21.屋敷の屋根が吹き飛んだ

 アザゼルに申し付けたので、もうすぐチョコレートが届くだろう。黒竜である彼は器用で、飛ぶのも速い。別の街まで飛んで購入し、ここへ届けるくらい簡単にこなせる奴だ。


 期待に胸を高鳴らせるアクラシエルは、咆哮を上げるドラゴンが起こした振動に目を輝かせた。きっとチョコレートを届けに来たアザゼルに違いない。もうすぐ届くはず。わくわくと廊下へ出たところで、駆け込んできたモーリスに捕まった。


「シエル、今は外へ出たらダメだ。黒い竜が街を襲っている」


 それは誤解だと言いたいが、理由を尋ねられても困る。アクラシエルは言葉を探すが、遮るようにモーリスは説明を続けた。ほとんどは使用人に向けての言葉だった。


「竜が街に入ったと連絡があった。騒動が収まるまで門を閉ざし、出入りを禁じる。窓が少ない部屋に移動し、食料の点検を始めてくれ」


 思ったより大事になっている。アクラシエルはここでようやく、問題に気づいた。チョコレートを運んだアザゼルが興奮して吠えたことで、人族は過敏に反応した。つまり、このままでは外に出られない。


 アザゼルが見つかれば攻撃される恐れがある。犬姿で来るのか? だとしたら、手招きして部屋に入れられるかもしれない。犬が可哀想と言えば、許されるのではないか?


 大きく屋敷が揺れる。モーリスはシエルの体を抱き上げたまま、奥へ逃げ込んだ。当然、妻レイラも奥の部屋に避難する。窓が少なく、万が一攻撃されても安全と思われる部屋。地下室でないだけマシなのだろう。


 やや薄暗い部屋で、アクラシエルは肩を落とした。せっかく運んでもらったチョコレートだが、受け取れそうにない。項垂れたところに、心話が飛び込んできた。


『我が君! 人族が襲ってきます。撃退しますよ』


『犬姿じゃないのか?』


 犬なのにどうして襲われている? 首を傾げて問う。すると荷物があると返ってきた。


『荷物……それは確実に届けてもらわねば』


『そのつもりです。もうすぐ着きます』


 荷物はチョコレートに違いない。アクラシエルは、外へ出る方法を考え始めた。ときどき屋敷が揺れる。その度に、屋敷の中央に集まった。ここをすり抜けて、幼いシエルの体で逃げ切るのは不可能だ。扉まで辿り着かずに捕まるだろう。


 外へ出てチョコレートを食べる方法……唸るアクラシエルを、母レイラが抱き寄せた。怖がっていると思ったらしい。


「大丈夫よ、シエル。私達が守るわ」


「うん」


 子どもらしく頷いたものの、竜王は真剣に悩んでいた。この優しい両親を傷つけず、外へ出てアザゼルと接触するには……。深い悩みを吹き飛ばすように、屋根が消えた。


「我が君!」


 興奮して呼ぶアザゼルには悪いが、登場シーンは竜王の想定外だった。壊れた屋根、上から覗くのは鱗と尻尾がある巨人。あ、これは騒動が大きくなる。アクラシエルは肩を落とした。

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