第2話
「……俺たちは囮になる」
「その間に朱亜と小鈴は逃げて、お前たちで邪王を討つんだ」
その言葉を聞いた朱亜は2人に縋りついた。しかし、2人は朱亜を振り払う。
「だめ! そんなの、絶対にだめ!」
天佑も洋も満身創痍だ。そんなことをしたら死んでしまう! 故郷から4人で協力してやってきたのに、こんなところで大切な幼馴染を失いたくはない! 足を引きずってこの場から出ていこうとする洋の袖に手を伸ばすけれど掴めない。
「小鈴、朱亜を頼む。朱亜は天龍様が残した【救世主】なんだ。朱亜だけは、何があっても守ってやってくれ」
洋の強いまなざしを受け小鈴は頷いた。立ち上がり、朱亜の腕を引っ張る。
「だめだよ、洋! 天佑! 小鈴、離して!」
「行くのよ、朱亜!」
小鈴は強引に朱亜を引っ張っていく。全身傷だらけなのに、どこにそんな力があるのだろう? 天佑と洋は2人とは反対側に進んでいく。
「天龍様の預言の子はこっちだ!」
「邪王を討つのは俺だ! こっちにこい!」
敵を誘う声が邪王城の中に響いていく。多くの足音がそちらに向かっていった。朱亜は小鈴に引きずられながら首を横に振り大きな声で叫ぶ。
「……こっち! こっちが本物なんだってば!」
「朱亜、だめ!」
小鈴が朱亜の口を塞いだ。
「二人の覚悟を無駄にしないで!」
その声に重なるように、遠くから天佑と洋の叫び声が聞こえてきた。まるで断末魔のような、耳を塞ぎたくなるほど悲痛な声。2人は目をぎゅっと閉じる。朱亜は何度も「どうして」と繰り返した。本来ならば、自分がみんなを守る立場だったはず。そのために手に入れた天龍の剣は邪王城にやってきてから一度も振るうことなく、逆に守られてばかりだった。どうして天佑と洋が犠牲にならなければいけないの? 悔しくて、小鈴にそう問いかけようとしたとき、彼女の手が震えていることに気付いた。そうか、嘆いている場合ではない。小鈴だけでも助けないと。朱亜は己を奮い立たせる。小鈴の手を握り、邪王がいるとされる玉座を率先して探していく。
しかし、広大な邪王城。どこを探せばいいのかもわからず、2人は迷いっぱなし。敵は幾度となく現れる。朱亜の気がかりは、どこを探しても見つからない邪王の居場所ではなかった。
「朱亜、危ない!」
死角から現れる妖獣から朱亜を守るように、小鈴が覆いかぶさる。彼女の肩のあたりに牙を立てるそれを、朱亜は剣で薙ぎ払った。血を流す小鈴に肩を貸して、再び逃げ始める。
「ごめん、私、足手まといになっちゃった……」
「いいから!」
空いている部屋に逃げ込み、朱亜は小鈴の肩の手当てを始める。傷口は深く、傷薬を塗り込んでぼろきれの包帯を巻いても出血が止まらない。次第に小鈴の顔が青白くなっていく。今からでも遅くない、小鈴を背負ってでも撤退するべきだと考えた時、小鈴は怪我をしていない方の手で、朱亜の襟をつかんだ。
「朱亜、天龍様の首飾りを探すの……!」
「え……?」
天龍が預言と剣と共に残した物。それは天龍が特別な力を込めた大きな翡翠。それは首飾りに加工され、天龍国の秘宝のひとつであると語り継がれていた。天龍の首飾りは朱亜が持っている剣とは違い、この邪王城の宝物庫で邪王が保管していると伝わっていた。
「朱亜だって知っているでしょ? 天龍様の首飾りに秘められた力の事」
朱亜は頷く。伝承によると、その首飾りには【時を越える力】があるという。いつか現れる救世主がそれを使えば、時空を自由に行き来できる。果たしてそれは本当なのか朱亜にはわからないけれど、小鈴はその伝承に縋りつきたいのか。朱亜を掴む手に力を込めた。
「それを使って、100年前の、邪王が完全に復活する前の世界に行って邪王を倒して」
「でも、小鈴はどうするの……」
「私は時間を稼ぐから」
「そんなのだめ!」
傷ついた腕に伝う血を見る。肩を上下させ、震えが止まらない彼女を見て思った。ここで小鈴は命を投げだすつもりなんだ。それなのに、自分だけのうのうと生き残ることはできない。朱亜は持っていた剣を自分の喉のあたりに突き付けようとした。その瞬間、小鈴は朱亜の頬を力強く叩く。パンッと弾けるような音が響き渡った。
「死ぬなんて絶対に許さないから! これは天龍様に選ばれた朱亜にしかできないの! ……お願い、私たちを助けて!!」
小鈴の叫びに、朱亜は頷くしかできなかった。そして遅れて覚悟がやってくる。自らの使命を思い出したのか、曇っていた彼女の目が澄んでいった。力を取り戻したかのような朱亜の表情を見て、小鈴は安心したように笑った。そして最後の力を振り絞りながら立ち上がる。
「こっちよ! こっちに来なさい!」
小鈴が枯らした喉でそう叫ぶ。朱亜は彼女が敵を引き付けている間にそっと逃げ出し、今度は首飾りを探し出した。ひとりきりで探る邪王城の中は、嗅いだことのないような嫌な臭いがする。扉という扉をすべて開けていくが、宝物庫は見つからない。敵に見つかりそうになっては隠れを繰り返して、なかなか先に進めなかった。何度も似たような扉を開け、焦りが怒りに変わりかけていた時、朱亜はようやっと宝物庫と思しき部屋に辿り着く。中は真っ暗だったから、急いですべての燭台に火をともした。
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