06.続く天変地異に湧き上がる疑惑の声

 魔王を倒した! 凱旋した勇者一行は、王都近くの街に現れた。ここは魔王退治に出かける直前、女神様に祈りを捧げた神殿だ。見覚えある神殿の庭に転移し、ぐったりと尻餅をついた。


「勇者様?! 賢者様や聖女様も」


 神殿から出て来た神官の声に、怠い腕を上げて応える。ひらひらと手を振った後、堪えきれずに寝転がった。芝のちくちくした感触が懐かしい。


「倒したわね、ブライアン」


 転移魔法を使った女神官は、確認するように呟いた。聖女と呼ばれる有能な女性だ。旅立つ前に肩で切った金髪は、もう腰まで伸びていた。普段は手入れに余念ない髪が芝の上に広がる。


「ああ、魔王を倒した」


 噛み締めるように成果を口に出す。それから仲間の名を呼んだ。


「エイブリル、ハロルド……クレイグに報告しなくちゃな」


 聖女エイブリル、魔法使いハロルドは頷いた。身を起こして座り直した彼らの目は潤んでいる。過酷な旅だった。剣士クレイグは、最終戦の前に彼らを逃すために死んでいる。彼の形見である短剣を引っ張り出し、魔王を倒したと宣言した。


 王都に近いこの街は、彼らの故郷であると同時に始まりの街だった。神殿から女神様の神託を受け、選ばれた四人。命懸けで戦い、人族が生き延びるために全力を尽くした。欠けてしまったけれど、最後まで頑張ったのだ。


 王都から迎えが来ると聞き、身支度を整えるために起き上がる。全身の筋肉や関節が悲鳴を上げた。銀の鱗を持つ忌々しい魔王へ辿り着くまで、戦いながら走り抜けたのだ。


 震える足を叱咤し、用意された領主の館へ向かった。風呂に入れられ、全身を綺麗に整え、食事を口にする。最終決戦前は質素どころか粗末な食事だったので、胃が受け付けずスープだけに留めた。


 国王陛下に御目通りし、報告して褒美をもらう。世界はもう安全なのだと宣言し、平和が戻ってくるはずだった。


 魔王を退治した直後は、残った配下による騒動が予想される。だから地震や洪水があっても、人々は鷹揚に構えていた。最後の悪あがきなのだと、嘲笑う者さえいる。しかし、三ヶ月が経ち、半年が経過すると……疑いの声が上がった。


 ――魔王は生きているのではないか? 魔族の目撃情報も上がっているし、天変地異がこれほど続くのもおかしい、と。


 魔族や魔物は人を襲うが、天変地異は起こさない。精々が大雨に乗じて洪水を招いたり、山の斜面を崩す程度だった。それが噴火、地割れ、地震と頻発する。そこに止まない雨が追加された。


 毎日降り止まぬ雨は、晴れていても関係なく注ぎ続ける。濡れた大地は保水限界を超え、一気に崩れて畑を埋めた。割れた地に注いだ雨が、あらぬ場所から噴き上がる。ぬかるんだ土は作物を腐らせ、湿気で備蓄まで腐らせた。


 こうなると魔王の祟りでは? と噂に尾ひれ背びれがつくのも当然だ。勇者一行の成果は、彼らが口にしただけ。三人以外は誰も目撃していないのだから。


「魔王の首なり、死した証なりを持って参れ」


 一度倒したのなら、二度目はもっと簡単に到着して回収できるはず。腐っていたら骨でも良い。そんな王命が下され、勇者一行は再び旅に出ることが決まった。


 人族にとって、最悪の決断の引き金でしかないというのに。

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