第13話
「そろそろ私、帰らなくちゃ」
桃ノ
外は暗くなり、小学生が一人で帰路につくのは危ない時間帯になっていたので、雪花は少し提案をしてみる。
「桃ちゃんって電車で来たんだよね?」
「そうだけど」
「じゃあ、もう外暗いし、駅までだけれど送ってくよ」
「いやいいよ、そんなの。
桃ノ木の言う通り、雪花には仕事としてやらなければならないことが、多数残ってはいたが、そんなモノが気にならなくなるぐらいには、桃ノ木のことを気にかけるようになってしまっていた。
そんな雪花の気がかりを助けるように、机でもう何杯目かわからないお酒を片手に、
「いいんじゃない? 食器洗いとかその辺のことはあたしがやっとくし、雪花ちゃん送っていってあげな」
雪花は西奈の言葉に同調するように、桃ノ木へと言葉を送る。
「だってさ」
「西奈が、そういうなら」
少し不満気な表情は残しつつ桃ノ木は、首を縦にコクっと振った。
ただ、表情は不満気だけでなく、嬉々としたモノも垣間見える。
その表情で、雪花は自然と笑みが溢れてしまう。
「どうしたの?」
気にかかったのか、桃ノ木が首を傾げたが、雪花は余計な詮索は入れられないように。
「何でもないよ」
とだけ答えた。
続けて、雪花は
「じゃあ行こっか」
と、言って、桃ノ木の手を自然と掴んだ。
その光景に違和感はない。
まるで姉妹のような、もしくは歳の離れた友人のような、そんな風に見える光景だった。
雪花の服を除いては。
家を出て、真っ先に見えたのは満天の星が散りばめられた夜空だった。
一つ一つの星が大きく輝き、夜なのにも関わらず自分たちを照らしているようだ。
雪花も、ここにきて数週間が経つのだが、夜に出かける事はなかったので、ここでの星空は初めての体験だった。
雪花自身が、住んでいる場所は、夜でも人口の電気が光り輝いていたので、星という星なんて中々見ることができない。だからというわけではないかもしれないけれど、なんだか無性に鑑賞に浸ってしまう。
「星綺麗だね」
なんて少しキザなセリフを吐いてしまったことに、普段ならば全く気にしないはずの雪花が、今ばかりは何故だか気恥ずかしくなってしまった。
しかし、隣で帰路を歩く桃ノ木はそんなこと全く気にしていない素振りで
「だね」
なんて言う素っ気ない返事をしてくる。
ただ、桃ノ木のその態度は当たり前の話なのだ。
桃ノ木は、別段、雪花に対して当然恋愛感情なんてモノは抱いてはおらず、悪くて普通の友達程度の認識なのだから。
ならば何故、雪花が変な気持ちを抱いているかと言えばそれは、こちらも恋愛感情などでもなく、単純に、こう言った友達同士でやるような普通の会話でさえ、慣れていないのだ。
西奈とはどうなんだという問いには、こう答えるのが適切だろう。
西奈は、友達ではなく、上司や主人という関係性なので、そういった慣れ的なモノは必要がなかった。というだけの話である。
なら、桃ノ木とはどういう関係性なのかと言えば、それは、初めてできた友達としか言えないだろう。
初めてできた友達と、初めての二人きりの時間。
その時間で、緊張しないわけもなく。
雪花は、考えれば考えるほどに体が震えてきていた。
「な、なんかさ、桃ちゃんって小学生にしては随分と大人びてるよね」
緊張をなんとか解しながら、かろうじて気になっていたことを訊いてみるが、桃ノ木は、何故かきょとんとした表情で雪花を見ている。
「雪花、どうしたの? なんか変じゃない?」
雪花は桃ノ木に悟られないよう最新の注意を払っていたのだが、そこはやはり察しの良い桃ノ木、雪花の違和感をすぐに看破して、心配そうな視線を向けてくる。
普段の雪花なら、ここでぐだぐだ言い訳を述べつつ、なんとかかんとか話題を逸らそうとしただろうけれど、今はそれをしたとしても無意味に近かったので、頬をぽりぽりと掻きながら微笑んだ。
「特段どうしたとかではないんだけれど、なんて言うか、ちょっと緊張しちゃって」
「緊張? 私と居るのにってこと?」
「うん。そう……だね」
「え、でもさっきまではそんな風じゃなかったじゃん」
「それは、さっきまでは西奈さんとか大胡さんとかいたから」
「あー、なるほど。二人きりになったからって事か」
得心がいったのか、桃ノ木は数度なるほど、と、呟くと、続けて。
「雪花ってそんなにコミュニケーション苦手だったの? 私の第一印象的には、そんなでもない感じだったけど」
と言った。
「苦手ではない。と思う。ただ、やらないだけ、やればできる」
そんな言い訳の常套句のような事を言いながら、雪花の声音はどんどんと萎んでいく。
その姿を見て桃ノ木は、深いため息を吐いた。
「はぁ、雪花がどうしてそこまで気にしてるのか、私にはわからないけど、別にいいんじゃない? コミュニケーションが取れようが取れまいがどちらでも。それに実際、雪花本当に絶望的にコミュニケーションが取れないって訳でもないでしょ?」
「まぁうん。普通に会話できる人もいる」
「じゃあそれでいいじゃん。気にすることなんて何もないよ、人間誰しも得手不得手はあるんだから」
それを天才が言うと、妙に様になっているような気がした。
「桃ちゃんがそう言うなら……」
小学生に諭されて、すぐに得心がいってしまう。そんな高校生でいいのか、と、雪花自身も思わなくはないけれど、それが雪花という人間なのだから仕方がない。人の影響を色濃く受けてしまうのが、雪花という人間。
そういう人間だと自覚しているからこそ、なるべく影響を受けないよう、他人から距離を置いていたし、天才という人間の定義を難しくしたのだろう。
ただ、その雪花の天才の定義は、本物の天才の前では霞む程度のモノだった。というだけの話。
「納得してもらえたならよかった。ということで、今している緊張も解そうか、はい、三、二、一」
唐突なカウントダウンに、雪花は焦りながらもなんとか対応しようとしたが、とてもそんなモノで対応しきれるわけもなく、小さな声で言った。
「ごめん無理。やっぱり二人きりとかは、慣れが必要だよ」
「そっか……あ!」
と、またもや唐突に桃ノ木は、何かを思いついたのか、雪花と繋いでいた手を離して言う。
「こうすればいいんじゃない?」
言いながら桃ノ木は、手ではなく腕全体で、雪花の腕に抱きつくような姿勢を取った。
それは恋人たちがやるようなモノだが、桃ノ木はその姿勢のまま、名案であるかのように言うのだった。
「こうすれば、雪花の緊張も溶けるんじゃない? 私の熱で……なんつって」
どうした突然。
桃ノ木はそういうキャラじゃなかったでしょ? と内心ツッコミながら、雪花は頬が熱くなるを感じる。
「桃ちゃん、これは……緊張が解けるとかではなく……むしろ緊張が増すと思うんだけれど」
「そうなんだ、でも止めてあげない。もう、どうでもよくなっちゃった、雪花が緊張しててもしてなくても、それよりも私、この状態で歩いて、お喋りしたいから付き合って」
そんな、何も知らない純粋無垢なわがままお嬢様みたいな様子を突然見せられて、頭を抱えそうになるが、雪花は思った。
これは演技なのではないか、と。
これは自分の緊張を解すための、桃ノ木なりの方法なのでは、と。
ならば、年上の自分が乗ってあげなくてどうする。
「い、い、いいよ。このままで駅まで行こうか」
やはり緊張を解くどころか、さらに緊張してしまっている。
そんな雪花を見て、桃ノ木は微笑んでいた。
「やった。じゃあまず私からね」
言って、桃ノ木は、話を始めた。
そうやって、二人で会話をしている内に、いつの間にか駅に到着していた。
そこそこの距離を歩いたような実感が、雪花はしているが、実際のところ、徒歩数分である。
「駅、着いちゃった……」
直前まで笑顔を絶やしていなかった桃ノ木が、少し寂しそうな表情を見せた。
雪花は、そんな桃ノ木の腕を自分の腕からゆっくりと離し、桃ノ木の頭を数回撫でる。
「また遊ぶんでしょ? ならさ、そんな寂しそうな顔しないで、次を楽しみにしよ? 私があの家にいる間ならいつ来てもいいからさ」
なんて家主の許可は全く取ってないけれど、おそらくは許してくれるだろう。
して桃ノ木は、雪花の言葉にコクっと首を縦に振ると、その後、数度手招きをした。
雪花はその手招きに吸い込まれるよう、桃ノ木に近づくと、雪花の耳元で囁いた。
「またね」
と。
「う、うん。またね」
雪花は反射的に、返したが、その桃ノ木のまたねは、まるで恋人に言うようなまたね、だとも感じるし、友達に言っているような感じにも、聴こえる。
そんな、どちらとも取れるような、声音だった。
「桃ちゃん、今のって」
訊くと桃ノ木は、素知らぬ顔で言った。
「なんでもない、気にしなくていい。ただの自己満だから」
言うと桃ノ木は、雪花から段々と距離を離して行き、ほどほどのタイミングで、手を振った。
「じゃあね」
「うん、また遊ぼうね!」
お互いの表情は満面の笑顔。
ただ、雪花から表情を隠し切った状態になった桃ノ木は、少しだけ頬を赤く染め上げていたのだった。
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