第160話 村の建築と大移動

 街長邸で行われた緊急幹部会議では、エルダー高原の最適な利用法として二足歩行の蜥蜴ヤカー・スーをはじめとした家畜の飼育、そして、高原向きの農業を行うことで話はまとまった。


 当然、コウが持ち帰って来たモモの木もその場に出され、農業ドワーフのヨサクをはじめ、その他の農業に従事する獣人族も興味を示す。


「そのような神秘的な果物があるのですな……。その為に高原にも村を作るなら俺は賛同してくれる者達とそちらに移りますよ!」


 ヨサクは未知の果物に興味を持ったのか目を輝かせた。


「獣人族の中にも農業に従事している者達がいるので、興味のある者に声をかけてみましょう。それに、エルダー高原は今、ヤカー・スーの飼育の為にアズー殿とその部下五十人程しかいないですからね。村を作って、ひとまとまりになる方が安全でしょう」


 獣人族の代表の一人が、そう提案する。


「うむ、そう言ってくれるとありがたい。この街も急激な人口増加で発展が追い付いていないところがあるからな。エルダー高原に分散させることができると助かる」


 街長ヨーゼフはみんなの好意的な意見に感謝すると、後日、人を出してエルダー高原のどのあたりに村を作るか調べさせることにした。



 それから数日後。


 エルダー高原の村作りとそちらに移動を望む者を募集すると、意外に手を挙げる者が多かった。


 ヨサクに従う農業ドワーフもだが、エルダー高原の環境を好む獣人族も多かったのだ。


 アイダーノ山脈から吹き降ろす風のお陰で、エルダーロックの街は夏も過ごしやすい方なのだが、獣人族によっては、もっと涼しい、もしくは寒いくらいが丁度いいという獣人族もいる。


 だから、エルダー高原村(仮)は主に農業や牧畜が主要になるが、それ以外の日常仕事、細々とした商売、街間の運搬、村の警備などやることは沢山あるから多様な者がいて問題はないので、希望者は多いのであった。


 その結果、なんと驚いたことに、新たな村への移住者は四百人を越えた。


 当然村を作るということは、村長が必要になるが、街長のヨーゼフは農業ドワーフのヨサクを任命する。


「エルダー高原村の目的は農業と牧畜を強化する為だからな。その責任者の意味合いを込めてヨサクが相応しいだろう」


 街長ヨーゼフはそう理由を説明した。


「それで、俺は問題ない。──コウ殿の持って帰って来たモモの木というのも、早く育てたいから、開拓する我々の他に、村の建設を行う者を街から派遣してくれると助かるのだが?」


 ヨサクは早く農業に移りたいのか、街長ヨーゼフに依頼する。


「もちろんだ。鉱山を一時止めてでも、村の建設を優先しよう。村の設計はすでにデザイナーのアルミナス、キナコカップルにやってもらっている。いつでも、開始できるぞ。資材も大倉庫に沢山あるから、早速運ばせよう」


 ヨーゼフも物量でもって短期間で済ませるのが経費を削減出来て良いと考えたのだろう、街全体の事業として村作りを進めることにするのであった。



 こうして、三千人近くの人口がいるエルダーロックの街は、その中の四百人余りが移住準備に入り、村の建築の為にさらに五百人程の労働者が街の北にある高原に向けて資材を運びながら大移動を始める。


 だから、エルダーロックの街は、閑散とした雰囲気になった。


 やはり、千人もの住人が街から一時的とはいえ離れると驚く程静かになる。


「賑わいが急になくなったことで、街に立ち寄る旅人も、発展している割に閑散としていることに驚いていたわよ」


 宿屋の手伝いが多いダークエルフのララノアは、食事の用意をコウと一緒にしながらそう漏らした。


「他所から来た人はそう映るのも仕方がないね。街の評判が落ちそうだけど、一時的なものだから今は我慢かなぁ」


 コウもエルダー高原に赴いて村の防壁作りを中心に作業を行っているから、日中の街の雰囲気を知らなかった。


 だから、苦笑するしかないのであった。



 そんな翌日のこと。


 朝から、街の大手門のところで、騒ぎが起こっていた。


 コウはエルダー高原に行く準備を整えている最中であったが、そこに、街の警備隊の役目も引き受けているドワーフのダンカンがヤカー・スーを疾駆させて自宅までやってきた。


「コウ、大変だ! 大手門に来てくれ! ヨーゼフの旦那はすでに他の奴が呼びにいっているが、お前も呼んでおいた方がいいと思ってな」


 ダンカンはそう言うと、二人はそれぞれ騎獣である剣歯虎のベルとヤカー・スーに跨って大手門に向かった。


「何があったんですか?」


 向かう途中でコウがダンカンに理由を聞く。


「バルバロス王国の視察団を名乗る連中が、やってきているんだ。この街は一応、王国外の自治区みたいな存在だからな。命令される筋合いもないから門前で押し問答になっているんだ」


「王国の視察団?」


 ダンカンの言葉にコウは少し驚いて聞き返した。


 それが本当なら、王都を離れる際、オーウェン王子から一言二言、ありそうなものであったから、不思議に思ったのだ。


「隣のダーマス伯爵領が、今、王家直轄領になっているだろう? 多分、そこの代官が視察団を派遣してきたのだと思う。あそこの街道は現在、様子見でうちは全く利用していないからな。嫌がらせかもしれないぞ」


 ダンカンは事実と憶測も混ぜてコウに告げる。


「隣領は未だ通行税も関税もボウビン子爵領と比べると高いですからね。そうかもしれないです」


 コウもダンカンの考えに納得した。


 そんな話をしている間に、二人は大手門に到着した。


 すでに街長のヨーゼフが到着しており、門を開けて中に視察団を通している。


 コウとダンカンはベルとヤカー・スーから降りると、視察団を囲む住民の輪に入っていく。


「──ということで旧ダーマス領代官のご命令として、抜き打ち視察を行うものである。──街長ヨーゼフ、抵抗すれば王国への叛意ありと判断するぞ?」


 視察団を率いる人物が、手にした巻物の命令書を読み上げる。


 その鎧姿からどうやら全十二王国騎士団の一つ、『黒獅子騎士団』の隊長クラスのようだ。


「黒獅子騎士団?」


 ダンカンがコウに聞いた名前を復唱するように、聞き返す。


「はい。全十二王国騎士団には四天騎士団、四白騎士団、四黒騎士団の三つに大きく分かれます。四天騎士団は、王国の精鋭で、四白、四黒騎士団は王国の主力級です。あの鎧姿はヨースから聞いたことがあるので、四黒騎士団所属の『黒獅子騎士団』だと思いますよ。確か、装備品のブランドは『騎士マニア』ですね」


 コウはヨースから叩き込まれた知識をダンカンに説明した。


「確かに、鎧に獅子の絵が彫られているな」


 ダンカンがコウの知識に感心していると、


「この街は、王国に所属しない自治区の扱いにされているはずです。関税もその分、多く支払っております。それに、代官の権限は旧ダーマス伯爵領に限られるはず……。これは代官殿の越権行為に当たるのでは?」


 と街長ヨーゼフが、命令書を携えた王国騎士団に怯まず、指摘した。


「むっ……。──それでは代官殿の命令には従えぬと?」


 黒獅子騎士団の隊長は、立ち入り調査ができそうにないとわかって、厳しい声で問う。


「隊長殿の顔に泥を塗るつもりはありません。ですが、先程も説明した通り、本来、代官殿の命令書はここでは不当なものであることだけは自覚してもらいたいのです。それが、通るようでは王国の法の権威は地に落ち、王権に泥を塗る行為にあたりますからな。ですが、隊長殿の顔を立て、今回は街をご案内しましょう。──コウ、頼めるか?」


 街長ヨーゼフは、コウがこの場に来ていることに気づいていたので、その任を頼んだ。


「……わかりました。──僕は、ドワーフのコウと申します。街の案内をしますので、付いて来てください」


 コウは、四黒騎士団所属『黒獅子騎士団』の隊長に付いて来るように告げるのであった。

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