第20話 魔王軍幹部に怒りをぶつけてみた!

 翌日早朝。

 俺、オリヴァー、マリーの三人が館の外に出ると、既にサーディスが待ち構えていた。


「おはようございます、レンフォード子爵。出発の準備はできましたか?」


「ああ」


 サーディスも王都に帰還しなければならないため、今回は旅路を共にすることになっていた。

 さらに、今回同行するのはサーディスだけではなく――


「主様、お待ちしておりました! 我々も既に準備を整えております!」


 俺の前でレンフォード騎士団・団長のローラと数名の騎士が一斉に敬礼する。

 ローラたちも護衛として一緒に向かうことになっているからだ。

 というのも――


 俺は騎士の一人が引きずる、棺の形をした魔道具に視線を向ける。



「確かそれに封印されてるんだよな?」


「はっ! 魔王軍幹部の身柄をこの魔道具の中に捕らえております」



 魔王軍幹部――聞いたところによるとフレクトだったか。

 ソイツを封印したこの魔道具を王都まで搬送しなくてはならない。

 そのため道中で何かがあった時に備え、数名の護衛が必要になったというわけだ。


 しかし改めて魔道具を見てみるが、なんとも頼りない棺だ。

 内部では魔力を使用できないらしいが……まあ、特に気にすることではないか。


「じゃあ、そろそろ行くとするか」


「それでは、私が先導します」


 俺が出発を告げると、ローラが進んで案内を申し出る。

 護衛として危険を察知する必要があるからだろう。

 そう判断し彼女が進む方向に歩いていくが、すぐ違和感を覚えた。


「おい、なぜ町の方に行く? 館の裏の門から抜ければすぐ外に出れるだろう」


「主様に見ていただきたいものがあるからです。こちらをご覧ください!」


 そんなローラの言葉に応じるように、俺は町に一歩足を踏み出す。

 しかし、すぐにその判断を後悔することとなった。


 というのも、町の中心にある巨大な道路の両脇には、早朝だというのに大量の領民が揃っていた。

 そしてあろうことか彼らは、俺らの姿を見るや否や一斉に声を上げる。



「領主様ー! いってらっしゃーい!」


「国王陛下から褒賞を頂けるなんて、なんて素晴らしいんでしょう!」


「領主様が不在の間も、私たちが町を盛り上げて見せますからね~!」



 ただちょっと王都に向かうだけだというのに、この賑わいよう。

 それを見たサーディスがカチャとメガネをかけ直す。


「昨日も同じことを思いましたが、これほど領民から愛されている領主は初めて見ました……レンフォード子爵は本当に素晴らしい領主なのですね」


 そんな評価を下され、俺のこめかみがピクリと動く。


 ……なんだ、この光景は。

 なぜこんな朝っぱらから、自分に対する大量の称賛などという、最悪の光景を目に焼き付かなければならない!?


 俺は苛立ちながらも、冷静に頭を働かせて考える。

 もし、この状況を生み出した元凶がいたとすれば、それは他ならぬ――



「クフ、クフフフフ。素晴らしい! この瞬間をずっと待っていましたよ!」



 ――俺の天才的頭脳が答えを導き出そうとした瞬間だった。

 領民たちの歓声がある中だというのに、やけにハッキリとそんな声が響く。


 いったい誰の言葉なのか。

 そう警戒する俺たちの前で、突如として棺の魔道具がガタガタと揺れ動き、その勢いのまま開いた。


「なっ、まさか!」


 ローラが焦ったように叫ぶ中、棺から人――否、魔族が飛び出してきた。

 魔族は空高く飛び上がると、そのまま空中に浮遊する。


 その魔族の姿を見て、ローラは怒りの表情を浮かべる。



「フレクト! なぜ貴様が外に……この魔道具には封印がかけられていたはずだ!」


「決まっているでしょう? 私が内部で封印を解析し解いただけですよ」


「なっ! この魔道具に閉じ込められたものは、魔力を使えなくなるのではなかったのか!?」


「凡人ならそうなるかもしれませんね。しかし私は魔王軍幹部の中でも魔力操作に長けた天才中の天才。常識で測れるなどと思い上がらないでください!」



 そんな二人のやり取りを見たサーディスが、戸惑った様子でローラに声をかける。


「ローラさん、昨日のように再び倒せないのですか!?」


「それが……主様が考え抜いた策は一発限りのもの。ここには騎士団の者が数名しかいませんし、何より蓄えているエネルギー(カロリー)がもうありません!」


「そんな!」


 絶望の表情を浮かべるサーディスとローラ。

 そんな二人を見て、フレクトはさらにほくそ笑む。



「クフフ、ご安心ください。今回に限っては、貴方たちが抵抗の意思を見せなければ私としても攻撃するつもりはありません」


「なっ、どういうことだ!?」


「今の私は復讐に取りつかれた悪鬼あっき。憎しみを向ける先はたった一つ――クラウス・レンフォード、貴方だけです」



 そう言って、フレクトは両手に漆黒と純白の魔力を溜める。



「無論、貴方ほどの策略家であれば私への対策も完璧に備えているでしょう。だからこそ、棺の中で私はさらに魔術を改善しました。傷が開く期間を一か月から一年に、奪うエネルギー量は制限をかけず体が枯れつくすまでへと」


「なっ! そんなことが本当に可能なのか!?」


「もちろん代償も存在します。この魔術をかけられる対象は一人のみとなり、同時に再発動まで一日のクールタイムを要します……しかし問題ありません、貴方さえ殺すことができれば!」


「っっっ! 主様、お逃げくださ――」



 何やら盛り上がっている様子のフレクトたち。

 フレクトが魔術を解き放とうとしているのを見て、ローラは俺を庇うためか前に立ちふさがろうとする。

 しかし、


 そんなこと、今の俺にとっては全部どうでもいい。


 ぐっとローラの前に踏み出した俺は、怒りとともにフレクトを見上げた。



      


「――――ッ!?!?!?」



 そう、ここまで黙っていた数分間、俺が考えていたのはただそれだけだった。

 この魔王軍幹部とかいうよく分からない奴が攻めてさえ来なければ!


 騎士団に無理な作戦を命じて失敗させることもできたし!

 国王からの覚えがよくなることもなかったし!

 さっきみたいに領民から盛大に感謝されることもなかった!


 それらは全て、こいつのせいだ!!!



 フレクトは空中で少し後ずさった後、何かを振り払うように頭をぶんぶんと左右に振る。


「あまりにも強い殺気に少々驚きましたが、問題ありません! これを喰らいなさい! 【ジオ蘇りし苦痛リバイヴ・ペイン】&【ジオ生命力吸収エナジードレイン】!」


 そして、黒と白の魔力を解き放ってくる。

 だが――




「【魔術反射アンチ・マジック】」


「へ? ぐぎゃぁぁぁあああああああああ!」




 俺がその二つを跳ね返してやると、直撃したフレクトは地面に墜落し、苦しみにもがきだした。

 その姿を見て、わずかに俺の溜飲が下がる。


 ちなみに今の【魔術反射アンチ・マジック】は、敵の魔術を吸収し自分の魔力に変換したうえで跳ね返すである。


 というのも、だ。

 鏡を定期的に見ないと忘れそうになるが、俺の髪色は灰色。

 半分とはいえ俺は確かに【黒の魔力】を有しており、固有魔術の適性があった。

 この一か月間マリーを鍛えていく中で、彼女より先に目覚めてしまったのだ。


 その固有魔術を使って、俺は奴の魔力を両方跳ね返してやった。

 コイツは今、さっき自分が長々と語っていた内容の効果に苦しめられていることだろう。


 くはは、いいぞいいぞ。この調子で俺が完全にスッキリするまで痛めつけてやる――


 そう思った、次の瞬間だった。



「領主様が、単独で魔王軍幹部を倒されたぞぉぉぉおおおおお!」


「「「うおぉぉぉおおおおお!」」」



 突然、領民の叫びととともに歓声がどっと沸いた。

 それを聞き、俺は自分の失態に気付く。


(何をしているんだ俺は! こんな観衆の前で幹部を倒せば盛り上がるに決まってる。むしろコイツらから評価を下げるため、今の俺がすべきことは――)


 ギリッと歯を噛み締めた後、俺は決断する。

 苦肉の策ではあるが仕方ない。


 俺はフレクトが十分に弱っているのを確認すると、魔術を解いてコイツを苦しみから救い出す。

 エネルギーが奪われて小さくなったフレクトは「ぜぇはぁ」と息を吐きながら口を開いた。


「く、クラウス、レンフォード……これはいったい、何の、つもり……」


「ふっ、そんなこと決まってるだろう」


 そんな前置きの後、俺は真剣な眼差しで告げた。



「お前、今すぐここから逃げろ」


「……は?」



 まるで予想していなかったとばかりに、素っ頓狂な声を出すフレクト。

 まあ、そんな反応になるのも仕方ないか。


 俺がフレクトを逃がそうとしているのは決してコイツのためじゃない。

 魔王軍幹部の味方をする最低最悪の領主という印象を、ここにいる全員に与えるためだ。


 フレクトを逃がすの自体は気に食わないが、背に腹は変えられない。さっきの苦しむ様を見て大分スッキリできたのもあるし、今回は許してやることにする。


 大きな目標を叶えるためには目先の利益を捨てるのも、悪のカリスマとしては必須のスキルだからな!



「さあ、ほら、早く。逃げたいなら逃げていいって言ってるんだよ」



 そんな考えからの提案であり、フレクトが逃げたいなら本当に逃がしてやるつもりだったのだが……


 なぜかフレクトは、ボロボロになった体のまま地面に頭をつける。


「さ、逆らおうとして申し訳ありません! 二度と歯向かったりはいたしません! ですから、どうか、どうかお許しぉおおお!」


 そう叫んだあと、フレクトは自分から棺に入って封印された。

 ……はあ?


 意味の分からなさに困惑していると、サーディスのメガネがキランと光る。



「敵の武器を全て無力化したうえで甘い誘いを投げかけることにより、あえて選択肢を与える。逆らえばこれ以上の罰が待っている理解した敵は、迷うことなく降伏の意思を示すという訳ですか……なんて完璧な対応なんだ! レンフォード子爵の頭の中がどうなっているのか、一度覗いてみたいくらいですよ!」



 そして、全く俺の意図とは違うことを自信満々に告げる。

 問題なのは、それがたとえ間違いであっても、周囲の者たちはすぐにそれを受け入れてしまったということであり――



「素晴らしいですぞ、クラウス様」


「はい、さすがは私のご主人様です!」


「主に守られてしまうとは騎士の恥……主様に追いつけるよう、より一層努力しなくてはな!」



 ――オリヴァー、マリー、ローラがそれぞれの反応を口にする。

 彼らに呼応するように、なぜか民衆のボルテージまで上がってしまい――




「「「領主様! 領主様! 領主様! 領主様!」」」




 町全体が一丸となって、領主コールを始め出した。

 それを聞きながら、俺は歯をギリギリと噛み締める。



 くそっ、くそっ、くそっ!

 ちょっと魔王軍幹部に恨みをぶつけようとしたり、逆に逃がそうとしただけなのに!

 周囲から最低な存在だと思ってほしかっただけなのに!




 何でこうなったぁぁぁぁぁあああああ!!!




 心の中でシクシクと涙を流しながら、俺たちは王都に向け出発するのだった。




『第一章 モブ悪役転生編』 完



――――――――――――――――――――


これにて第一章が完結となります!

ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます!


次回からは『第二章 王都編』に入り、ますます物語の勢いも増していくのでどうぞお楽しみに!

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