第4話


 強烈な光の中で朱亜は祈り続ける。共に戦い、自分を守るために囮になってくれた仲間たち。故郷で朱亜の帰りを待つ両親。村の人々。ただそれらを守りたいという理由でここまで来た。ここで諦めてしまったら、みんなにあわせる顔がない。


 一心不乱になってただ100年前の世界へ行きたいと祈り続けると、まばゆい光はほんの少しだけ弱くなった。自分の祈り方が悪かったのかもしれない! と朱亜は焦る。邪王と思しき人物は一歩ずつ朱亜に近づいてくる。再び首飾りをぎゅっと握ったとき、朱亜の背後から風が流れてきた。ここに窓なんてなかったはず、振り返ると……そこには真っ黒な空洞があった。風向きが変わる。朱亜の体が持っていかれそうになってしまいそうなくらい強い風が、空洞の中心に向かって吹き始める。踏ん張ることもできず、朱亜は一気にその中に吸い込まれてしまった。最後に見たのは、こちらに向かって手を伸ばす邪王の姿。ぞっと背筋に冷たい恐怖が伝う。あと一歩で捕まってしまうところだった。


 空洞は真っ暗だったのに、朱亜は再び強烈な光の中にいた。目を閉じているのに、頭の中が痛くなるくらい眩しい。体もグルグルと回っていて、まるで歯車に取り付けられて無理やり回転させられているみたい。もしかしたらあの首飾りは天龍の遺したものではなくて、邪王がわざと置いた偽物の罠だったのでは? そんな不安も一緒に渦巻いていく。気づけばさっきまで手元にあったはずの首飾りと天龍の剣も吹き飛ばされなくなってしまっていた。


 光が少しずつ柔らかくなっていく。朱亜が目を開けると、体がふっと浮いたような感覚があった。目の前は澄んだ青色をしていて、穏やかな風を感じた。が、次の瞬間、地面に体が叩きつけられていた。


「痛っ……」


 あまりの痛みに起き上がる気にもなれない。朱亜は深呼吸をする。まだ若い草の匂いがぶわっと鼻腔に満ちていく。首筋にチクチクと青葉が触れ、風にそよぐように木々の新緑の葉が揺れていた。それらは朱亜の世界にはなかったもの。今まで、こんなに緑に満ちた場所を見たことがない。邪王に支配されていた朱亜の国はどこも荒涼としていたから。


「……ここは、どこなんだろう。ウチ、これからどうしよう」


 不安が口から漏れ、目から涙が伝っていった。身を守る武器もなく、どこかもわからない土地に一人で放り出され、さすがの朱亜だって怖くて仕方がない。でも、考えている暇はない。朱亜は目をぬぐってゆっくりと体を起こす。まずは、ここがどこなのか確認しなければ。できれば時代も。あてもなく歩き出そうとした瞬間、嗅ぎ覚えのある嫌な獣臭さが風に混じっていることに気付いた。妖獣の臭いだ!


「うわ、うわぁああ!」


 若い男の叫び声も聞こえてくる。深く考える間もなく、朱亜はその方角に向かって走り出す。妖獣の臭いが濃くなっていき、視線の先に腰を抜かして後退りしていく若い男がいた。彼の真正面に、涎を垂らし唸りながら近づいている妖獣もいる。朱亜が若い男を見る、しめた! 彼の腰帯から刀が下がっている。


「これ、借りるよ!」


 彼の返事を聞くよりも先にその刀を抜き取り、朱亜は妖獣に立ちはだかる。背後から「おい!」とか「危ない!」と言う悲鳴が聞こえてくるけれど、朱亜は気にしない。みんなを守れなかった分、この人だけでも助けなければ! 刀の柄を握りなおして、襲い掛かってくる妖獣に向かって突き立てていく。その切っ先は、喉元や心臓のある胸ではなく、黒曜石のような角に向かっていく。


 剣先に力が伝わるように強く踏み込むと、刀とぶつかった角にひびが入っていく。妖獣の唸りが悲鳴に変わった。朱亜の背後にいた男はその変化に気付き、顔を上げた。小さなひびは大きな亀裂となり、角は砕けるように割れていく。そして、妖獣は倒れこんだかと思うとそのまま息絶えていた。驚きのあまり、彼が被っていた冠がずるりと落ちていってしまう。


「……君は、一体何を?」


 その呼びかけに朱亜は振り返る。そして、驚くように息をのんだ。視線の先には今まで見たことのない金色の髪。木漏れ日を受けてキラキラと、まるで黄金みたいに輝いている。朱亜はため息をつくようにこう言葉を漏らした。


「キレイ……」


 思わず見惚れてしまっていた。朱亜はハッと我にかえる。


「あの! 変な事言ってごめんなさい、ウチ、あの……」


 戸惑っている朱亜を見て力が抜けたのか、彼は柔らかな笑みを見せた。朱亜の緊張も解れる気がする。彼は服に着いた細かい草を払いながら立ち上がった。


「助かった。君、名は?」

「朱亜」

「ありがとう、朱亜。……君に聞きたいことがある」


 朱亜は背筋を伸ばす。この出会いが吉と出るか凶と出るか……不安が渦巻く。しかし、朱亜は気づいていないがこれこそが彼女にとって運命の出会いだった。

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