第89話 命の実験
ダンジョン公営化計画のプレゼンテーションを無事終えたショウゾウは、レイザーと別れ、その足で西地区へ向かっていた。
城を無事に出られた解放感からか、外の空気がやけに美味い。
強張った首周りから、自分がかなり緊張を強いられていたのだと知り、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
若いとはいえ、己に疑いの目を向けている相手の懐に飛び込むのはさすがに、人生において老練たるショウゾウを持ってしても心胆寒からしめるものであった。
元の世界では、警察や検察の任意での取り調べを受けたことが何度かあった。
だが、その時はもうすでに人生の絶頂期に至っており、己の権力と巨万の富を振りかざせば、それらを黙らせることなど容易なことであったのだ。
だが、今のショウゾウは一介の冒険者に過ぎず、逆に相手の方が権力の座にある。
もし相手が、自分同様に手段を選ばない類の輩であったなら、こっちが問答無用に消される危険性も十分にあった。
あのルカはまだ若く、そういった荒事にはなれていないようであったが、父親のコルネリスであれば、そうした手段に踏み切っていたかもしれない。
何はともあれ、この事業を通して、懐に入り込んでしまえばこちらのものだ。
手放しがたく価値ある存在であるうちはそう簡単に始末されることはなかろう。
「だが、さすがに、少し疲れたな」
ショウゾウはそう呟くと、目についた屋台に寄り、薄く切った肉を焼いたものをパンで挟んだ食べ物を買った。
そして、代金を手渡す際に、スキル≪オールドマン≫で、
指先から吸い込まれてくる屋台の主人の
屋台の主人の方は特に気が付いた様子も無く、「また、どうぞ」と無愛想な声をかけてきた。
疲労感が消え、気分がすっきりしてくると、小腹が空いてきた。
ショウゾウは、歩きながら、その食べ物を頬張り、香ばしい肉の旨みと、穀物の素朴な甘さからなる庶民の味を楽しんだ。
それを食べ終わる頃には、目的としていた長屋の前に着いた。
「邪魔をするぞ」
ショウゾウはひと声かけて、その長屋の中に入った。
この長屋は、かつてショウゾウがこのオースレンを初めて訪れた際に、あれこれ世話を焼いてきた西の城門に配置されていた門番のサムスの家であった。
子だくさんで、気が強い妻と暮らしていたのだが、今はその家族の姿は無く、ひっそりと静まり返っていた。
「……ああ、ショウゾウさんか」
ベッドに横たわり、そう返事をしたのは顔色が悪くやつれたサムスであった。
髪も薄くなり、前歯は何本か抜け落ちて、少し老け込んで見えた。
「ふむ、ずいぶんと顔色が悪いな。飯はちゃんと食っておるのか?」
「いや、こうして横にばかりなっているから、腹も空かないし、なにかもうやる気が起きないんだ。女房も子供を連れて出て行ってしまったからな。食事を作ってくれるものもいない」
「そうか、何か食べられるものを買って来るのであったな」
ショウゾウはサムスの傍らに椅子を持ってきて、それに腰を掛けると、サムスの額に掌を乗せた。
サムスの≪命の根源≫の外側を覆う
サムスや他の数人で実験をしている最中なのだが、人間は
風邪などの病気にもかかりやすくなるし、怪我などもしやすくなっているような所見が見られる。
失った
サムスの場合は、期間を空けて四回、
体調不良や傷めていた腰の怪我の再発などで門番の仕事ができなくなり、こうして寝たきりに近い状態になってしまっている。
「熱はないようだな」
「ああ、すまねえな。落ちぶれた俺をこうして気にかけてくれるのはショウゾウさんだけだが、今日は体調が特に優れないようだ。具合が悪くなってきたから、今日はもう帰ってくれないか」
サムスは口を開くのもおっくうになっているようで、聞き取りにくい声でぼそぼそ言った。
「ああ、そうするか。次に来るときには果物か何か買ってくるとしよう。とにかく何でもいい。精がつくものを食べんといかんぞ。儂よりも相当若いんじゃ。人生はこれから。絶望するでないぞ」
ショウゾウは席を立ち、サムスの体に乗っかっていた乱れた毛布を整え、長屋を出た。
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