第158話 追跡者

 コウ達一行は、エルダーロックの街の新たな住人となる猫妖精族ケット・シーのジトラを連れて帰ることになった。


 馬車では二週間ほどかかる片道も剣歯虎サーベルタイガーのベルと二足歩行の蜥蜴ヤカー・スーで踏破すればわずか一週間で到着してしまう。


「王都の外では、こんなに早い移動手段があるのニャン。とても便利になったものだニャン」


 ジトラは街長の娘カイナと一緒にヤカー・スーに乗らせてもらっていたが、王都以外の世界をあまり知らなかったから、コウ達の移動速度が異常なことを理解できておらず、それが普通なのだろうと感心していた。


「これは特別なんだよ。つまり、エルダーロックだけの乗り物ということさ」


 ジトラとは天敵(一方的にだが)の関係性である大鼠族のヨースが、間の抜けた発言をするジトラに自慢する。


「そんな特別な乗り物なのかニャン? ということは、こちらを追跡していた集団は私ではなくこの移動手段を狙っていたのかもしれないニャン」


 ジトラはサラッと怖いことを告げた。


「え? 誰かが私達を追っていたの!?」


 ジトラを前に座らせてヤカー・スーの手綱を握っているカイナが、この重大発言に驚いて聞き返した。


「気づいていなかったのニャン? 私はてっきりそれに気づいていて、このヤカー・スーを飛ばしていたのだと思っていたニャン」


 ジトラは広範囲探知ができるのか、当然のように言う。


「それで、その集団はまだ、僕達を追っているの?」


 コウは、跨っているベルをカイナとジトラのヤカー・スーに近づけ、背後を確認しながら聞く。


「移動速度が速いから、馬を引き離してしまったニャン。でも、今日泊まる宿屋次第では追いついてくるかもしれないニャン」


 ジトラはどこまで広範囲を確認できるのかわからないが、ここまでの速度を計算して答えた。


「……僕達かジトラさん、どっちが目当てなのかな? ──ヨース、どう思う?」


 コウは頭の良い友人のヨースに意見を求める。


「……ジトラはもしかして、『広範囲探索』以外に『気配察知』も持っているのか?」


 ヨースはふと何かに気づいたのか、ジトラに聞く。


「……なんでそう思うニャン?」


 ジトラは少し、警戒した。


 スキルや能力は秘密にするのが常だからだ。


「そりゃそう思うだろ。コウも気づいているだろうが、俺達を追っているかどうかなんて、『気配察知』でもない限り、ただ単に同じ方向に進んでいるだけかもしれないと思うのが普通だろう。それを追手だと確信しているのがその証拠じゃないか?」


 ヨースはジトラの能力の一旦を解き明かした。


 コウもそのことには気づいていたが、他人の能力のことなので敢えて追及せずにヨースに確認したのだ。


「さすが頭のいい大鼠族のヨースさんですニャン。王都を出た後から追手が来ていたのニャン。その時からこちらに向けられる感情があまり良いものじゃなかったのを感じたのは事実ニャン。でも、それがみんなになのか、私なのかわからないから、聞いて良いのかわからなかったニャン。それに、追手を引き離す程の速度で進むから、気づいていて、敢えて口にしないのかとも思っていたのニャン」


 ジトラはどうやら、早く知らせた方が良かったようだとわかり、少し反省したように述べた。


「次からは気づいたら、教えてもらっていいかな? 僕達の中にも『索敵』能力持ちはいるけど、ジトラさんレベルの広範囲じゃないからさ」


 コウは、ヨースと視線を交わしながら、ジトラに確認する。


「わかったニャン! 言うのが遅れてすまなかったニャン。これからは、すぐに伝えるニャン!」


 ジトラは謝ると、笑顔になるのであった。


「それにしても、追手って何の追手かしら?」


 ダークエルフのララノアが、怪訝な様子でみんなに聞く。


「いつものヤカー・スー泥棒なのか、ジトラさん狙いなのか。それとも、私達自身に用があるのかしら?」


 カイナがララノアの疑問に可能性を口にした。


「どの可能性もあるから、困るところだな。──コウ、今晩は街道から外れたところで野宿するか?」


「そうだね。追跡された状態でエルダーロックまで帰りたくないから、手っ取り早くどこかに罠を張って片付けよう」


 コウはヨースの言いたいことが理解できたので、賛同して目的を口にする。


「それじゃあ、ジトラちゃん、『広範囲索敵』お願いね?」


 ララノアが親しみを込めてちゃん付けで呼ぶ。


「わかったニャン!」


 ジトラは役に立てそうだと笑顔になると、承諾するのであった。



 その日の深夜。


 街道から少し外れた道の小さい林を囲み、黒づくめの男達が、息を潜めながらその包囲網を縮めていた。


「……」


 男達は林の中にある広いスペースに、テントが二つ張られ、その傍には剣歯虎のベルが寝ているのを確認する。


 他にはヤカー・スー三騎が近くの枝に手綱を結ばれて休んでいた。


 中心には焚火の明かりがあり、周囲をぼんやりと照らしている。


 だが、火の番をしている者は緑頭の少年で、その少年も寝ているようであった。


 男達は、緑頭の少年とベルを先に仕留めることにしたのか、頷き合うと短剣を抜いて音もなく忍び寄る。


 そして、二人が緑頭の少年コウに接近した時であった。


 突然、焚火が一瞬で消える。


 男達は焚火の明るさに目が慣れてしまったので、突然の暗闇に視界を奪われた形だ。


「ぎゃっ!」


「ぐわっ!」


「ぬあっ!」


 その暗闇の中で、男達の短い悲鳴や断末魔が聞こえる。


「ど、どうした……!?」


 指示を出していた者が、思わず声を出して仲間に確認した。


「ララ!」


 コウの声が闇に響く。


「フロス、また、お願い!」


 ララノアが契約している氷の精霊フロスに声をかけた。


 フロスはその声に応答したいように空中に現れると、声のした方に飛んでいく。


「これは罠だ、退け! ──わっ!?」


 という声がしたが、すぐに、大きな物体が地面に倒れるような音がした。


 そして、その暗闇に照明魔法で明かりが灯された。


 すると、焚火の傍に二人、ベルの傍に二人、テントの傍に三人の遺体が転がっており、逃げようとしたらしい三人は氷漬けになって地面に転がっている。


「改めてフロスは凄いね……」


 コウが氷漬けにされた男達をコンコンと拳で軽く叩きながら、氷の精霊に感心した。


「本当にね。私もフロスのことはわからないことばかりよ」


 ララノアは契約相手であるフロスの力に改めて呆れる。


「コウ、指示役だったと思われるこの男、懐から見える手紙の封蝋に家紋が入っているぜ?」


 氷漬けの男の一人に照明魔法で照らしながらヨースが、指差す。


「これは、ダマレ侯爵の家紋ニャン! ということは、私が目的だったみたいだニャン」


 ジトラは、この男達の雇い主が、自分を攫うように命令していた貴族であることを知ったのであった。


「このことは、改めてオーウェン王子に知らせておこう。多分、ジトラさんをチンピラ達に攫わせ、その後、どこかで引き渡されるはずであったダマレ侯爵の部下達が追って来たんだろうね」


 コウはそう推論する。


「私もそう思うわ。私達目立つから、その時、ジトラちゃんがいることに気づかれたのかもしれない」


 ララノアもコウと同意見で、そう解釈した。


「近くに繋がれている馬は、手綱と鞍を外して逃がしておこう。あとは、魔物の餌だな」


 ヨースはそう言うとテキパキと動き出す。


 コウ達も頷くとテントを回収し、移動の準備を始めるのであった。

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