警官令嬢は「清き水の魔術師」に嫁がされる~はじまりは仮面結婚~

青川志帆

第一話 結婚する必要はないと思っていたら 1



 今日も今日とて、アウラ王国の王立警察署第四課は暇を持て余していた。


「暇だなあ」


 机に肘をつき、リゼットはぼんやりつぶやいてしまう。


「やることないなら、お化粧でもしたら?」


 ミランダから手鏡を差し出され、ムッとしながらも受け取る。


 鏡のなかには、不機嫌な少女が写っている。


 深紅の髪を高い位置で結っており、目は琥珀色。


 そして我ながらきつい顔立ちをしている……とうんざりして、鏡をミランダに返す。


 受け取るミランダは豪奢な長く波打つ金髪に緑の目を持つ、妖艶な美女だった。


「化粧したって、元がよくないからよくならないよ」


「そんなことないわよ、リゼット。あんた意外と美人よ」


 意外と、は余計だ……とリゼットはため息をつく。


「ミランダさん。この前、あまり華美な化粧はしないようにと警部から話があったじゃないですか。リゼットさんもしたくないようだし、個人の選択に委ねるべきですよ」


 口を挟んできたのは、少年だと言われたら信じてしまうような――少年めいた容貌の少女だった。


 短く切られた茶髪も、彼女の少年らしさを引き立てている。


「はいはい。エル――あんたも、化粧しないわよねえ」


「だって、ぼくには似合わないもの」


 エルは口調もまるで少年のようだった。


 長いまつげを持つ灰色の目だけが、少年らしさを裏切っている。


 三者三様で、共通点は同じ制服を着ていることぐらい。


 されど彼らは同じ部署に所属している同僚であった。


「ふん。どこに機会が転がっているかわからないのよ。おしゃれぐらいさせてほしいわよね」


 手鏡を見て、ミランダは髪を整えていた。


「そのために警官になったんじゃないですよね? 動機が不純です」


「違うけど。あんたは結婚回避のためでしょ? あんただって、不純じゃない。方向性が違うだけで」


「ぼくの動機は不純じゃなーいっ! 親の言うとおりに家庭に収まるなんてまっぴらだから、手に職をつけたかったって何度も言ってるでしょ!」


「縁談が来るだけ、まだいいじゃない。あたしのところなんてねえ……」


 ふたりの口論が熱くなってきたところでリゼットは立ち上がって両手で机を叩いた。


 びくり、とミランダとエルは肩を震わせて止まる。


「ふたりとも、そこまで! そろそろ巡回の時間だから、行こう」


 リゼットが促すと、ふたりもゆっくり立ち上がった。


 


 秋の昼間は涼しくて過ごしやすい。


 三人は指定された地区を巡回してまわった。


 街路を歩きながら、リゼットは空を見上げる。


 首都の人口増加による治安悪化。


 そのため治安維持に騎士団だけでは事足りない――という話になり、他国にならって警察と警察アカデミーが新設されたのが三十年前。


 女性にも警察アカデミーの門戸が開かれたのが、ほんの五年前のことだ。


 リゼットが入学したとき、リゼット以外にも十人ほど生徒がいたのだが、卒業時には三人に減っていた。


 男性並みに剣術と体術を習得せねばならなかったのだ。


 適性のない女性は諦め、やめていった。


 しかも意気揚々と警官になったあとの配属は――女性警官は全員、第四課。


 アウラ王立警察の第一課は殺人、第二課は窃盗を扱い、第三課はそれ以外。


 そう――第四課は新設された挙げ句、担当する事件すらも決められていないのだ。


 ついでに、リゼットとミランダとエル以外の警察官は配属されていない。


 ないないづくしの哀しい課である。


 暗に「お前たちは戦力外だ」と言われている心地がして、日々が憂うつだった。


「そういえば、アカデミーの入学者にまた女性がいなかったらしいじゃない」


 ミランダが、ふと思いついたように話しかけてくる。


「えー。でもまあ、仕方ないか。最初の卒業生の僕らが、仕事ない課の異名を取る第四課に配属じゃね……。しかも実際に仕事ないし」


 エルがぶうぶう不服を言っている。


 更に、こうして巡回している地区も首都で一番治安のいい地区で、しかも第四課は朝と昼間のみの巡回と決められている。


「せっかく厳しいアカデミーを卒業したのに、お飾りなんてさ……。なんとかならないかな」


 エルがリゼットに話しかけてくる。


「華々しい活躍をするしかないんじゃないか?」


 真っ当な提案だったが、エルもミランダも肩をすくめてしまう。


「活躍っていったって、事件が起こらないんじゃどうしようもないわよ」


「そうそう。あーあ……。こんなんじゃぼく、母さんに警官なんて辞めなさいって言われちゃうよ。そして恐れていた見合い話をどんどん持ってくるんだ……。いやだああああ!」


「ちょとエル、往来で叫ばないでちょうだい。大体、あんたはまだいいじゃない。大商人の娘なんだから、適当な見合い話を受ければ?」


「嫌だ! 言っとくけど選ぶのはぼくじゃないんだからね。両親が選ぶのが結婚ってものなんだよ!」


「結婚の話すらないあたしよりマシでしょ」


「なんだかんだいって、ミランダさんは結婚願望あるし結婚できるんじゃないの?」


「貴族階級は、没落貴族に厳しいのよ。うちは見合い話すら来ない。もし女性警官廃止にでもなれば、あたしは困るわ……」


 ふたりは相変わらず賑やかに話している。


 絶対に結婚したくないエルと、結婚してもいいけど話がないミランダと。


 方向性は違えど、結婚にまつわる悩みだ。


 リゼットも、政略結婚が嫌で警官になったクチなのだが……。


(まあ、女性警官廃止……は、ないだろ。現状維持はあるかもしれないけど)


 と、気楽に考えていた。


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