第179話 噂の真相

 セイレイン王領王都には、すでにコボルトの村から間者が送り込まれていたから、その者と宿屋の裏通りで合流し、ここ最近のヘレネス連邦王国の動きについて、コウ達は情報を確認した。


「セイレイン王領地方軍が遠征の準備を進めているそうですワン」


 コボルトの間者は、この王都において、奴隷に近い扱いを受けている同胞達から得た情報を、コウ達に伝えた。


「数はどのくらいだワン?」


 コウ達に同行しているコボルトの若者レトリーが、みんなを代表して、間者の仲間に確認する。


「国境付近のコボルト制圧の為に、地方軍五百が一週間以内に派遣されるという話になっていますワン」


「五百もかワン!? ──……編成はわかるかワン?」


「百の軽騎兵に輜重隊を含めた四百の歩兵部隊らしいですワン」


 コボルトのレトリーと間者のコボルトのやり取りを聞いていたコウは、軍の詳しい情報がやけにすんなり手に入ることを不思議に感じた。


「すみませんが、なぜ、そんなに詳しく軍の情報が手に入ったんですか?」


 コウは当然の疑問をその間者コボルトに、ぶつけた。


「簡単ですワン。セイレイン地方軍は、わざと情報を公開することで、この地のコボルト達に知らしめ、絶望を与えるつもりですワン。最近では、コボルトの村に期待する同族も増えているみたいなので、それを断つつもりですワン」


 間者コボルトは、コウの疑問に明確な答えを告げる。


 確かに、セイレイン王領のコボルト達の間では、緩衝地帯に出来たコボルトの村が、発展して大きくなりつつあるという話が密かに広まっていた。


 これは、コボルトの村の者が、村人を増やそうと同族の者に勧誘をした結果、一人で未知のコボルト村に行くのが嫌な者が、他の仲間に良いようにその情報を伝えて、一緒に行こうと誘うという、みんなで行けば怖くない精神で広めたことがきっかけである。


 その情報のせいで、セイレイン王領のコボルト達は、緩衝地帯に桃源郷があるかのように期待する者も増え、移住の為に準備を始めている者も多いのだとか。


 それを知ったセイレイン王家が、その村を取り上げ、期待するコボルト達に絶望を与えようと考えた、というのが事の顛末のようである。


「最低ね、セイレイン王家。コボルト達に対して酷い扱いだわ!」


 黙って話を聞いていたダークエルフのララノアが、憤る。


「でも、五百もの軍となると、コボルトの村単独での防衛は難しいのではないかしら?」


 街長の娘カイナが、冷静にそう疑問を口にした。


「……戦い方によると思う。現在、コボルトの村には最近編成したばかりの精鋭機動歩兵部隊が五十名、村の治安維持目的の警備隊を含めた訓練中の予備隊が百名程いるからね。防壁も強化しているし、籠城戦ならコボルトの村単体でも十分戦えると思う」


 コウは、カイナの危惧を戦力分析してみせた。


 コボルトの村は、以前の盗賊襲撃以来、セイレイン王領の地方役人や地方軍の動きを警戒して、防備を固めていたのだ。


 それに、コウ達エルダードワーフの支援もあったので、記述した精鋭機動歩兵部隊五十名に関しては、コウ達(ゴーレム含む)が作った魔鉱鉄製の装備で固めた文字通り精鋭部隊なので、敵が軍隊でも良い戦いができると考えていた。


 そして、コウは続ける。


「──それに、僕達エルダーロックの部隊も控えているから、地方軍五百程度なら勝てると思う。──もちろん、兵を動かすかどうかは街長であるヨーゼフさんの判断次第ではあるけど。まあ、同盟を結んでいるコボルトの村に援軍を出さない理由はないんだけどね」


 コウは、そう笑顔で答えると、間者コボルトとレトリーを安心させた。


「……コウ殿、レトリーさん、村をお願いしますワン。自分は、この後もココで情報を集めて村に流しますワン」


 間者コボルトは、そう答えると、自分の役目に戻るべく、その場をあとにして消える。


「中央王都まで行きたかったけど、この情報を一刻も早く村に伝える為には、僕達がベルとヤカー・スーで戻る方が早そうだ」


 コウは、ララノア、カイナ、レトリー、ベルにそう提案した。


「そうね。私もそう思う」


 ララノアもコウの提案に賛同した。


 それはカイナもレトリーも一緒であり、全員が帰還するということで一致するのであった。



 翌日の朝。


 コウ達一行は、王都を発つべく朝一番で宿屋を引き払った。


 そして、魔物使いギルド前を通ると、丁度、虎人族のギルド長とその弟魔物使いタイガが出てきて声をかけてきた。


「おう、コウ君達じゃないか! こんな朝早くからどうした? ──え? 国に帰る? それならちょっと待ってろ、昨日の結果を伝えるから!」


 ギルド長は慌ててギルド内に駆け戻っていくと、タイガが代わりに世間話を始めた。


 コウ達は時間的に余裕がないわけでもなかったから、タイガの相手をする。


「君達、バルバロス王国から来たのだろう?」


「はい」


「あっちの魔物ギルドは今、どんな感じなんだ? こっち比べると発展しているのか?」


「そうですね……。こちらよりは、各街に支部もありますし、需要はまだ、ある方かもしれないです」


「そうなのか? ……やはり、剣歯虎やヤカー種のような珍しい魔物も多いのか?」


「はい。バルバロスの王都だと下級ながら竜使いもいますし、巨人使いもいるみたいです。さすがに僕は見たことありませんが……。でも、タイガさんの岩狼ロックウルフも珍しい魔物ですよね?」


「こいつは、西の砂漠の街で冒険者をしていた時に、親とはぐれて死にかけてたのを俺が助けたのがきっかけだからな。そうでなければ、ここまで従順にはならなかったと思う」


 タイガはそう言うと、岩狼の頭を撫でる。


 岩狼は気持ち良さそうに目を瞑って撫でられるがままであった。


 そこに、ギルド長が戻ってきた。


「昨日の結果だが……、君達は全員、合格だ。筆記はそっちのララノア君が、合格ラインギリギリで危なかったがな。わははっ!」


 ギルド長は、笑って言うと、コウ達に従魔用のサイズに調整された首輪と証明書を渡した。


「ありがとうございます。証明書は諦めていたので、助かりました」


 コウは苦笑しつつも、少し安堵した様子で受け取る。


 短期滞在証明書の期限が切れる前に、国境線まで急ぐつもりでいたからだ。


「短期滞在許可の残り日数はあと三日だったか? 理由は知らないが魔獣にあまり負担をかけてやるなよ?」


 ギルド長は、ベルとヤカー・スーの機動力を知らなかったので、魔獣達のことを心配する。


「この証明書と首輪のお陰で、ゆっくり帰れますよ」


 コウはもちろん、急いで戻るつもりであったが、ギルド長に感謝すると、タイガとも別れの挨拶をして、改めて一行はセイレイン王都をあとにする。そして、コボルトの村へ急ぐのであった。

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