第47話 新居の案内

 コウの新居は、エルダーロックの村の外れにある。


 なぜ村の外れかというと、そこが広い場所を確保できる事、あとは、音を気にする必要がないという事があげられた。


「──じゃあ、入って」


 コウはダークエルフと人族のハーフである紫色の髪に青い瞳、大人の色気を醸している美人なララノアを新居に招き入れた。


 室内はできたばかりという事で新しい木の匂いがする。


 ララノアはその匂いを大きく吸い込んで、気持ちよく息を吐く。


「いい匂いね。でも、こんな広い家に本当は一人で住む気だったの?」


 ララノアは柱に手をやって、室内を見渡す。


「両親が死んでからは、とても狭い小屋に住んでいたからね。お金が出来たら広い家に住みたかったんだ」


 コウは気恥ずかしそうに、広い理由を説明した。


「……なんとなくわかるかも。一人だと、狭くても不便を感じないのだけど、ふとした瞬間、閉塞感に押し潰されそうになるのよね。……でも、これだけ広すぎると一人では寂しくなりそうだけど……」


 ララノアは、コウのような子供にしか見えないドワーフサイズの独身が一人で暮らすのにはやはり広すぎると感じたようだ。


「はははっ……。実は僕も一人だと広すぎるかも……とは、あとから思ってたよ。だから、ララノアが来てくれてよかった」


 コウは嘘か本当かそう言うと、ララノアが来てくれた事に感謝する。


「……ありがとう!──それじゃあ、私の部屋はどこかしら?」


 ララノアはコウに感謝の言葉を素直に述べると、改めて新居の扉を次々に開けていく。


「──ここはコウの部屋みたいね。──ここは道具置き場かしら? ──この小さい部屋は何?」


 ララノアは部屋の真ん中に蓋の付いた突起物がある狭い部屋で扉を開く手を止める。


「あ、そこは、トイレだよ」


 コウは前世の知識を頼りに作ってもらった取って置きの部屋を説明した。


「トイレって貴族の家やお金持ちの家にしかない、あの?」


「そう、それ」


「コウ……、あなたってもしかすると、ドワーフの中では金持ちの部類なの?」


 ララノアは自分と同じ差別を受けていた同士だと思っていたので、実は違ったのかもしれないとなぜか不安に感じた。


「金持ちではないと思うけどね? 実際、新居を立てて貯金はなくなったし……。ただ、ドワーフの中には職人さんが多いから、僕の提案したアイデアを楽しそうだという理由でタダで作ってくれたりするんだ。これはその一つ」


「そ、そうよね? コウは最近、仲間の信用を得たって言ってたものね」


 ララノアは同志と思っているコウに置いて行かれる気分になって自分に言い聞かせるように確認する。


 そして、次の扉を開く。


「ここは、……洗濯室?」


 ララノアは石畳で覆われた室内の木の箱に水が少し入っていたのであてずっぽうで言ってみる。


「洗濯もできるけど、ここはお風呂だよ」


「え?」


 トイレに続き、普通の家の室内にはあるはずがないお風呂に思わず聞き返す。


「外の窯で火を焚いて金属の貯水槽の中の水を温めるんだ。そして、この蛇口を開くと温められたお湯が出る仕組み」


 コウはそう言うと、蛇口をひねって水を出す。


「……これも仲間のドワーフが作ったの……?」


「うん」


「……ドワーフって何でもありなのかしら……」


 ララノアは自分の想像をはるかに超えるスケールの家だった事に最初は驚いたが、今は呆気にとられていた。


「この仕組みはドワーフ内での秘密だから、ララも内緒にしてね?」


 コウは呆然とするララノアを見て、くすくすと笑うと、口止めする。


「わ、わかったわ。誰にも言わない! というか言う相手もいないけど……」


 ララノアは人族とダークエルフの混血という事でコウと同じく孤独な人生を送ってきたから、親しい友人と呼べる者がいないまま人族の社会で生きてきたのだ。


「これからは僕がいるよ。それに、ドワーフの仲間も良い人達ばかりだから、明日紹介するよ」


 コウは、笑顔でララノアにそう伝える。


「……ありがとう、コウ。あなたの見た目が少年じゃなかったら、好きになってたかもしれないわ」


 ララノアは素直に感謝を伝えると、冗談も忘れない。


「はははっ。それは残念! ──それじゃあ、この部屋はどう?」


 コウは次の部屋の扉を開いて見せた。


「え……。この部屋、素敵だけど、ちょっと私には広いかも……」


 ララノアはコウと同じく小さい小屋で生活してそれに慣れていたので、いざ、広い部屋には気後れするのであった。


「はははっ! ドワーフの僕だともっと広く感じるよ。ここはララノアにぴったりの部屋だと思うから使ってくれると嬉しいな」


 コウは少年の笑顔でララノアにお願いする。


「……何度も言うけど、本当にありがとう。それじゃあ、ここを使わせてもらうわね」


 ララノアは自分の広い部屋が持てた事に少し、ドキドキしながら、自分の全財産である小さいリュックを部屋の隅に置く。


「敷布団と毛布は道具置き場にあるからそれを使って。ベッドはすでに注文しているから、明日取りに行くね」


「え? 私、床で寝るから大丈夫よ?」


 ララノアは急に自分の生活水準が上がりそうなので戸惑う。


「せっかくの新居なんだから、布団を敷いたベッドで気持ちよく寝てもらいたいからね。それにすでに注文済みだって言ったでしょ?」


 コウはララノアの新鮮な反応に楽しかった。


 それに自分同様、底辺生活をしていた事を考えると、なんでもしてあげたい気持ちになる。


 自分がされて嬉しかった事をなんでもだ。


「領都からここまで、ずっとコウに感謝し続けているけど、本当にいいのかしら……。急にどん底からこんなに幸せな気持ちになって……。本当にありがとうね」


「うん。今日から僕達は家族だから、これからお互い感謝できる関係でいようね」


 コウは笑顔で応じる。


「うん! 私もコウのようにこの村で認めてもらい、誰かに幸せを与えられるように頑張るわね」


 ララノアは今日一番の晴れやかな笑顔を見せると、そう誓うのであった。

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