天才女たちと凡才女

tada

第1話

 有彩ありさには夢と呼べるようなモノはない。

 この一文から何か文脈を読み取って欲しいなどと言ったことは一切なく、文字通りの意味で有彩には夢がない。

 それが高校生特有の思春期特有のモノであるというのは、側から見れば一目瞭然ではあるのだけれど、当の本人がそのことに気づくのは大抵の場合思春期を卒業した何でもないようなある日だったりする。

 あの時悩んでいた事は些細なことだったなと、大人になれば誰しもが思うことではある。

 成長すれば誰しもが自分の意思とは関係なしに、大人になってしまう。いつまでも子供でいられる人間はいないのだ。

 人間でいたいのならば大人にならなくてはならない。

 

 そんな人生の教訓染みた文が書かれた一冊の単行本を読みながら、雪花せつかは一人呟いた。

「夢……か」

 雪花には今読んでいる本の主人公である有彩と同じように、夢と呼べるモノが一切ない。

 高校一年の夏、期末テストも終わり夏休みに入った数日目、課題のやる気も起きずにエアコンが効いた自室で、唯一の趣味に近しいモノと言っていい読書をしていた雪花は、肩ほどまでの長さの髪を弄りながら夢とか言うモノについて考えてみる。

 そもそも夢ってなんだ? 眠った時に観るあれか? それとも将来の夢? はたまた世界征服みたいな絶対に叶わないようなやつのことか?

 それら全てとも違う誰も思い付かないような第四の選択肢?

 うんまぁ、色々考えたけれど今考えるべきなのは、二個目、将来の夢である。

 もう一度言うが雪花には夢と呼べるモノは一切なく、それが将来の夢がないだけとかではなく、やりたいことや、会いたい人と言った夢と呼べる全てのモノが雪花にはない。

 言ってしまうのならば、欲がないのだ。

 欲がないのだからやりたいことも欲しい物も会いたい人もいない、そんな状況下で、夢ができないのは当たり前と言える。

 ただ雪花はそれが嫌だなどと思った事は一度もなく、むしろ得した気分になることのが多い。

 なぜかと言えばそれは、才能というモノを気にしなくて済むからという理由なのだけれど。

 才能が羨ましい──。

 勉強の才能が欲しかった。走力の才能が欲しかった。人とのコミュニュケーションの才能が欲しかった。絵の才能が欲しかった。音楽の才能が欲しかった。楽器の才能が欲しかった。お金を稼ぐ才能が欲しかった。モテる才能が欲しかった──。

 欲しい才能は色々あるだろう、もしかしたら人類の数だけ才能はあるのかもしれないし、その分だけ欲される才能もあると思うけれど、その欲しい才能、それが何故欲しいのか──と、訊かれた時、なんと答えるのが一般的なのかは決まっている。

 夢があるから。

 些細な夢から重大な夢、大小様々ではあるだろうけれど、どんな夢だったとしても才能というモノは必須であり、なくてはならないモノである。

 才能が無い者は夢への挑戦権すら掴まらせてもらえない──世の中はそういうモノである。

「夢……夢……やっぱり別に欲しくないや」

 色々考えた末、雪花の出す結論は毎回同じモノだった。

 夢には才能が必要で、雪花にはそれがない、そもそも才能が必要な夢なんてもったことがないので、自分自身に才能があるのかどうかもわからないけれど、それすらもどうでもいい。もし才能というモノが自分の中に眠っていたとしても、それを磨く事は一生ないことだろう。雪花は夢を欲さない。才能を欲さない。

「そんなダルイことやりたくない」

 そう呟くと雪花は、閉じていた本をもう一度開き、読書を再会した。

 これが雪花の結論であり、揺るぎない信念のようなモノ。

 けれどそんな夢も希望もない考え方とは真逆に、今雪花が読んでいる本は天才が数多く登場する作品だった。

 タイトルが──『タレント』

 日本では芸能人等に対して使われるのが一般的ではあるが、意味を調べてみると直訳ではあるが、才能等の意味がある。

 本の内容的にも多分その意味であっているだろう。

 本当の意味合いは作者しか知らないので、雪花がしるよしもないのだけれど、それも別に雪花は気にしてはいない。

 それに、雪花は別段その本が特別好きというわけではなく、たまたま親(母)の友人が作家になった時に初めて書いた本を、母が「私の後輩のやつ」と言って無理矢理部屋に置いていったというだけである。

 自分で買ったわけでもなく、押し付けられた本を暇つぶしに読んでいるだけ。

 雪花は暇を持て余している。

 やることがない。

 昔からそうだった。

 だから普段は何も言ってこない親が、珍しくやれというので、本を読んだだけ。

 そこに雪花の意思はない。

 その本を渡されたのが、中一の冬だったので、大体三年ほどが過ぎただろうか。

 その母の後輩の作家、いちいち長いので、もう名前を出すけれど──西奈にしなという作家は雪花が知っている限りではあるが、今まで見てきた(実際に見た事はない)人間の中で飛び抜けて──と言えるだろう。

 それが例えば、一作目が大ヒットを記録し、アニメ化実写化、全てのメディアミックスが成功し、たちまち大人気作家になった程度では雪花は天才とは言わずに、たまたま才能を持っていたラッキーなやつ程度にしか思わない。

 それが例えば、二作目三作目と同じように立て続けに大ヒットしたとしても、雪花は天才とは言わずに、たまたま才能を持っていて、運が自分の味方をしたとてもラッキーなやつ程度にしか思わないだろう。

 なら何故そんな、上から目線の最前線をダッシュで駆け抜けるような雪花が、天才といったのかと言えば。

 その西奈という作家、分類するのならば、ライトノベル作家。某ライトノベルレーベルが主催する、年に一度の新人賞で見事大賞に輝いた。

 まだいたって普通のことである。

 そして大賞作品の『タレント』を雪花が中一の年に某ライトノベルレーベルから出版、するとタレントは売れに売れ、即日重版、連日売り切れ、社会現象一歩手前、そういった嘘みたいなことが現実に起こり、西奈はデビューから一週間足らずで大人気作家の仲間入りを果たす。

 ここまでもまだ普通。

 それから一年ほどは、タレントの続刊を四ヶ月に一巻ペースで出し計三冊の本を出版する。

 二巻三巻共に売上は落ちる事はなく、ここからさらに人気が出るだろうという頃合、時期で言えば中二になった雪花が肌寒さを感じ始めた頃──西奈はタレントを次巻の四巻をもって完結することを発表した。

 世間では勿体ないとか、もっと続けて欲しいだとか、そう言ったファンの声が響いていた。

 雪花にとって完結もファンの声も、まぁどうでもいいことではあったのだけれど、それと同時に、来年──わかりやすく言うと、雪花が中三になる年、その年初めの一月から十二ヶ月連続刊行を予告した。

 十二ヶ月連続刊行、それ自体は過去に遡れば既にやられていることなので、雪花の価値観で言えば普通のことではあるし、別段囃し立てるモノでもなかったけれど、続報を訊いて雪花はその時初めて天才というモノを見た気がした。

 その内容というのは、十二ヶ月連続刊行──正し毎月二巻毎に発売するというものだった。

 二週間に一冊のペースで本を出版する、書くだけなら不可能ではないのかもしれないけれど、出版となれば話は別だ、雪花には想像もできないような人の数が関わることになるということは、その分締め切り自体も早めるだろうし、何よりそんな過密なスケジュールなのにも関わらず人を動かせてしまう西奈という人間──それを雪花は天才と呼んだ。

 けれど雪花とは反対に世間では、バカの遠吠えだの必ず途中でガタが来るだの絶対完結仕切るのは無理だの、散々な言われようだったけれど、西奈はそんな世間の声をものともせず見事に十二ヶ月で計──二十四冊もの本を出版することになった。

 ああ一つ訂正しなければならない──正しくは二十四冊ではなく、『タレント』がアニメ化された際に完全書き下ろしで出版されたタレントの五巻も加えて、計二十五冊の本が出版されたのだった。

 その二十五冊全てが、タレントと同程度かそれ以上の売上を記録しているのも、天才を天才と呼ぶのに拍車をかけている。

 ここまで西奈という作家についての情報を語ったけれど、雪花は前述した通り、別段本を読むのも西奈という作家も好きではない。

 この好きではないというのは嫌いという意味ではなく、興味があまりないという意味である。

 なら何故これだけ知識があるのかというと──毎月送られてくるのだ、家に、新刊が出るたびに、発売日に、郵便で送られてくるのだ、母宛に、新刊が、毎月二冊、後輩から送られてくるのだ、それを母が、雪花の部屋に無理矢理置いていくのだ、なので仕方なく、暇つぶしに読んでいた、ただそれだけの知識。

 興味は微塵もない──。

 ないけれど、一つ気になることはある。

 これは決して興味本位とかではなく、著作全てを読み切っている人間ならば全員が気になってしまうことだ。

 自然と何気なく、気になってしまう。

 最近あの作家──本を出していないな、と。

 これが普通のどこにでもいるような作家ならば気にするどころか、そもそも眼中にもない話ではあるのだけれど、西奈という作家であれば話は別だ。

 西奈は、十二ヶ月連続刊行を成し遂げられるほどに速筆であり、人間離れした才覚を持っているはずなのにも関わらず、今年──雪花が高一の年──未だ一冊も本を出版していないのだ。

 あの天才が、本を出していない。

 それは実際に会ったこともなければ、顔さえ、はたまた性別でさえ確かではない雪花からしても異常だと言うことが手にとるように伝わってくる。

 最初の頃は、ああもういつの先輩かは知らないけれど、先輩である母に本を送るのをやっと止めてくれたのだな、と清々していたのだけれど、何の気なしに本屋を立ち寄った時に──ふと西奈は最近どういう本を出しているのか、シリーズの続きを書いたのかなとか──なんて事は微塵も思わず、なんとなく陳列棚を見ていたら気になってしまった。

 西奈の最新作が、雪花の読んだ本で止まっているということに。

 雪花はとっさに店員に声をかけた。

「すいません、この人の本ってこれが最新作ですか?」

 訊くと店員は、そんなことネットかなんかで調べればすぐ出るよ、とか読み解けるように顔を顰める。

「はいそうですよ」

 店員は言うとそそくさと店裏に足を進める、その時若干の舌打ちが聞こえたような気もしたけれど、今の雪花が気にするようなことではなかった。

 あの西奈が、筆を止めているという奇妙な出来事に少しの恐怖感を覚える。

 あの天才が。

 本を出していない──暦で言えば三ヶ月ほど出していない。

 異常だ、普通ではなく、アブノーマルであり、異常であり、ノーマルではない。

 けれど、雪花がそれ以上この事について追求することは今現在でも、ない。

 プツンと糸が切れたのだ。

 店員に話を訊いた時点で、西奈が本を出していないという事に対する興味という糸が。

 意図的に切ったわけではない。

 自意的にでもないのかもしれない、それは、やはり、自然と、興味がなくなるのだ。

 それが雪花という人である。

 母に訊けば一発で解決できることではあるだろう、家に自分の著作を送るほどの仲はあるはずなので、どう言った経緯で本を書かなくなったのか、なんて事はすぐにわかるはずだ。

 けれど、雪花は訊かない。

 訊けないのではなく、訊かないのである。

 希薄になってしまった興味は、高一の夏現在、頭の脳髄の片隅に居座ってはいるが、それが出てくるのは、西奈の本を読んでいる間だけ、それ以外の時間は、西奈のに文字も出てこないのが当たり前であり、通常運転。

「雪花ー入っていい?」

 と、雪花がエアコンを、ガンガンに効かせた自室で、暇つぶしの読書をしていると、部屋のドアをノックしながら母が声をかけてきた。

「うん」

 雪花が、平静に特に何も考えず返事を返すと、部屋のドアが開き、母の姿が見える。

「あ、読書中だった? ごめんメンゴって感じ、で何読んでるの? って訊かなくてもわかる事だったわ、雪花が読むのなんて西奈の本以外ないもんね、あーごめんごめんメンゴメンゴ無駄な時間を取らせちゃって、思春期真っ盛りの雪花の貴重な貴重な一人の時間を奪っちゃってごめんなさい、深く深く謝罪するわ、すいませんでした──でも、雪花って本当に西奈の本好きよね、こんなにボロボロになるまで読み漁って、西奈もきっと喜んでると思うわ、いやそうでもないか、あの子そういうタイプじゃないし、そもそもあの子書くことが楽しいだけであって、読んでもらう事はそこまでみたいな? そんな感じだったし、ということで、っていうか今までの話正直どうでもいい雑な談だったんだけどさ、訊いてよ雪花ー、知ってると思うけど私雪花の高校の文芸部の名誉部員というか、そんな感じでお金貰ってたんだけど、今年から文芸部なくなっちゃったじゃない? だから今私、無職なわけよ、今までは死んじゃった一人目のお父さんとか二人目のお父さんとか三人目のお父さんとかの貯金でなんとかなってたんだけど、とうとうヤバそうなのよね。だから一つ雪花にお願いがあるんだけどしてもいい? してもいいよね? するよ? さぁさぁ、しちゃうよ? 本当にするよ? いい? ホントにいいの? 嫌じゃない? 嫌なら嫌って言っていんだよ? ホントの本当にいいの? あのさ、雪花、明日から住み込みでバイトしてくれない? 結構時給もいいぽいし、それに私の友人というかというかって感じの人の所だから、コミュニュケーション障害の雪花でも安心安全に、とは言えないかもしれないけど、少なくとも働きやすいはずではあると思うから、どう? やってみない?」

「一つ言っていい?」

 雪花は人差し指を一本立てて母に目線を向ける。

「どうぞ」

「あのさ、長い、とにかく長い、こういうのって普通会話のキャッチボールをしながら段々と本題に持っていくものでしょ? なのになんで一人で雑談して一人で本題入ってるわけ? 私は? 私の意思はどこ? 確かに私は希薄なやつだとか言ってたけれど、意思はあるよ? 固い意思が、確かにあるよ。そこに存在してるよ?」

 そこってどこだよ。

 なんてセルフツッコミを入れそうになりながらも、言いたいことを言い切ったと思っていたら、母が私と同じポーズで言う。

「一つ言っていい?」

「バカにしてる?」

「してないしてない、私が? 娘をバカに? するわけないでしょ、馬鹿にはしちゃったかもだけど、あ、今の上手くない?」

 全く上手くない。それに母から馬鹿だと言われるほど雪花は馬鹿ではない。

「まぁそんなことはどっちでもよくて、私が言いたいのは、雪花のセリフも相当長いよ」

 確かに──母の四分の一程度とは言え長かったかもしれない。

「って私のが長いとかそういうのはどうでも良くてさ、お母さんのさっきの長ゼリフの中で、何箇所も修正しなくちゃいけない箇所があったから、そこだけ修正いれさせて」

「えー、修正なんて入れる箇所ないと思うけどなぁ、私は正しいことしか言わない。間違ったことは人生で一度も言ったことがないのであーーーる」

「そう、まぁなんでもいいけれど、とりあえず最初から確認していくから聞いといてよ」

「はいはい、私、親だからね。仕方なし、娘の言うこと聞いてあげる」

 言ってどこか上から目線の母は、雪花が座っているベッドではなく、勉強机とセットになっている椅子に腰を下ろした。

「なんかムカつく」小さくそう呟いた雪花は、母が椅子に座るのを確認すると一度咳払いをして空気をリセットさせる。

「えっとまず、最初の読書中だった? とかのくだりは咎める箇所はまぁ無いに等しいから無視する。で、次の私は西奈って人の本以外は読まないって所も別に嘘ではないし、修正するほどのことでもないのでいいとして、途中途中の死語で謝ってくるのは、正直ウザったいけれどまぁ気にしないことにする。で、で──第一の問題は次だよ次、私思春期なんかじゃないんだけれど、別に一人の時間が欲しいとか思ってないし」

 私が言い終わると母が──。

「え?」

 と、この子は何を言っているの? って感じに表情を変化させる。

「思春期ではあるでしょ、確実に」

「は? 思春期なんかじゃないけれど」

「……もしかして雪花、思春期を恥ずかしいものかなんかと勘違いしてない?」

「…………別に……」

「思春期ってさ、言い換えると青春なんだよ。ということはだよ、青春を謳歌するどころか、青春なんて言葉を自分の暗さで消せてしまう雪花が、恥ずかしがる権利なんてあると思う?」

「権利……でもさっきは私のこと思春期だって」

「だから、思春期ではある。誰しもが思春期を通って大人になるけど、思春期を自覚していない奴に恥ずかしがる権利なんてないって言ってんの──言い換えるなら青春を謳歌していない者に青春を恥ずかしがる権利はない──そんな感じ?」

 正論なのかどうかもわからない詭弁ではあるけれど、雪花は何も言い返すことができなかったので、話を進める事にした。

「あーもうそれでいいから話進めるよ……えーっと次は、本を私がボロボロになるまで読んでるって話だけれど、これはまぁ、間違ってない。ただ──ただし別に私はこの本が好きで読んでいるのではなく、暇だから、暇つぶしに読んでいるだけ──もう耳にたこができるぐらい聞いてると思うけれど」

「あーはいはいそれでいいわよ、で次は?」

「なんか受け流された気がする……」

 母は「気のせい気のせい」とか言って笑っていた。

 雪花は母を横目に話を進める事にする。

「それで次のやつのは、気にしなくていいか、西奈って人に私、興味ないし、西奈って人がどんなやつだろうと私には関係もないし、関係ができることもないから、で次は率直に訊くけど──お母さん今無職なの?」

「そだよー」

「娘がいるのに?」

「何色にも染まっていない無色の純粋無垢で無職のお母さん」

「なんで私に何にも言ってくれてないの?」

「言う必要なかったし、それに今言った。それにそれに雪花って自分が生きていけたらそれでいいタイプでしょ? だからギリギリになるまで言うつもりなかったんだ。本当は雪花が働くかなってぐらいまでは保つ算段だったんだけど、以外とね、早かったわ……あはは」

 母は雪花のことをよくわかっている。

 もし仕事を失った時点で、雪花に話ていたとしても雪花はさほど興味持たずに「早く新しい働き口見つけてね」などとしか言わなかっただろう。

 それならば言っていても言っていなくても、状況は変わらない。むしろ言わない方が、雪花に負担をかけないだろうという母の判断があったはずだ。

 ならもうこの話は終わりにして、進めてしまおう。

 きっと母のことだ。

 もう新しく働くあてはきっと用意しているはず、雪花への頼みはそこまで繋ぎ、そう信じる事にした。

「そう、まぁもうすぎてしまったことをぐちぐち言っても仕方ないし、話進めるよ。次は、一人目のお父さんとかって話だけど、これはつまんないとてもつまんない嘘だよ。だってお母さんが好きだった人って今まで一人しかいないじゃない」

「これはまぁそうね。つまらなかったわ、その場のノリって怖いものね。さ、次は?」

「そんな適当に流すなら最初からつかないでほしいのだけれど……まぁいいやで、次は、えーっと、ここささっと聞けよ以外のツッコミがない箇所はスルーするとして、住み込みでバイトって何すんの?」

 雪花は特別家が好きというわけではないので、どこでも寝れるしどこでも住める。

 家として機能していればの話だけれど。

 なので、住み込みでバイトというのに特に抵抗感や嫌悪感のようなものは抱かずに済んでいるけれど、母の紹介というのが一番のネック。

 さっき安心安全とは言えないとか言ってたし。

 それに母の友人だから大丈夫とも言っていたけれど、正直それが一番怖い要素ではある。

 この人の周りでまともだったのって、お父さんだけな気がする。

「あの人も可笑しなところはあったけどね。でバイトの内容だけど、まぁ簡単に言えば家事代行、今風に言うなら家政婦でオタク風に言うならメイドさん?」

 何故オタク風に言ったのかはわからないし、別に家政婦も今風ではない気がするけれど。

「家事代行か……それってキツイの?」

「んいや、そんなことないと思う。あの子というか依頼してきた子が「本当はいてくれるだけでいいんですけど、それでお金払うのは先輩側にも失礼かなって思ったんで、とりあえず業務は家事代行ということでよろしくです」って言ってたからきっと楽なはず」

「そう……期間は? どれくらい?」

「夏休み中、その後はまぁ展開次第って言ってたかな」

 展開ってなんだよ。漫画かな?

 夏休み中──もちろん予定なんて何もない雪花が断る意味はなく、いい暇つぶしになるかもしれないな程度に考えながら、頷いた。

「わかった。いいよそのバイトやるよ」

 言うと母は表情を壊し笑顔を見せた。

 今日初めての笑顔のような気がする。

「えへへ」

 もし顔が若くなかったのならば、咄嗟に手を出していたかもしれない笑い方をした母は、雪花に言う。

「ありがとう」

 雪花は対して、母の顔から目を逸らす。

「いいよ別に……ただの暇つぶしだし」

「これでお金はしばらく大丈夫だね」

 それを訊いて雪花は思う。

 やっぱり世の中才能なんかよりお金の方が必要なんじゃないのかな。

 なんてことを──。

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