24.モーリスから見た世界

 魔王討伐を終えたと勇者達が帰還し、王都の人々は胸を撫で下ろした。王から褒美を与えられ、勇者一行は傷を癒す。運悪く帰還できなかった剣士を除き、三人はゆっくりと治療に専念した。


 王を失った魔族は、これで数百年動けなくなる。穏やかな日々が始まるのだ。街中が希望に湧いた。そんな平和は長く続かず、天災が始まる。長雨により崖が崩れ、火山が噴火して山火事が広がった。川が氾濫していくつもの街を飲み込み、井戸水が枯れて放棄される村も出た。


 改めて魔王討伐の証を奉じよ。国王陛下の命令で勇者一行が旅立つ。そんな最中、妻と息子の乗った馬車が転落した。馬に跨る私は無事だったが、大急ぎで救出に向かう。二人ともケガはしていたが、命に別状はなかった。


 運が良かったのだ。モーリスはほとんど祈ったことがない神に感謝した。女神を祀る神殿に寄付をし、動かなくなった妻の足の回復を願う。シエルに治癒の能力が芽生えたようだが、これを表沙汰にしないため。神殿に寄付を捧げる行為は必要だった。


 妻が歩けない。それはシエルの治癒能力を隠す、最高の盾だった。あれだけの大事故で、二人が軽傷なら疑いの眼差しが注がれる。幼子であるシエルがうっかり、自分が治したと口にしてしまったら? そんな心配をしながら、モーリスは幼い我が子を守る決意をした。


 なのに……街にはドラゴンが現れて暴れ、息子が誘拐された。ギラギラとした大きな目と巨体、身体中に鱗を纏ったトカゲのような化け物だ。驚きすぎたのか、シエルは泣かなかった。


 壊された屋敷を見て飛び込んだ王立軍へ、跡取り息子シエルが連れ去られたと告げる。そのまま、執事に運ばせた剣を掴んで馬に乗った。


「あなた……シエルを!」


「ああ、分かっている。必ず連れ帰るから、レイラは待っていてくれ」


 足の不自由な妻レイラ、彼女が歩けたとしても連れて行けない。山へ向かった影を追い、兵や騎士と馬を駆った。人の倍近くある巨体は影も形もない。ただ、森の木々に、奴が走り抜けた痕跡が残っていた。


 半日走っても見えない影に、兵士に脱落者が出始めた。王命で追っているとはいえ、体力の限界がある。騎士に促され、眠れないのに休憩を取らされた。大地が揺れ、ドラゴンの咆哮が聞こえる。


 魔王を失ったドラゴンは、何を求めているのか。人族を滅ぼすことが目的か? だとしても、息子は取り戻す。シエルは我が伯爵家の宝なのだから。


 ぐっと剣を握り、人目を避けて森に入った。休憩など取る気はない。放した愛馬を呼び、飛び乗った。鞍が外されており、滑る。それをぐっと足で挟んで走るよう促した。


 シエルはこちらだ。まるで導くように方向が分かる。女神様の思し召しか。馬は疲れを忘れたように走り、モーリスも森を一直線に駆け抜けた。


「っ!」


 叫びそうになった口を、モーリスは手で押さえた。突然現れたのは、大きなドラゴンだ。あのトカゲの巨人ではない。けれど、黒い鱗が禍々しく光を弾くドラゴンの脇で、シエルはすやすやと眠っていた。


 近づいて奪い返せるか。モーリスは馬を近くの枝に繋ぎ、迷ったが剣を置いた。金属音がすれば接近がバレてしまう。じりじりと距離を詰め、息子の腕に触れる。


 温かい。モーリスは二度目の奇跡に感謝した。馬車の事故、今回の連れ去り。どちらもシエルは乗り越えた。音を立てないよう時間をかけ、ゆっくりとシエルを引き寄せる。何があったのか、シエルは目覚めることなく眠り続けていた。

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