかしかったので名前を呼ぶと、マリーがハッと顔を上げた。


「い、いえ、何でもありません。ご主人様のご厚意、ありがたく頂戴させていただき……」


 そう言いながら、マリーはテーブルに近づいていく。

 しかし、紅茶に手を伸ばそうとしたタイミングで動きを止めた。


「これはまさか……」


「どうかしたのか?」


 尋ねると、マリーは真剣な表情を俺に向ける。



「ご主人様は、既にこれらを召し上がられたのですか?」


「ああ、そうだが」



 そう答えると、マリーは目を見開いて衝撃を受けていた。


 いったいどうしたのだろうか。

 もしかして一人で全部食べたかったとか?

 実は食いしん坊なのかもしれない。


 マリーの意外な一面を知って驚いていた、その時だった。



 プゥ~ン



「ん?」


 何やら空中から耳障りな音が聞こえたため、その発信源を右手で握りつぶす。

 拳を開くと、そこには虫の死骸が残されていた。


「なんだ、ただの虫か」


「虫……? はっ、まさか!」


 俺の呟きを聞き、マリーは大げさな反応を見せる。

 どうやら彼女は虫が苦手みたいだ。


 そんなことを考える俺の前で、マリーはテーブルに指を向ける。



「ご主人様、これらの残りを全て私が頂いてもいいでしょうか?」


「それは構わないが」


「ありがとうございます。それから少しの間ここを離れさせていただきますが、どうかご容赦ください」



 ポットと茶菓子を持ったマリーはそう言い残し、颯爽と部屋から去っていく。

 主人の前で菓子をたくさん食べるところを見られたくはなかったとか、その辺りが理由だろうか。



「まあ何でもいいか。マリーの知らない一面を見られたのは面白かったけどな」

 


 そう呟きながら、俺は、優雅な時間を謳歌おうかするのだった。

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